第33話 レベルUP!

 川の上流から迫り来る巨大生物は人の住む家ほどもある巨体で、川底にいる僕らからみるとまるで森がそのまま動いているように見えるほどの迫力だ。大きく開かれた口は下あごが突き出しており、水が干上がってぴちぴち跳ねている電飾ウナギの群れを川底の泥や岩ごと口にすくい取りながら、もの凄い勢いで迫ってきた。


「カリン気をつけろ! サイカーバの体は鎧のように固くて刃が入らないぞ!」

「はい、首筋の柔らかな部分を狙います!」


 カルバスは背中に差していた長剣と短剣を抜き、短剣をカリンに向けて投げる。

 それをカリンが片手でキャッチし、右方向にハイジャンプ。

 同時にカルバスも左方向にハイジャンプ。

 2人は両サイドから魔獣の頭上を越えて首と胴体のすき間を狙っていく――


 が――魔獣サイカーバはまるで2人の行動を予測していたかのように川底をさらう動きを止めてしまう。そして口をがぶりがぶりと動かし始めた。どうやら口いっぱいにほおばった川底からさらった岩と電飾ウナギを選別しているようだ。つまり、我々が果物の種や芯を残して美味しいところだけを飲み込むのと同じ原理だ。それにしても岩をかみ砕くとは、何という顎の力か!


 結果的に、頭を持ち上げた魔獣サイカーバは弱点である首への攻撃を防いでいた。それでもカルバスは首の皮膚に長剣を力一杯突き刺す。しかし、虚しく剣がはじき返される。


「――チッ、やはり硬い……やはり首のすき間を狙わないと倒せない! 一旦退くでござる!」

「待ってお兄様! カリンは試してみたいことがあります!」


 カリンは魔獣の頭部を足がかりにして更にジャンプ。真っ赤に光る細い目を狙って剣を刺しに行く。確かに硬い皮膚をもつ魔獣であっても目は例外だろう。どんな生物にとっても目は急所なのだ。


 しかし――


 魔獣サイカーバは瞼を閉じた。カーンという金属音が鳴り、カリンの短剣は虚しく弾かれてしまった。


「目も駄目でした……一旦離脱します!」


 カリンはすぐさま魔獣の硬い瞼を足場にして空中に離脱しようとした。

 その瞬間――

 魔獣サイカーバの首の両側がガバッと開かれ――


『ブホオォォォォォォ――――――――ッ』


 もの凄い轟音と共に無数の岩の破片がカリンに向けて射出された。


「カリン――――!」


 カルバスは咄嗟にカリンを庇おうと魔獣とカリンの間に入る。2人の身体に豪雨のように無数の石が襲いかかり、彼らの身体はまるでぼろぞうきんのように干上がった川底に叩き付けられた。


 僕はペンダントを握りしめ、2人に向けて手をかざす――


「我が名はユーキ、いま、悪魔ルルシェと魔王の血族アリシアの加護の下、我が身を始まりの刻を迎えし純血の悪魔に捧げる――【エナジー・インジェクション】」


 僕はカルバスとカリンに回復魔法をかけた。なぜなら、魔獣サイカーバが後ろ足で立ち上がり、硬い蹄をもつ前足を高らかに振り上げ、2人を踏みつぶそうとしていたからだ。


 何とか間に合った2人はすぐに起き上がり、左右に分かれて飛び退いた。


 一方の僕は、2人分の回復魔法を連続して使用したためか目眩がする。これはまずいな……魔力が底をつきかけているに違いない。


 その直後、地面が割れんばかりの衝撃音と震動が僕とアリシアを襲ってきた。

 続いて石の破片が降り注ぎ――


「ぐはっ――!」


 咄嗟に僕はアリシアを押し倒して上に被さっていた。僕の背中と後頭部に容赦なく無数のこぶし大の石がぶち当たってきた。

 元気なときのアリシアなら、逆に僕を守ろうとしただろう。だが、今の彼女は僕に押し倒されるほどにか弱い女の子なんだ。


 ああ、もっと見ていたかったな……キミのその顔……


 僕は腕で自分の体を支えることもできなくなり、そのままアリシアの上に崩れ落ちた。あっ……柔らかい……僕は彼女の胸に顔を埋めているのか…………ああ、こんな死に方……兄貴面して散々僕のことをいじめてきた村の悪ガキ達に言ったら地団駄を踏んで悔しがるだろうな……


「ユーキ、ねえ、しっかりして!」


 アリシアが僕の名を叫んでいる。いつの間にか僕は仰向けに寝かされ、彼女が僕の顔をのぞき込んでいた。一瞬、僕の意識が飛んでいたんだ。


「見たところ致命傷ではないわ! 意識をしっかりもって!」


 アリシアが僕の体を揺すり、励ましてくれている。でも……ごめんアリシア。人間の体はキミたち魔人とは違ってすぐに壊れちゃうものなんだよ。僕にはもう……キミの姿が……


「目を開けて! ねえ、ユーキ! ちゃんと目を開けて!」


 そうか……視界が暗転しているのでなく、アリシアの銀髪にまとわりつく電飾ウナギのヌルヌルが僕の目に入って見えづらくなっていただけか……


「僕はまだ死ぬわけにはいかない。アリシア、キミに回復魔法をかける。死ぬのはそれからだ」

「えっ? ユーキは何を言っているの? ユーキが死んじゃうって……?」


 僕は目眩がする状態で何とか膝立ちになり、アリシアに向けて手をかざす。

 その時、アリシアの挙動がおかしくなった。


「あれ? えっ? これは?」


 よれよれのワンピース越しにお腹と胸の辺りをぺたぺたと触り、体をくねくねしている。そして次の瞬間――


「くっ……ああぁぁぁ――――ッ!」


 胸の谷間から電飾ウナギの子供がにょきっと飛び出し、アリシアの頬にぺしゃりと尾びれを当てて空中に飛び出した。

 その光景はまるでスローモーションのように、ヌルヌルの液体がぶわっと放物線を描くように広がり月の光りに反射していたように見えた。


 正直に言おう。今、僕の脳裏では水浴びをしていたときの彼女の裸のイメージと被り、この上なく淫靡いんびな光景として捉えている。


 ――ドクン――


 心臓が高鳴り、目眩が激しくなる。


「パンパカパーン! おめでとう! キサマの魔力レベルが一段階アップしたげろ!」


 川岸の岩の上からルシェが興奮気味に叫んできた。

 

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