第2話「お好み焼きのソースとマヨで召喚する黒と白の双子悪魔」

「いいかい、マホ。現代社会で魔女だとバレてはいけない。もちろん魔法が使えることもバレてはいけない。だから、普段から目立たないようにして、気をつけるんだよ。どこで誰がお前のことを見ているかわからないからね。これは魔女の掟。掟を破るととんでもない恐ろしいことが起きるからね」



———ガランガランガラン!


 夕方の商店街に響き渡る鐘の音。

「3等大当たりィ!!おめでとう〜!」

「え?え?」

 商店街の福引き会場でおじさんが景気よく鐘の音を鳴らしている。そして、見事3等を当てた会社帰りの女性こと、坂井マホ(27歳・独身)が困惑している。

「おめでとう、3等ホットプレートだよ」

「あ、ありがとうございます」

 マホがホットプレートを受け取ると再び、おじさんが鐘を鳴らし「おめでとう」と祝福の声をかけると、周りにいた人々から拍手が起こる。気恥ずかしそうにぺこぺことお辞儀をしてその場を去る。


「いやぁ、当たるもんだなぁ。最近いいことなかったし、ホットプレートは嬉しいなぁ」

 当たったホットプレートを持ちながら商店街を抜けていくといい匂いがしてくる。

「たこ焼き…いや、これはお好み焼きの匂い。よし、ホットプレートも手に入ったし今夜はお好み焼きにしよう」



「ただいまー」

扉を開けると薄暗い玄関。

「帰ったか」

下駄箱の棚の上にジャックオーランタンが置いてあり、ぼやぁっとした光を放っている。

「帰りましたよっと」

ジャックを抱えてリビングに向かう。



「さて、今日のご飯はお好み焼きです」

 着替えを終えて、ちゃぶ台の上に先ほど当選したホットプレート、そしてお好み焼きのタネが入ったボウル、豚バラ肉のパックが目の前に準備してある。

「そのような鉄板で肉が焼けるのか?」

「焼けるんですよ〜。科学の力はすごいですねぇ」

 温まった鉄板に油を薄く引く。

「さてさて」

 鉄板に油がなじんだところに、お好み焼きのタネをお玉ですくい、流し込む。

 ジワワワと油のはねる音ともにタネが焼けていく匂いが部屋に広がっていく。

「ほう、面白いな。本当に焼けている」

「だから言ったでしょ」

「火を使っていないのに鉄板が熱せられるとは…不思議なものだ」

「科学の力はすごいでしょ」

 豚バラをお好み焼きの上に乗せていく。しばらくして側面の色が変わってくる。

「ほな、ひっくり返しまっせ」

 フライ返しをお好み焼きの下に滑り込ませる。

「せいっ」

 勢いよく躊躇せずにひっくり返す。

「よし」

 崩れることなく綺麗にひっくり返すことができて、まんまるのお好み焼きが姿を現す。

「おっこのみ、おっこのみ」

「機嫌がいいな」

「食べ物の前でしかめっ面してても美味しく食べられないでしょ?」

「そういうものなのか?魔族に食事は必要がないから、よくわからない」

「損してるわねぇ。そろそろいいかなっと」

 ソースとマヨネーズを手に取り格子状にかけていく。じゅわわわとホットプレートの上ではみ出たソースとマヨネーズが蒸発していく。その上に、鰹節と青のりを振りかけていく。

「完成!」

 ホットプレートの上に、どんと鎮座するお好み焼き。THEお好み焼きと呼んでもいいシンプルな豚バラお好み焼き。

 お皿の上に乗せて、手を合わせる。

「いただきまーす」

 

「はぁ、うまい」

 一口サイズに箸で切り分けて口に運んでいく。熱々のお好み焼きを一口。そしてまた一口。口の中で複雑に味が絡み合っていく。

「お米も行きたいところだけど我慢しなければ…」

 もぐもぐと食べていくマホの目の前で次のお好み焼きが焼けている。



 4枚目のお好み焼きを食べているときにふと、ジャックに話しかける。

「あんたが召喚されたときってパンプキンスープに生クリームで召喚陣を描いたからよね」

「そうらしいな。我が輩はそれを見たわけではないが」

「召喚陣って何でもいいわけ?」

「基本的には我々は召喚される側だから、はっきりとは言えないが扉が開く条件さえ揃っていればこちらに出てくることが可能かと。召喚陣と扉を開く魔力といったところか」

「召喚陣とトリガーとなる魔力か。本来であれば触媒が必要だと思うんだけど」

「そうだな。触媒があるに越したことはないが…つまり、我の場合はカボチャのスープということか」

「そうなるね、もしくは生クリーム。しかし、召喚陣は描けさえすれば良いのなら何でもいいってことになるわね」

 鉄板を見る。

「試してみるか」

 ソースとマヨネーズを手に取り召喚陣を描いてみる。

「はてさて、触媒がソースとマヨネーズってどうなんだろうか」

 召喚陣を描き終える。



————ぞぞぞぞぞ


 ソースとマヨネーズで描かれた二つの召喚陣がうねり始める。


「お、成功したっぽいよ」


 それぞれの召喚陣から、二人の美女が現れる。ソースの召喚陣から黒を基調としたセクシーなランジェリー姿の美女が、マヨネーズの召喚陣からは白を基調としたフリルの服の美女が現れる。

「汝が我らを召喚した魔術師か」

 白の美女が口を開く。

「そうよ」

「では、契約を…」

「しません。黒い方は闇子、白い方は光子ね。はい決定」

『は?』

 部屋を渦巻いていた風や電撃が収束し「闇子」と「光子」の二人に吸い込まれて消える。


————もぐもぐもぐ


 静寂…ではなく、マホがお好み焼きを頬張る音だけ聞こえる。

 口をあんぐりと開けて、自分の手を見つめている闇子と目を瞑り天を仰いでいる光子。


「あー…」

 一番最初に口を開いたのはジャックだった。

「どんまい」

 二人がジャックを見る

「喋るカボチャ」

「なにか封じ込められているのか」

「おおかた低級悪魔だろう」

「ちょっと待って」

「ん?」

 まじまじとジャックを見つめる光子。ぼんやりとカボチャに開いた目の奥が光っている。

「ひょっとして」

「なになに、どうしたのよ」

「いや、気のせいかも」

「で、あんたたちいつまでちゃぶ台の上に乗ってんのよ。降りなさいよ」

「あぁ?人間風情が何命令してんのよ」

 闇子がマホを見下しながら、にらみつけている。

「闇子」

「!?」

 闇子がちゃぶ台からふわっと浮き、何もないところへ移動させられる。闇子は自分の意思とは関係なく体が動いていることに困惑している。

「お座り」

「ぐへっ」

 ドカッと地面に突っ伏す。

「この人間風情が好き勝手しやがって」

「お座り」

 ドカッ。

「くっ、この…」

「お座り」

 ドカッ

「こ」

「お座り」

 ドカッ。

「お座り」

 ドカッ。

「お座り」

 ドカッ。

 重力魔法で上から押さえつけているだけなのだが、闇子が起き上がるたびにひたすら上からの圧力で床に突っ伏させる。しばらくして闇子があきらめて、そのまま床に大の字で倒れ込む。

 マホがうわぁといった顔でその様子を見ていた光子を見る。

 光子がコホンと小さく咳払いをしてちゃぶ台から降りて正座をする。

「食べる?」

 もぐもぐと食べ続けているお好み焼きを指す。

「え?」

「悪魔って人の食べ物って食べないんだっけ?」

「いえ、全く食べないというわけではないですけど、あまり必要はないというか。魔力さえ供給されていれば特に問題はないので」

「ふーん。じゃあ逆に食べても問題ないわけね。焼いたげるわ」

「はぁ」

 ホットプレートを再び加熱する。



「熱いから気をつけてね」

 お好み焼きを取り分けて闇子たちに差し出す。闇子はふくれっ面のまま受け取る。

「いただきます」

 マホが気を取り直して、手を合わせると光子たちも真似をする。

『いただきます』


 もぐもぐと3人で食べ始める。ちなみにこの時点でマホが食べているお好み焼きは5枚目である。


 無言。


 部屋に広がる3人の咀嚼音。



「おかわりいる?」

「えぇ、よろしければ」

 光子が頷く。

「闇子は?」

 無言で頷く闇子。

 ホットプレートにタネを流し込む。

「食べたら返してあげるから」

「え?」

 マホを見る二人。

「今回はたまたま実験で呼び出しただけだから、あなたたちを使役するつもりはないわ。それに…」

 フライ返しをお好み焼きの下に滑り込ませる。

「それに…?」

「よっ」

 綺麗にひっくり返す。

「今のご時世、使い魔って…ねぇ?」

「ねぇ、と言われましても」

「たまに呼ばれてるわよ、淫魔とか」

「あー…そうか。そういうことに使うかぁ…」

 焼き上がったお好み焼きを二人のお皿に乗せていく。

「あ、でも帰る前に片付け手伝っていってね」

 にこりと微笑むマホ。




———パリーン。


「すみませぇぇん」


———ガシャーン。


「あわわわわわ」


 台所からお皿の割れる音がする。

 リビングで頭を抱えているマホ。


「大丈夫?怪我してない?」

 マホが台所に現れる。

「怪我はないんですけど…お皿が…」

「あぁ…帰してもらえない〜」

 光子の手には真っ二つに割れたお皿が。床に座り込んで嘆いている闇子の前には砕け散ったガラスのコップが。しくしくと嘆いている闇子の様子を見てため息をつくマホ。

「何言ってんのよ、別に気にしないわよ」

「こういうのは不慣れでして…申し訳ありません」

 光子が弁解をする。

「ごべんなさいー」

 闇子も謝る。

「まぁいいわ、あっちで座ってて。私が悪かったわ」

「すみません」

 光子が闇子を連れて台所を後にする。

「さて…」

 マホが改めて台所を見渡すと、散らかりまくっているのを見て気合いを入れ、片付けに取りかかる。


 リビングに戻った二人。

「あの、そこのカボチャさん。ひょっとして——■■■■では?」

 光子がおそるおそるカボチャに問いかける。

 その名を聞いて反応する闇子。

「あんた何言ってるの!?そんなお方がこんなところにいるわけないでしょ」

 カボチャを見つめる二人。

 くりぬかれたカボチャの瞳の奥にぼんやりとした光が見える。

「いかにも」

「!?」

「いかにも、我が——■■■■である…。現在は訳あってこのような姿ではあるが…」

「嘘よ。あのお方がこんな姿になるわけないでしょ。ましてや人間風情に封印まがいの…」

「見てごらん、魔力構成はやはりあのお方のものよ」

 闇子が魔眼を発動させて、カボチャを凝視する。

「くっ…」

「魔族にとって魔力構成は唯一無二のもの。一つとして同じものはないわ」

「確かに、魔力構成があのお方のものだ。今までの無礼をお許しください」

「よいよい。気にするでない」

 目を閉じ、唇をかむ。

「無念だ」

「はっはっはっ」

 ジャックが突然、笑い出す。

「いやはや、そこまで気落ちするでない。我もいつまでものこの姿でいるつもりはないが、たまにはこうやって人間界でのんびりするのも面白いものだぞ」

「何をのんきなことを」

「あなた様ほどのお方がそもそもカボチャなんぞに封じ込められているなんて、あり得ません」

「それがあの小娘ならば可能なのだよ」

「あの小娘にそんな力が?」

「そちらの黒い方は認めたくないだろうがわかるだろう、この言葉の意味が」

 闇子が苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「おそらく、あの小娘の能力は“名前を奪う者”」

「なるほど、それで私たちがあの小娘の力に逆らえなかったのですね」

「あぁ」

「どういうこと?」

 闇子が光子に尋ねる。

「魔力構成が唯一無二なのと同じように私たちに与えられた名前はその魔力を引き出す唯一の鍵なの。その名前を奪われたので今の私たちは本来の力を引き出すことができないの」

「じゃあ、名前を取り返せば元に戻れる訳ね」

「簡単に言ってくれるわね」

「だって、そうじゃない。名前を取り戻せばいいわけでしょ?」

「名前を取り戻すもなにも、返還するもしないも奪った魔女次第よ。間違って魔女を殺してもみなさい。二度と名前は戻ってこないわよ」

「そんな…だったら手も足も出ないじゃない。何か方法はないんですか!?」

「うむ…それだが…」

「なんか悪巧みの相談?」

『!』

 バッと振り向くといつの間にか背後にマホが立っていた。台所の片付けを終え、濡れた手をタオルでぬぐっている。

「そこらの魔女と一緒にしないでよ。家の中で暴れられたら困るから名前と力を奪っただけ。あんたたちと契約する気はさらさらないわよ。それに、さっきも帰すって言ったでしょ」

 その時、マホのスマホが鳴る。画面を見ると“おばあちゃん”からの着信。マホに緊張が走る。

「ちょっと、あんたたち。これから電話に出るけど静かにしてなさい。いい?」

 頷く2人。

「もしもし?」




「わかった、わかったから。この前みたいな騒ぎにならないように気をつけるから。はいはーい、じゃあね」

 電話を切る。

「ふぅ」

 ため息をつくマホ。

 ふと顔を上げると目の前にいる闇子と光子が息を止めて顔を真っ赤にしている。

「なにしてんの」

 ふごふご言っている2人。

「息を吸って大丈夫よ」


———ぷはぁ!


 ぜぇぜぇと息をする2人の悪魔。

「なんで、息止めてんのよ」

「いや、静かにしてろって」

「普通に息してて大丈夫だから。喋らないでいてくれたらオッケーだったのに」

「それならそう言ってほしい…ぜぇはぁ」

「そう言ったつもりだったんだけど」

「で、その“おばあちゃん”とやらの用件は何だったんだ?」

 ジャックが会話に入ってくる。

「あぁ、なんかサツマイモがたくさん採れたから送るねってことだった。あんたたちを召喚したのがバレたわけじゃないみたい」

「そうか…また使い魔がやってくるのかと冷や冷やしたからな」

「今日はもう寝るって言ってたから大丈夫だと思う…」

 ゆっくりと窓の外のベランダを見るが、何もいない。ほっと胸をなで下ろすマホ。

「さ、じゃああんたたちを魔界に帰しますか」

『!』

 闇子と光子が反応する。目が輝いている。

「とりあえず召喚陣さえ描ければ、ちょっとの魔力で召喚できるのはわかったから今回の目的は達成されたしねぇ」

「どうやって、魔界に帰す?」

 ジャックがリビングのちゃぶ台を端っこにずらしているマホに尋ねる。

「え?どうやってって、召喚陣を反転させて扉を開くわよ」

「なるほど、“逆”をやるわけか」

「そう。おまけにちゃんと杖で空間に描くからきちんと魔力供給できるから安定するわよ」

 玄関の傘立てから、杖を取ってくる。

「さ、扉を開くわよ」



———30分後。


 バチバチッと電撃が走り、壁に描かれた召喚陣に弾かれて尻餅をつく闇子と光子。

「なんでじゃ」

 闇子が涙を浮かべる。

「痛い…かえれない…痛い」

 よしよし、と闇子の頭をなでる光子。壁に描かれた召喚陣と対峙するマホを見上げる。風が巻き起こり、召喚陣に吸い込まれている。

「召喚陣は問題ない。扉も開いてる」

 赤く光る召喚陣の奥に扉が見える。

「おそらく、召喚した際に何らかの誤差が生じたんだろう。ゆえに、扉が此奴らを認識しないといったところだろうか」

「だとすると、あんたも帰れないわね」

「そういうことになるだろうな」

「ちょっと待って、私たちこのまま帰れないの!?」

 闇子がマホを問いただす。

「今のままだと帰れないみたいね」

「そんな…」

「とりあえず、あなたたちの魔力構成を解析して正しくあるべき構成に戻してからじゃないと扉はくぐれない、ということかな。だから私が構成を解析するまではこっちにいるしかないわね…残念ながら」

「えぇ…」

 悲しそうな顔でマホを見上げる2人。

 召喚陣を前に爪をかむマホ。

「困ったなぁ…」



 …今思えば、この時から私が世界を救うタイムリミットへの歯車が少しずつ動き出したのであった。



次回「スイートポテトで作るゴーレム」

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