ダイシャライダー! <Hand Truck Riders>

麓清

これがハンドトラックライド!

プロローグ その人たちはあまりにもキマっていた!

 高校生活。

 それは、長く苦しい一年間の受験戦争を生き抜き、ようやく訪れた春の芽生え。咲き誇る花のごとく鮮やかに、舞い踊る蝶のごとく自由に! 中学生という枷を外されたおれたちには、バラ色の、いや虹色の青春の日々が待っている!!

 そう胸を躍らせておれがこの入舟いりふね高校に入学してから、はや二週間が過ぎようとしていた。

 この日、高校に入って早々に実施された実力考査の洗礼を浴び、すっかり疲弊しきっていたおれは、一人教室を後にして帰宅の途についていた。

 虹色になる予定だったおれの青春の日々は、いまだに無色透明、なんのドラマティックな展開も起こらないまま、ただダラダラと無為な時間を重ね続けていた。

 もともと、地味でこれといって目立った特技があるわけでもないおれは、クラスで誰からの注目をあびるでもなく、それこそ空気みたいな存在だったので、当然といえば当然なのだ。結局、中学生から高校生になれば何か大きく変わるのだというおれの妄想は、やはりただの幻想に過ぎなかったということなのか。

 こぼれ落ちたため息を慌てて拾いなおすように、おれは深呼吸をして背筋をぴんと伸ばす。

 大丈夫、まだ新しい生活が始まって、たった二週間じゃないか。クラスメイトの顔と名前すら一致してないやつだっている頃だ。おれとフィーリングの合う仲間がきっと見つかる。そもそも、おれはまだ部活にも入っていないし……って、ちょっと待てよ。

 そういえば、クラスの連中ってみんな、どこかしらの部活にはいってたような?

 バスケットボール部やサッカー部なんかに入るようなバラ色野郎は、もうすでにその時点でおれより三馬身ほどは前を走っているから、勝負にならないけど、おれよりもっと地味でオタクっぽいメガネ軍団も、漫画研究部とかいうのに入っていたな。あいつら、昼休みにおなじ漫研の女子と楽しそうに会話してたぞ……

 あと、おれの横の席にいたデブ男もラグビー部の連中に誘われて入部してから、ずっとラグビー部員と一緒にいるし、軽音部に入ったえなりかずきみたいなやつですら、ギターケース抱えて登校してきて、昼休みによくわからんラブソングを歌って女子どもがキャーキャー黄色い声をあげてたりもしてたし……


 あれ、もしかしておれ……今、クラスでリアルにぼっちなんじゃねえの?


 急に胸がざわついておれは周囲に視線を巡らせる。グラウンドでは無駄に元気な声出しをしながら野球部がランニングしている。グラウンドの反対にあるテニスコートからはポコーンポコーンとラリーをする打球音が、リズミカルに繰り返されている。振り向いた先、校舎の上階の窓辺には、トランペットを吹く生徒の暢気なロングローンの音色が風に舞っていた。

 みんな、それぞれに青春を謳歌しているのに、おれはなぜそれに乗り遅れているんだ? なぜ、おれはいま一人で帰宅しようとしているんだ?


「いやいやいや」


 おれは声に出して首を振った。

 違う、違うぞ、来道らいどう駿しゅん。そうじゃないだろう。

 おれが手に入れたいのはそんな安っぽい青春じゃない。虹色だ。光り輝く虹色の青春なのだ!

 ありきたりの高校生活を求めているんじゃない。もっと、刺激的で、ドラマティックで、そして、ときにロマンティックな展開が待ち受ける、素晴らしい日々なのだ!

 おれは天を仰ぎ、握りこぶしを固めて……盛大にため息が出た。

 こんな風だからダメなんだ。昔からそうだ。妄想が先走って、気付いたら乗り遅れている。中学になったときも、自己紹介でクラスの注目を浴び、一躍クラスの人気者になるという妄想が先行しすぎて、思い出すのもはばかられるほどの寒い自己紹介を披露した挙句、針のむしろに座るような日々を過ごしたではないか。

 よく考えればわかることだ。特にこれといってスポーツができるわけでもなく、勉強ができるわけでもなく、音楽も絵も、なにひとつとりえのない平々凡々なおれに、虹色の光が降り注ぐわけがないだろう。


「帰ろう」


 がっくりと肩を落としそう呟いて、仰ぎ見ていた空から校舎へと視線を移した。そのとき、おれの視界の端になにかが映り込み、カメラがオートフォーカスするように、昇降口にすっと視線がむいた。

 鮮やかなオレンジ色のツナギの服を身にまとい、小脇にヘルメットを抱えた三人の男たちが、校舎の昇降口からまっすぐおれのほうへと歩いてくる。

 そう。

 それはまるで、今から地球を救うために宇宙に飛び立つヒーローたちのごとく、勇敢に、そしてりりしく。高校生離れした異様なまでの貫録を漂わせ。

 海を引き裂いて渡るモーセのように、彼らの進む先を下校途中の生徒たちが左右に分かれて道を開けていく。

 彼らは視線を正面に固定したまま、足並みをそろえてゆっくりと力強く、まっすぐにおれのほう、というか、その先の校門を目指して歩いている。その雄姿がスローモーションになって、エアロスミスのミス・ア・シングが聞こえてきそうだ。

 そして彼らがそばに来たとき、おれはあることに気付いた。どういうわけか、一番右端にいる男はなにも載せていないカラの台車を押していた。

 おれも彼らの無言の威圧感に気圧されるように、進路を譲る。彼らが通り過ぎるとき、そのうちの一人がおれのことをちらりと横眼で見たような気がした。

 通り過ぎるその三人の背中を見送り、そして、思わずその背中に刺しゅうされていた文字を口にしていた。


「車検……?」


 車検、って何部?

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