第24話



「どんな夢ですか?」


 カウンセラーの宇野が座っている位置は、クライアントであるわたしの真正面ではなく、カウンセリング室にあるテーブルの椅子に座るわたしの常に右側だ。


 カウンセリングは診察ではないし、カウンセラーは医者ではない。カウンセリングのときは、わたしは患者ではなくクライアントということになるらしい。


 カウンセラーは医者ではないけれど、わたしは宇野先生と呼んでいる。クライアントがカウンセラーを先生と呼ぶのは、ごく自然のことである。


 何故、真正面にカウンセラーは座らないのかと、最初の頃は不思議に思い、ネットで調べてみた。やはり精神的な病気の人は、人の目を見て話すことが苦手だったり、圧迫感を感じたりするので、カウンセラーはなるべく真正面に座ることは避けるようだ。


 カウンセラーによって、いろいろ違うらしいのだが、わたしも真正面に座られると、話せないような気がするので、目を見ずに話せる位置にカウンセラーがいるのは助かる。


 わたしは宙を見ながら考え、話すときはテーブルの上に目線を落とす。


「カウンセラーは、クライアントさんの鏡です」

「わたしは有坂さんの鏡のような存在です」


 宇野は、よくそう言う。わたしはカウンセラーと話しているのではなく、自分自身の心と向き合っている、そういうことなのだろう。


「部屋の中に、突然6人の人間が現れて、わけを聞くと、それは5歳、小学生、中学生、高校生、20代、30代のわたしだと言われました。そして、その6人とわたしの部屋で暮らすことになるんです」


「へええ。それはとても興味深い内容の夢ですね。結構はっきりとした夢だったのですか」


 宇野は、身を乗り出すようにして、わたしの次の言葉を待っているようだった。本当は夢ではないので、夢らしく話すことに注意しなければならない。


 本当に興味のあるときの宇野は、聞きたいというのを態度や言葉で表す。わたしの話をもっと引き出すためにやっているのか、本当に興味があるのか、それはわからないが、演技をしているようには見えない。どんな人間に対しても、疑いを持ってしまうのがわたしの悪い癖だ。


 それでもわたしは、その宇野の、もっと話を聞かせて欲しいという態度を見ると、嬉しくなり、どんどん話してしまうのだ。まんまと策略にはまってしまっているのだろうか。だけどそれがカウンセラーの仕事なのだし、わたしも話したくてたまらなくなるので、それでいいのだろう。


「はい。かなりはっきりとしています。名前も全員違うんです。それも覚えています」


「ひとりひとりの名前が違うの?有坂優子さんの小さい頃からの6人なのに?その名前を教えてもらえますか?」


「はい。5歳のアリサ、小学生の桃子、中学生の眞帆、高校生のサリー、20代の成美、30代の美佐子です。中学生までのわたしは、やはりおとなしくて、アリサは全く喋りません。サリーは男の子のような話し方で、自分のことを俺と言います。先生、もしかしてこの6人は、わたしの中の別人格なんですか?わたしがやっと別人格を認識し始めた、ということなのでは?」


 宇野は、わたしがカウンセリングを始めた頃から何年も、催眠療法を使い、わたしの別人格たちを呼び出して把握している。わたし自身は、催眠から覚めると、全部忘れているので、別人格のことはわからないのだ。


 今はまだ、把握しきれていないということで、別人格の名前も何も宇野から聞いてはいないのだ。


「その夢の中の6人は、有坂さんの別人格ではないと思います。わたしが把握しているのは、今のところ5人ですが、夢の中の人たちとは違うと思います。絶対に、ということは言えませんけど。それに、少し気になることはありますね。サリーという男の子の言葉を話す人のことです。もうそろそろ、有坂さんに、今の段階でわかっている別人格の人たちのことを話してもいいのではないかと、わたしも思っていたところなので、少し話していきます。基本人格はクライアントである有坂さん本人のことを示すので、当然有坂優子さんということになりますが、主人格という、別人格全員のことをわかっているリーダー的な人は、純也ジュンヤという男の人です。あとは、ちょっと攻撃的な性格の葉月、恋愛体質の京香、優しい性格でおっとりとしている愛子、あと主人格の純也が言うには、緘黙のマイという人がいます。純也はとても活発で、よく喋ります。それが有坂さんの夢に出てきたサリーと似てるような気もしますね」


 別人格の5人。その中に男の人もいて、攻撃的な性格や恋愛体質の人がいる……。現れた6人とは違うような気がする。


 では、あの6人はいったい……。


「その夢の話はとても気になりますので、わたしが把握している別人格のことと合わせて、今後話していきましょう。では、時間がきましたので、今日はこの辺で。また1週間後に来てください」


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