不器用な譲歩貯金

中田 乾

第1話 「拓海」

 空は夕暮れ。オレンジ色に染まった空は、いつも

俺を見下している。

交通量が多い車道の傍で1人で歩く。

 拓海たくみはいつもの帰り道、不機嫌を形にするように舌打ちをした。

拓海は中学2年生で152センチと背が低いが、

あまりコンプレックスだとは思っていない。

高校生になったら背は伸びると、当てもない

予測が心のどこかにあったからだろう。

 少し先で青く点滅する信号を急いで渡ろうという気になれず、赤く光り始める信号の前で立ち止まる。

ここの信号は青になるまで長い事を思い出して、

やっぱり渡っておけば良かったと後悔する。

そんな小さな事にもモヤモヤを感じてしまう。

 好きなバスケをして帰ったのに少しも

気が晴れない。

シュートもいつもより指のかかりが悪く外して

ばかりで、ドリブルもボールが手から離れていき

そのままコートから出ていく。

 赤い夕焼けの空を反対に進み家に辿り着く。

拓海はため息をつきながらドアを開けて靴を脱ぎ

手を洗い終え、真っ先に自分の部屋に向かった。

そして自分の部屋にあるベッドの上に転がりこむ。

 くそっ‥

 なんで俺が‥

胸の中に残る怒りを少しずつベットに広げる。

シーツが少しずつシワになっていく。

 幼い頃、拓海は地域のミニバス(クラブチーム)でバスケをしていた。

母親が何でも良いからスポーツをしなさい!と

うるさいため1番家から近くて通いやすいところにしようと思い、深く考えずに選んだのが

バスケだった。

バスケのことは名前しか知らなかったが、やって

みるとすぐにバスケにハマった。

 身長が低いのを活かしてドリブル練習に力を

入れたおかげで大抵の奴らは容易に抜くことが

できるほど上手くなり、気がついたら拓海は

レギュラーとなった。

 中学生になり部活を選ぶ際、ミニバスでの経験もあるためバスケを選ぶのは至極当然なことだった。

 だけど今は‥

拓海は下の階に響くぐらい強い力でベッドを殴る。

幸い、両親は共働きでこの時間は家にいない。

固く握りしめた拳は拓海の怒りと恨みを燃料にして物を痛めつける。

自分でもここまで心が荒れるのは初めてだ。

 といっても拓海はまだ14歳の少年。

心が木の葉のように揺れやすく色づきやすい

年頃なのだから仕方ないのかもしれない。

だが仕方ないで済まされないのが感情というものだ。

 去年は3年生が引退するまで1年生はボールを触らせて貰えなかった。

だが夏の一回戦で3年生は引退。

すぐに2年生と俺たち1年生で新チームが始動し

経験者ということもあり拓海は1年生の中では

数多く試合に出して貰えた。

 そんな俺を先輩は快く思わない人がいるだろうと

思っていたが、先輩達はむしろ可愛がってくれた。

本気で試合に勝ちにいくというスポ根漫画に

よくある熱血的なチームではなく、

みんなで仲良くバスケをするのが目的の気楽な部活というのが2年生の思い描く「バスケ部」だった。

 だから俺にレギュラーを奪われても怒る先輩は

いないし、むしろ試合に出たくないと嘆いてる先輩の方が多かった気がする。

でも初めは何故自分にレギュラーを奪われて平然としている先輩達が理解できなかった。

 だけど先輩達と一緒に部活をしていたら少しずつ先輩達の目指していたものが分かっていった。

「ただ楽しいバスケをしたい」

体育のバスケの延長線にある、その程度の

淡く軽い志だったのだろう。

 勝ちたいよりも楽しみたい、そんな風に考えて

部活をする人もいる。

俺はそんな先輩達を嫌いではないがその考えを

分かりたいとは思わなかった。

 そんな先輩達だから、全員で顧問の先生の

西岡にしおか(通称ニッシー)に

「楽しいバスケをしたい」と言いに行き

今のチームの雰囲気を作っていった。

 「部活の定義は人それぞれだ」と理解ある先生

だったおかげで先輩達は悠々自適にお遊びの部活を

楽しんでいた。

 和やかな空気と額に少し汗をかく、ぬるい温度の部活をした先輩達との1年間は夏の全中1回戦負けというお似合いの成績だけ残してユニフォームを置いていった。

そして自動的に2年になり俺たちの代が始まり

新チームが動き出そうとしていた。

 先輩達が引退して初めての練習が始まる前の

ミーティングでニッシーは俺をキャプテンに選んだ。

もしかしたら選ばれるかもしれないとは思っていたが本当に選ばれるとは‥

選ばれた時の言葉など用意していなくて、

いっそ辞退してやろうと本気で思ったが、周りの

みんなの勧めで半ば強制的にキャプテンを

引き受けることになった。

 だが正直、悪い気はしなかった。

今の代でレギュラーで試合出てたのは自分だけだし

自分がキャプテンに選ばれた特別感と優越感が妙に心地良くて、顔が少し綻んでいた気がする。

そんな顔を見られないように俯いていると

新キャプテン、このチームの抱負をみんなの前で

宣言しろ、とニッシーが俺に命じた。

 選ばれるわけないと思っていたため、

何を言えばいいのか分からない、でも1つの言葉がするりと俺の口を通り抜けた。

「勝ちたい‥」

その声を聞いた先生とチームメイトが

一斉にこちらを向く。

 誰も声を出さず、ただ自分を真剣に見つめている。

心臓がキュッとなる緊張感が全身に巡る。

だけど、本心を最初に言い出せたおかげで後の言葉も自然に出てきた。


「勝って‥みたいです。

 いつも、一回戦負けばかりで、勝ったことなんて

 一度も無い僕たちも、一度くらい‥

 勝ってみたくて‥

 だから、僕はこのチームメイト、みんなで‥

 勝てるように、頑張り‥ます」


 言葉がつまったり、拙い言葉を並べた僕の宣誓は

テストなら10点満点中2点が良いとこだろう。

それでも伝えようと、拓海は声にこころを込めた。

ぶきっちょでかっこ悪くても、丁寧に、

一生懸命に、作った紙飛行機を飛ばすように、

みんなに伝えようと声を風に乗せる。

 全てを言い切った後、辺りはしんと静まりかえり

俺の抱負を聞いていた仲間達は呆然とした顔をしていた。

俺の言葉がまだ飲み込めてないのだろう。

 沈黙がただよう空気の横からパチパチとニッシー

からの寂しい拍手が送られてきた。

忘れ物に気付いたようにあいつらも拍手を送る。

乾いた拍手だった。

でもそれでもみんなこちらをじっと見つめ、

中には笑いを浮かべる奴もいたが、それでもみんな俺の話を聞いたんだ。聞いてくれたんだ。

それが嬉しくて、こそばゆくて、自分は自然と笑顔になり、キャプテン就任式は終わった。


 この時は信じていた。

 熱意は伝わる、一生懸命やったら報われる、

 このチームのみんなで勝利を掴めると。

 だけど、この時から俺とあいつらの気持ちは

 すれ違っていたんだ‥

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