第4話 僕は最終試験を受ける

「カツキよ、地獄での生活はどうじゃ?」

「ぼちぼちですよ。閻魔大王様」

「それは長重じゃ。しかしカツキよ、プライベートでまで様をつけるでない。儂のことは、エンちゃんとでも呼ぶがよい」

「申し訳ございません。年上の男性にちゃん付けをする趣味は僕にはございません。永遠にその名を呼ぶことはないでしょう」

「つれないのう。それならエンさんでよいぞ」

 至極残念そうに言う閻魔大王の言葉に、理科で習う塩酸を思い浮かべながら僕は答える。

「では、エン様で」

「ヨン様みたいじゃな」

「ヨン様をご存じなんですか?」

「まあの。お主の前任者が一等好きじゃったからな」

「それはそれは……」

 そんなくだらないことを話す地獄での昼下がり。当然プライベートではなく、これも仕事のうちだ。人間界で言うところのティーブレイクもしくはアイスブレイクのようなものだ。アイデアは集中が途切れた時にこそ生まれる、というのが目の前のエン様のポリシーとのことだ。ううむ、日本のすべてのブラック組織に聞かせてやりたい、と僕は常々思っている。

「さて、カツキよ人間世界における半年にわたる試用期間はそろそろ終了を迎えるが、感想はあるか?」

「感想ですか……強いて言えば、僕が試用期間の間に裁かれた罪人たちの扱いは、あれでよろしいのでしょうか?」

「む、気にするでない。弁護人が試用期間とは言え、最終的に裁いたのは儂じゃ。それに、試用期間の弁護人一人を説得できない時点で、罪人たちの罪は本物じゃろう。それは前回の罪人でも分かるじゃろ」

「それはまあ、確かに」

 前回、等活地獄に落とされた男のことを思い出す。男、とは言っても正確には性別さえ定かではない。なぜならば、地獄に落ちた罪人は皆、全身に黒いモヤのようなものがかけられることになっているからだ。そうやって、罪人の本当の姿を拝めるのはエン様のみで、弁護人の僕には見えないようになっている。

『姿が見えれば情が生まれ、情が生まれれば戸惑いが生まれ、戸惑いが生まれれば狂いが生じる』それがあっての対応らしい。ただまあ、性別くらいは声がつぶれていない限り声で判別はつくのだが。

 等活地獄に落とされた男の罪は『いたずらな殺生』だ。昔はその対象も蚊や虻などの小虫など幅広く、ほぼすべての人間が落とされた地獄ではあったが、僕の前任者たちの活躍もあり、今はその対象が動物及び人に限られている。ただし、今回の男に関しては行ってきた悪事に対して奇跡的にただの一度も殺生を行っていない。そこに関しては、僕が判決に関与させてもらった。

 僕が決めた男の罪状は『度重なる暴力による精神の殺生』だ。聞けば男はせっかく手に入れた家族に対して何度も暴力を繰り返していたらしい(人間界で言うところのDVだ)。そして、それに対して反省の心を一つも持っていなかった。男にとっての家族は己の所有物であり、所有物に対するいかなる対応も罪足りえないと判断しているようだった。控えめに言ってもクズ以外の何者でもない。

 僕は「男は実際に人を殺してはいないが、傷つけられた側の心は何度も死を選んでいる。ゆえに男にふさわしいのは等活地獄であろう」とエン様に対して申し入れし、エン様はそれを受け入れたというわけだ。これが地獄において初めてとなる『精神的な殺しに対する判決』となった。

「あの件に関してはカツキの判断が光ったの。思えばお主ら弁護人のおかげで地獄の判決も随分改善されたものじゃ。特に以前は500年を第一四天王の時間軸で考えていたために罪人の魂を収容するスペースが無くなってきていたが、最近は人間世界の時間軸に切り替えたことによって随分魂の循環速度も上がってきておるし」

「難しいところですよね。収容スペースに関しては」

 簡単に言えば、昔は人間にとっての50年を一日とした時間軸で500年としていたために、1兆6000億年余りの収容時間が必要だったらしい。そりゃそんなことをしていれば、スペースも無くなる。人間世界でさえ終身刑を判決された人間を収容するスペースが無くなってきているのだから。

「いずれにしても、次が最終試験じゃぞカツキ。くれぐれも公平な判決を願っておるからの」

「……頑張ります」

「してカツキ。これが最終試験の罪人の経歴じゃ。実際に面会する前に資料に目を通しておくとよい」

 ティーブレイクを行っていた机から席を外すエン様の姿を見送ってから、僕はパラリと置かれた履歴書のような紙に目を通す。

 ――今回はどんな罪人なのだろうか。

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