utilized hair 3
「いやー、すっかり寒くなったねー……」
厚手のダウンジャケットを着込んだ
「本当ですね……」
白い息を吐きつつ、長腕で自身を強く抱きしめる
「でもですね、私は去年よりかは寒くないんです!」
「? どうして?」
部下の方に顔を向けたら、「じゃーん」と何か茶色くて細長いものを懐から取り出して掲げられた。
「
細蟹は応えた。
「へえ」
「……綺麗」
「ね、見とれちゃうね!」
クリスマスを祝うイルミネーションに彩られた夜の町並みを、
「今年は色々ありすぎたけど、一応無事に終わりそうで良かったね」
「うん。来年も、よろしくね」
「こちらこそ! 来年と言わず何年で…… も」
言ってから少し気恥ずかしくなり、苦笑しながら俯くデンスを、愛おしげに見つめる非口。
そうこうしているうちに目当ての場所に辿り着き…… 二人は同時に歓声を上げた。
「Too Long」という看板の掲げられたその建物の外壁にはクリスマスツリーやトナカイや星を模した精巧なイルミネーションが輝いていた。
しばし、本当に見とれてしまって、けれどここに来た目的はこれではないから…… と名残惜しく思いつつ、建物内に入ろうとした。
「?」
ふと手を止めた。入口ドアの下の方、何か細長いコードのようなものが挟まっている。妙には思ったが、そのまま開けて中に入った。
「こんばんはー!」
「いらっしゃいませッス」
駆け寄ってきた店員の長池の様子に、二人は再び首を傾げた。全身の至るところ十数箇所から、髪の束が伸びている。
「長池さん、どうしたんです、髪?」
「伸びてますよ?」
「ん? ああ、これッスか。友達にホッカイロ代わりに貸してるのと…… あと、入り口のイルミは見てくれたッスか?」
「もちろん、見ましたよ!」
「豪華で綺麗でした!」
「ありがとッス! あれね、私がこうして髪を壁に這わせて光らせてるんスよ! 電気代もかからないし、エコッス!」
非口とデンスは応えた。
「へえ」
仕事に行く途中、ふと空を見上げた
深い闇からちらちらと降ってくる、白くて小さな冷たいもの。
(雪なんて久しぶりです! イルミネーションは眩しくて見られませんが、雪はそんなことないのでいいですね。
でも不思議ですね、そこまで寒くはないんですよね……)
疑問に思いつつ進んでいくと、変な光景に出くわした。何か細長いものが数十束、天に向かって伸びている。
「?」
何かがあるらしき、数mほど離れたその場所へとたっ、たっ、たっ、と走っていってみた。
狭い路地裏に大柄な身体を押し込むようにしたまま、長く伸ばした髪を四方八方に振り回しまくっている長池がいた。
「何してるんですか?」
「ありゃ、見られちゃったッスね。誰にも言わないでくださいッス。
うちの美容院に来てくれてるお客さん達で、ホワイトクリスマスをご希望の方が結構いらっしゃるので、今こうして髪の中の水分を放出して雪として降らせてるんス。
でも寒すぎても良くないので、うまいこと空気をかき回してそこそこの暖かさを保つようにもしてるんス」
「髪がパッサパサになりそうですが」
「もともと十分すぎるほど潤ってまスし、終わったら家でしっかりケアするんで大丈夫ッス」
十は応えた。
「へえ」
「だから、そんな大層なものいただく資格はないである……」
「そう言わずにもらっておけ。うちでは誰も食えないのだから」
翌日の午前中。隣町では、
しゃくしアニマルクリニックが開院5周年を迎えたと知った千古が、祝いの品だと何やら豪華な包装のされた箱を抱えてやってきたのだが、例の騒動の罪悪感が未だに強く残る杓子がそれを拒み続けているのだ。
「あなたが吾輩を祝うことなんて何もないであろう……」
「それはそれだ。めでたいことじゃないか、5周年だろう? さあ受け取れ」
ひたすら箱を押し付ける千古。
「であるが…… 吾輩は……」
「中身は高級な鮭フレークの詰め合わせセットだ」
「ありがとうである早速今日の昼に食すである」
中身を知るや、手と口が本能的に箱を受諾してしまった。
とはいえ瞬時に我に返り、より気まずくなってしまった杓子がどうしたものかと悩んでいたら、部屋のドアがガラッと開く音がした。
目をやると、そこには熊のような大柄な体躯の人物。
「ああ、長池氏。寝癖の件はお世話になったである」
「いやいやー、お気になさらず」
「?」
声と喋り方が普段と違う気がしたが、とりあえず会話を続ける。
「今日はどうしたんであるか?」
「いやー、5周年のお祝いをさせていただきたくてですね…… ちょっと前出ていただけます?」
すたすたと接近してくる長池。
「お祝いの品を持ってきたんです。ほら、こちら!」
ずぼっ
長池の腹部から、顔と木製の箱を抱えた2つの手が飛び出した。
「うわあ」
杓子はひっくり返った。床に転がったままよく見たら、顔と手は
「何してるんである?」
「いやー、あまりにも寒かったのでね。長池さんにここまで運んできていただいたんです。ありがとうございます長池さん」
「お安いご用ッス!」
「こたつみたいにあったかいんです。はああ」
杓子は肩を震わせた。
「目井氏よ…… それはどうかと思うである……」
「はい?」
「そうやって…… そうやって……
自分だけずるいであるー!」
ぼふん
叫ぶや否や、長池の腹部に飛び込んだ。
「あああああ、本当だー! あったかーいであるー!」
「でしょー! もうここから離れたくないですよねー!」
同意しながら、再び中に引っ込んでいく目井さんの顔と手と箱。
「喜んでいただけて嬉しいッス!」
自分の腹から聞こえるきゃっきゃという声に喜んでいる長池。
千古は一人呟いた。
「へえ」
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