第25話 広場にて

 その幼女の名前はピノ。赤いリボンで茶色い髪を結んでいる5歳ぐらいの大人しそうな女の子だ。フォクスが優しく問い掛けると、ピノは少しずつ喋り始めた。


 今朝、彼女は聞き慣れない男の声で目が覚めた。突然兵士が家に入ってきて、姉と両親を村の広場へ連れて行ってしまったという。ベッドの下に隠れていた彼女は1人家に取り残された。やがて近所の人達も連れて行かれ、途方に暮れた彼女は、外の様子を見に家を出たものの、僕らの姿を見て咄嗟に水車小屋に隠れていたという――


「ピノちゃん、お姉ちゃんたちがママのところにちゅれてってあげゆから、心配しないでくだちゃいね」

「本当に? 本当に連れて行ってくれゆの?」

「本当なのでちゅよ! ねっ、ユーキちゃま?」


 村娘に偽装しているフォクスが、まん丸お目々で僕に訴えかけてきた。会話を聞いているとまるで幼女2人がおしゃべりをしているようだが、フォクスの見た目は10歳ぐらいの女の子。獣耳も尻尾もない分、不自然きわまりない。


 何はともあれ、僕らはピノの案内で村人達が連れて行かれたという広場に向かうことにした。


 フォクスはピノの手を握り、にこやかな笑顔で話しかけながら先頭を歩いている。

 フォクスの背中で揺れる大きな荷物を見ながら、カエルのルシェの安否がちらっと心配になったが、今は村人のことを優先しないとならない。


 川沿いの道から外れて細い道を進むと、民家が密集している場所に行き当たる。長屋形式の集合住宅が建ち並び、水を貯める桶や農機具が立てかけてある細い路地を抜けていく。

 火の手はここまで迫ってはいないものの、時折変わる風向きによっては煙で咳き込みそうになる。ピノによると、火災が起きているのは比較的大きな一軒家がある方向らしい。

 長屋を抜け、工場のような建物のすき間からのぞき込むと、その先に広場があった。 100人ほどの村の男達が、草むらの地べたに座らされている。そして彼らを取り囲むように50人規模の槍や剣を携えた兵士が立ち、そこから少し離れた場所に女子供と老人達が一塊になって座らされていた。


 カルバスの合図で僕らは大きな木の陰に身を隠した。


「さあ、他に裏切り者はいないかぁー? 知っているのに隠していた奴は火あぶりの刑だぜぇー?」

「今なら家を焼き払うだけで勘弁してやると言っているんだ。素直に名乗り出た方が身のためだぜぇー、なあ、あんた!」

「ひ、ひぃぃぃー!」

「何か知っていそうな顔をしているなぁ?」

「ししし、知りません! おらは何も知りませんだ!」


 兵士達が手当たり次第に村人たちを尋問している。問い詰められた村人は皆、兵士の持つ槍や剣を突きつけられて震えている。


 そこへ動物の毛皮を羽織った勇ましい感じの男が戻ってきた。20代半ばの精悍な顔立ちのその男は肩で風を切るように大股で歩いている。


「さあさあ、勇者エンカル様が戻ってこられたぞ。次のターゲットはどいつだぁ? 早く名乗り出ろよぉー!」


 兵士のリーダーとおぼしき口ひげを伸ばした男が声を荒げて村人を恫喝する。


 勇者エンカルと呼ばれる男とともに、縄で縛られた8人の村人が4人の兵士に連行されている。8人の村人は皆、顔や頭から血を流し、茫然自失とした表情のまま村人達の前に座らされた。


 勇者エンカルは8人の男と村人の間に立ち――


「さあお立ち会い! ここにいる8人の男は家を失い財産も失った。しかぁーし、その財産は全て不正に手を染めて成したものだ。そのような不正、この勇者エンカルは断じて許さん! 今この場で成敗してくれる――」


 勇者エンカルは手の平の2倍ほどの長さの金色に光る杖を男達にかざす。

 すると杖の先から竜の炎の如く強烈な炎が吹き出した。

 8人の男達は悲鳴を上げ身をよじり地べたに体をこすりつける。

 しかし―― 炎は男達の頭上を越えて空中に消えていく――


「ふふふ……この世の悪を焼き尽くす聖なる業火『エレメントファイヤー』はいつでも貴様らを滅することはできるが……俺はぁーむやみに人は殺さない。貴様らが洗いざらい悪行を白状して改心するなら、命だけはぁー保証してやる!」


 そう宣言し、勇者エンカルは『エレメントファイヤー』を空に向けて放った。

 業火の炎は雲を突き抜け、その轟音は雷鳴の如く空に響いた。


「あの勇者も『召喚されし者』のようね……あんなに強力な魔法、本来はこの世界に存在してはいけないはずのものよ!」


 アリシアは眉間にしわを寄せて言った。


「この状況は拙者達の出る幕はないと思われます」

「……ユーキはどう思う?」


 またアリシアが僕に判断を委ねてきた。

 カルバスの言うとおりこれは所詮は人間同士の争いに過ぎない。

 魔族側の僕らとしては、ここは見て見ぬ振りが正解だ。

 僕が口を開こうとしたとき――


「おいおい、勇者エンカル様の温情を理解できぬ馬鹿者の集団なのか? キサマらはぁー?」

「もっと不正を働いた仲間が他にもいるだろうがよぉー!」


 兵士達の尋問がさらに激しくなっていく。頭や額を槍の柄で小突きながら、手当たり次第に尋問を始めた。


「キサマらが口を割らぬならワシらにも考えがあるぞ! おい、キサマ立て!」


 口ひげリーダーがまだ若い村人を強引に立たせる。


「白状せぬなら1人ずつ処刑してやる。まずはこいつから――」


 口ひげリーダーが剣を振り上げると、


「息子は何も知らないのです! お許しください――!」


 離れて座らせられていた青年の母親らしき女が飛び出した。すぐさま近くの兵士によって背中から斬り付けられる。同時に口ひげリーダーは青年を斬って捨てた。


 目を逸らす村の男達。

 女性の悲鳴が聞こえ、子ども達は泣き出す。


 一方、勇者エンカルは、そんな兵士達の動向には興味が無さそうにあぐらをかいて草むらに座り、草花をもいでいる。


 口ひげリーダーは中年の村人を立たせ、

「さあ、次はキサマだ! どうだ? 口を割る気になったか?」

 村人の耳元で怒鳴ると、村人は体中を振るわせて首を横に振る。

「そうか……キサマも言わぬか……」

 口ひげリーダーはため息を吐き、剣を振り上げる。


 そのとき――


「あなたぁぁぁー、もう正直に言ってぇぇぇ――!」


 1人の女が立ち上がって泣き叫んだ。どうやら男の妻であり、彼女にすがり付いて泣く10代半ばの少女は男の娘のようであった。

 それに気付いた素振りの口ひげリーダーは口の端をつり上げ、


「ふふふ、良いことを思いついたわい。おい、その娘をこちらへ連れてこい!」


 少女の母親は抵抗するが兵士が殴り飛ばし、泣き叫ぶ少女を連行していく。

 茶色い長い髪を赤いリボンで1つにまとめた少女が父親らしき人物の目の前に連れてこられる。すると男の表情が変わり、足がガクガク震え始め――


「私はどうなっても構わない! どうか娘には手を出さないでくだされぇぇぇー!」

「ならば全て白状せい! 不正をはたらいた者は他に誰がいる!?」

「そ、そこの8人で終いですだぁぁぁー!」

「そんな訳があるかぁ! 言わぬならこうだ――!」


 口ひげリーダーが泣きじゃくる少女に向けて斬り付けると、赤いリボンと共に髪がばさりと切り落とされた。

 その衝撃で少女は草むらに倒れ込んだ。


「お姉ちゃん――――!!」


 ピノがそう叫び、フォクスの胸に顔を埋めた。

 そうか……あの少女がピノの姉……そして村人は父親だったのか!


 どうすればいい?


 出て行くべきか?


 ピノの父親が叫びながら姉を助け上げようとするも、他の兵士によって取り押さえられてしまう。口ひげリーダーは、短くなった姉の髪の毛を鷲づかみにし、強引に立たせる。


「もうやめてくだされ! 私達家族は村の外れの一軒家で細々と農業を営んでいるだけなのです!」


 父が叫ぶも、口ひげリーダーは聞く耳をもたず、


「泣くなくそガキがぁぁぁー! しっかり立っておれ。今すく楽にしてやるからなぁー。恨むならオマエの父親を恨むがいい!」


 剣を両手で振りかぶり、ピノの姉の首に狙いを定めて振り下ろす――  



 その刹那――



 金属同士がぶつかり合う音が鳴り響く――



「拙者……丸腰の相手を斬るような輩は許せないのでござるよ……」

「お兄様……素敵です!」


 一瞬のうちにカルバスが敵将の剣を受け止め、カリンはピノの姉をかばうように身構えていた。


「き、貴様らは何者だ!?」

「拙者たちは通りすがりの旅人でござる。決して怪しい者ではないのでござるよ」

「そして私はお兄様の妹。怪しい者ではない!」


 出遅れた僕とアリシアはその様子を呆然と見守るしかなかった。

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