新米探偵(シャーロキアン)と異世界案件 刻まれた獅子

乾 一信

第1章 邂逅

第1話 数奇な出会い

私、和戸 尊は日本の片田舎に生まれそして都会に憧れた。

 そのような夢を抱いたのは私が敬愛する名作『シャーロック・ホームズシリーズ』に登場する主人公、シャーロック・ホームズと相棒、ワトソンが住む、ロンドンを東京に重ね合わせていたのかもしれない。その時、私の気持ちは完全に都会に魅了されていた。

 上京の準備を着実に進めた私は学生時代の貯蓄とほんの少しの私物を持って両親にも告げず陽も昇らぬ早朝、薄っすらと輝く星々が美しかったのを鮮明に覚えている。それはまるで故郷が私との別れを惜しんでいるように見えた。

 

 夢と現実の乖離ほど残酷なものはない、私の行動は余りにも軽率な行動だった。

学生時代の貯蓄は交通費と必需品、アパートの家賃によりあっという間に半分になってしまった。そこになってやっとこさ就職活動を開始、11社受け全て落ち、12回目にして就職するがそこは俗にいうブラック企業と呼ばれる会社であった。


『お前の代わりなんていくらでもいる』


それ以外にも多くの罵詈雑言を嫌という程浴びせられたがその言葉がもっとも私の心を削っていった。

肉体的な苦痛よりも精神的な疲労に耐えきれなくなり結局その三年後、その会社から逃げるように辞めてしまった。

そこからまた就職活動を再開、そのための資金と家賃の為にアルバイトを続ける毎日が続いた。

その頃の私の部屋は味気なく娯楽品といえば家から持ってきた『シャーロック・ホームズ』の全集のみ、生活が辛くても無言で家を出た己の身勝手さもあり家にも帰れない。

アルバイト先では前会社のトラウマが脳裏によぎりいい人間関係を築けない。

アパートの人とも挨拶すらろくすっぽ出来ず耐え難い毎日は残酷に流れていった。

本の虫であり同級生達が外で快活に遊んでいる最中図書館に引きこもり読書にふけっていた学生生活だったのだから無理もない。


スクランブル交差点を忙しく行き来する人々、機械のような不気味さ


事故、事件に群がる野次馬、そんなに人の不幸が楽しいか?


夢と現実の境目で私の心は荒んでいった。小説の中の二人を見るだけで筆舌に尽くし難い感情に心が軋んだ。


だがそんな私にも転機が訪れた。


その日もアルバイトを終えてその道中、クリーニングに出していた服を脇に抱え家に帰る道中、もう陽は落ち、住宅街は完全に闇に包まれていた。

不意に不気味な音が人気のない住宅街に響く。犬だろうか?猫だろうか?この時、私は音の正体が気になって仕方なかった。

音の正体は呻き声、しかも犬猫ではなく人間の女性のもの。

止せばいいのに私は声の主が気になり恐る恐る声の聞こえる方に向かった。

私は曲がり角から顔を出した、そして余りにも非現実かつ最悪の予感が的中してしまった

 曲がり角では二人の覆面を被った男、そして彼らが抱えているのが呻き声の主のようだ、ワゴン車で連れて行くつもりらしい。

私は咄嗟に携帯を出し通報を試みる、だがそれは軽率すぎる愚行であった。携帯のブルーライトが私を照らし出す。光に気づいた男の一人が目出し帽越しからでもわかる鬼気迫る表情でこちらに迫る。

それに恐怖した私はすぐに踵を返し全速力で逃げようとした、ところが足がもつれてしまい盛大に転ぶ。そして呆気なく捕まってしまった、抵抗するも腹部に強烈な 一撃を喰らい昏倒してしまう。

抵抗する力が尽きた私を男は慣れた手付きで縛り上げ目隠しをした。

 目隠しされ車に放り込まれる、先に拘束された人も放り込まれる。近くで声が聞くとどうやら女性のようだ。

この時私の頭の中は今まで経験したことのない恐怖と愚行への後悔でぐるぐると回転していた。


(僕の人生はここで終わるのか?)


(なんで自分は通報しようとした?無視して逃げろよ!馬鹿か?)


(東京湾に沈められるのか?臓器を売り捌かれるかもしれない)


(一緒に連れて来られたこの人はどうする?)


(怖い、逃げたい、逃げられない、嫌だ、死にたくない!!)

誰か助けてくれ!!!


(初歩的なことだ、友よ)


一瞬、私が大好きなホームズの言葉が脳裏に過った。


運転席からガラスの割れる音が車内に響く。


「ハロー」


運転席の方から男の軽快な挨拶が車内に響く。

「誰…ぶ!」

次に男の声が響く。だが声はグシャという音に遮られた。三回連続だ。


パァン


それは間違いなく銃声だった、目隠しされた状態だったが恐らく目出し帽の男達が撃ったと予測した。

「ヒィ……!」

絞り上げるような悲鳴の後にゴッと鈍い音を最後に車内は静まり返った。


安堵からか私は気を失った。


 ふと目が醒める。まだ夜は明けておらず、私は冷たいアスファルトに寝そべっていたようだ、妙に冷静になった私は現状を知らずにいられなくなった。私と女性を拘束した連中は逆に拘束されていた、目出し帽は外されており一人は額から出血しており白目を向いて、もう一方は顔面に酷い痣ができており鼻の骨が折れているのは明白でこちらも気絶しているようだ。


次にワゴン車を覗き込む、中から火薬の匂いと嫌な臭いがした、前者は銃によるものだとすぐに理解できた、車内を見渡すと天井に生新しい銃弾の後を発見した。

謎の異臭の正体はすぐに解決した、発生源は荷台からだ、自分の股間が濡れていないか確認しどうやら彼女が粗相したらしい、無理もない話だ。

さらに車内を観察するとハンドルに血が付着していた。この時私はこの車内で起きた一部始終をおおよそ理解した。


「大丈夫かい?」


車内を覗いていた私に後ろから男が声を掛けた。身なりは至って普通、黒いポロシャツに紺のGパン、白いスニーカー、目線の高さからして背丈は180cmは優に超えている、年は判らないがその瞳からは並々ならぬ覇気を感じずにいられなかった。特に目を引いたのはその鍛え上げられた肉体美だ、総合して例えるのなら数多の戦場を乗り越えた歴戦の戦士を思わせる佇まいであった。

「あっ、ありがとうございます」

「………」

彼は私の返事に呆気に取られたようだった。

「あの僕、変なこと言いましたか?」

その表情が気になり堪らずその理由を聞いた。

「いやぁ、余りにも君が落ち着いているからね、あのような経験をしてこうも落ち着いていられることに驚いた。後ろから急に声を掛けても取り乱さなかったしね」

なるほどなと私は納得した、ほんの少し前まで絶望の底にいたのに非現実的なことに恐怖が塗りつぶされていたようだ。

「た、助けてもらってありがとうございます……!」

「それもだ」

彼は言葉を続けた。

「君が捕まっていた時目隠しを確かにしていたはずだ、どうやって俺が君を助け出した奴だとわかったんだい?」


私は少し間を空けてから口を開いた。


「えっとまず、拳ですね」

「少し出血されていますね、あそこで伸びている男の一人は顔を殴られています」

「拳はその時怪我をしたのだと思います」

「そして助手席にいる人間を殴り倒すのならかなりの身長が必要です」

「あなたの身長であっても厳しいかもしれませんがその時貴方は……相手の銃を抑えていたなら話は別です」

「ちょっと待った」

彼が説明を遮る。

「間違っていましたか!?」

「何故相手側が銃を撃ったと分かったんだい?私が撃ったかもしれないじゃないか?」

「天井ですよ」

私はワゴン車を指差した。

「天井の銃創は運転席側にあります、もしあなたが拳銃を撃ったら助手席側のどこかに穴が空くはずです」

彼の表情から見てどうやら納得してくれたらしい、私は話を続けた。

「順番はこうです、まず貴方はガラスをぶち割り運転席の犯人をハンドルに三回叩きつけて気絶させます、すると相方の男がすかさず銃を貴方に向けました、貴方は銃を掴み弾道を車の天井に反らせ尚且つもう一人の犯人を引き寄せて殴り倒した、しかも一撃で」

彼は私の話をしっかりと聞いてくれていた、私は彼の腹部に目をやった。

「さらに付け加えると貴方の服に付いているガラス片は間違いなく前のめりにならなければ付かないものです」

説明を終えると喋り過ぎなことに気づく、だが彼は嫌な顔一つせずそれどころか少し驚嘆したような表情から察するに私の推理はばっちりあっていたようだ。

「凄いな……!まるで探偵じゃないか!」

その頃の私は他人と会話することに億劫になっていた、だが何故だか上手く喋ることが出来た、そして最高の賞賛にこの時の私は何年振りかの笑顔を取り戻した。

「ん?来たか」

彼がそう言うとふと気づくと周りが明るい、辺りを見渡すといつの間にかパトカーと野次馬の群れが出来ていた。

「お疲れ様です」

「すまないね、誘拐犯の現行犯だ」

親指で犯人2名はパトカーで連行された、女性はまだ気を失っているらしくパトカーと共に来ていた救急車で搬送された。

「これ、君の?」

私を助けた彼はいなくなっていた。婦警さんが私の荷物を渡してくれた。

「後、無理にとは言わないから任意同行してもらえるないかな?」

私は婦警さんの頼みに無言で頷く、正直真っ暗ですぐ帰ってしまいたかったが、パトカーに乗って見たい好奇心の方が勝っていた。


事情聴取は被害者ということもあり数分で終わり帰りも遅いということでパトカーで自宅であるアパートの近くまで送ってもらい興奮冷めやらぬまま寝床についた。








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