第4話 道連れ

 予約の日を待たずして、こうして夕暮れの街角で再会した、つぼみさんとわたくしでした。そしてなぜか、カピバラの群れが迫ってきています。


「先生! 一緒にきて!」


 わたくしの袖をつかむが早いか、つぼみさんはまっしぐらに駆けだしました。仕方なく並んで走ります。実はわたくし、脚には自信がございます。わたくしとつぼみさんの身長差は頭ひとつ分くらいですから、その気になれば二人三脚もいけそうです。

 さて、石畳の坂道を登ったさきは、大通りの交差点のはずでしたが――。


「あ、こんなところに!」


 走りながら、ふと脇を見たつぼみさんが小さく叫びました。

 彼女に引っ張られて、わたくしたちは細かくいりくんだ脇道に入りました。つぼみさんは突きあたりの白い柵に片手をかけて、ヒラリと跳び越えます。どこかのビルの裏手と見えて、カーキ色に塗られたコンクリートの外壁がそびえています。


「お待ちください。他所よそ様の土地に勝手に上がり込んでは」


「ちがうの! そこに扉があるから!」


 柵の内側は丈の高い雑草が生い茂るばかりで、無愛想な外壁には通用口はもちろん、メンテナンス用の通風口さえ見あたりません。


「こっち! ここに暖簾のれんが!」


 つぼみさんが外壁に絡んだヤブガラシをかき分けると、壁の色に紛れるような、利休ねずみ色の暖簾が風にひるがえり、その奧に黒い格子戸が見えました。高さは1メートル足らずです。


 そのとき、一糸乱れぬ足音が、背後に聞こえてまいりました。

 来ます! カピバラが来ます!


「先生! 急いで!」


 つぼみさんは、ガラリと格子戸を引き開けるや、背を屈めて中に飛び込みます。

 流れで仕方なく、すぐ後から、わたくしも続きます。


 ――待ってえー。


 格子戸を閉める寸前、暖簾の隙間にカピバラの白い前歯が見えました。

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