第7.5話 片翼対古竜

アニスが「光の書」を読み始めたその頃、大樹の上層では、魔天の片翼と古竜様の口喧嘩が始まっていた。


「瑠璃、貴様、わしとアニスの過去をバラすつもりか!」


「あれはアニスさんの過去であって、記憶の封印とか、もう枷はいらないでしょうに。」


「それでも、わしは真実を知られたくはないんじゃ!」


「それは、クラルテの我儘でしょう。アニス様には関係のないことですよ。」


「それになぜ、あの本がここの図書館にあるのじゃ? あれは中央の大図書館の特別書庫室に封印されておったはず。」


「だって、あの本を作ったのは、あのですよ。単なる本である訳がないでしょ。」


「では何か、あの本が封印を自力で破り、自ら移動したと言うのか?」


「私とアニス様との会話を聞いてなかったんですか?」


「そこまで無粋なことはせんわ。嫌な予感がしたから、お主らのやり取りを途中から覘いただけじゃ。それにあの本には意思があるというのか?」


「そうですよ。意思があり、知識を知りたいと思い願う選ばれし者の元へと行くのですよ。そして今も尚、この庭園の歴史を見続けている。」


「遥か昔から今現在までのこの庭園の歴史全てを知ることができるというのか?」


「えぇ、そこからの未来予知も少しは出来るそうですけど、詳しいことはに聞いてくださいね。」


「相変わらず、口達者なのは変わらんのう。」


「そういうクラルテも変なところで頑固さんですよね。」


ふと、クラルテが気付く、古竜と瑠璃の周囲に超大型の多重防御結界が張られている。


「貴様、久しぶりにわしと一戦、交える気か?」


「アニス様の邪魔をするというのなら、一戦でも二戦でもしますよ。ちゃんと超大型の多重防御結界はしっかり貼っておきましたから。」


「ほう。この古竜の力を少しばかり見せてやるかのう。あの時は、邪魔が入ったからな。お主とまともに一戦やってみたかったんじゃ。」


「あらあら、執行官があの時、間に入ったところで優劣は変わりませんでしたよ。本気を出してないのもわかってましたし。」


「貴様のその傲りを叩き伏せてくれようかのう。」


「光の大庭園、の命を取るつもりはありませんが、それ相応に痛い目に見るのも良い機会かもしれませんね。」


「魔天の小娘が、お主の得意とする術式戦で、その傲慢な鼻っ柱を叩き折ってくれよう。」


「あら、別に近接格闘でも構いませんよ。ご自慢の爪や牙が折れるだけですけど。」


お互い、中距離での戦闘モードに入る。

古竜において中距離戦闘で使えるのは咆哮、息、天候制御、竜術と言った種類の技と竜闘気を纏った打撃や斬撃である。

魔天の双翼の片翼と言えど、天術、魔術、精霊術とあらゆる術式を使えるとされ、天術と魔術に関しては無詠唱で最上級術式を使えるとさえ言われている。

この両者が普通に戦うと大庭園に害が及ぶので、超大型の特別多重防御結界が必要となり、執行官および神々にバレれば、厳罰では済まされないことは、両者ともに重々承知である。

だが、お互いのプライドにかけて、負けられない一時の戯れが今、開始される。


「クラルテ、先手を譲ってあげるわ。最大火力で私を消し炭にしないと後悔することになるわよ。」


「小娘がそんな手に乗るか、わしが最大火力で放つ瞬間にお主は距離を詰めて、連続術式でわしを一気に攻めるじゃろうて。」


「なら、私が先手を貰いますね。一応、言っておきますけど、しっかりと防御してくださいね。」


瑠璃の右手に天術、左手に魔術の強大な最上級術式が一瞬で組み込まれる。


「全て縛れ、闇の鎖よ!天闇鎖縛霧ダーク・バインド・ミスト、そして全てを貫け、光の槍よ!魔光槍貫雨シャイニング・レインズ・ランサー


霧状の闇の鎖が古竜の動きを止め、そこに雨の如く降り注ぐ光の槍。


竜光闘鎧殻ドラグ・オーラ・アーマー


凄まじい光の竜闘気で身体を鎧で多い、闇の霧をかき消し、光の槍を弾いていく。

だが、それを読んでいたかのように続いて、七色の閃光が古竜を目掛けてほどばしる。


「魔天術七十七式、魔天虹滅竜閃!」


竜光反鏡殻ドラグ・リフレクター


光の鎧が鏡に変化し、放たれた七色の閃光を術者へとキレイに跳ね返していく。

しかし、跳ね返した先に少女はいない。


「魔天武闘術奥義、魔天閃撃掌!」


古竜の懐で一瞬にして技が入る。

全ての術式を囮とし、近接格闘術式による一撃必殺。


不完全絶対防御で固めていたとはいえ、相手が古竜であれど、魔天の片翼に関係はない。

近接戦であろうとなかろうと勝てる者はいないはずなのだ。それが伝説の英雄であり、禁忌の力を持つ者達なのだから…。


「貴様、これが狙いか…。」


「少しは痛い目を見れたかしら?」


「つまらん手加減しおって…。」


「だって、別に死合をした訳ではないのだから、手加減も必要でしょ。でも、3日間位は動けないでしょうけど。」


「手加減などせず、最初から本気で来れば、わしなんか一撃と言うことか…。」


「一応、神々や執行官の手前、本気を出せないのよ。一撃で終わらせたら、大変なことになちゃうもの。」


「全くもって、年を感じるわい。全盛期の頃なら、もう少し違うかもしれんが…。」


っとクラルテが言い終える前に、大声で瑠璃が言い返す。


「もう!嘘ばかり言わないでよ。とは言え、あんなに手加減されたら、こっちの方がやりづらいわよ。防御で固めてるとはいえ、不完全反射に不完全防御で、近接に入って手加減した一撃を入れたとは言え、手応えが全く無くて、かすり傷にすらなってないことに非常に不愉快よ。」


「なんじゃ、バレておったのか…。お主らの両親との約束じゃからのう。」


「私たちの両親との約束って何よ。」


「たまに喧嘩を売りに来るだろうから、その時の気分で相手をしてやってくれと言われておる。」


瑠璃は、無言で超高度な治癒天術を使い、クラルテに放った一撃の傷を完全治癒させる。

戦闘では勝った(?)ものの、相手との圧倒的な力量差で負けていることに気付く。


「ねぇ、クラルテ、何で本気を出さなかったの? 今もあの時も?」


「普通に本気を出して、お子様を握り潰しても意味なかろう…。これから伸びる存在を壊しても意味なかろう。」


「お子様か…、さすがは古竜ということなんでしょうね。」


そろそろ、アニス様が来る頃かしら。


「クラルテ、そろそろお客様がお見えになりそうよ。」


「ぬぅ、もう読み終えたと言うのか?」


「だって、あの本は、特別製ですからね。とりあえず、この結界を解いて待ちましょうかね。」


「お主、ここにまだ居るつもりか…。」


「だって、クラルテがどんな顔をされるのか、興味がありますから。」


「いい性格しておるのう。あの執行官が気に入るはずじゃ…。」


ん、執行官について知ってるの? まぁ、いっか、そろそろ到着する頃だし、これ以上、余計な詮索して、手痛い目に会うのは勘弁ですからね。

この破格の強さは、やはり別格ね…。

私一人が本気を出しても遥か彼方の存在、双翼が揃ったとしても、それでも彼方の存在ね。

でも、意地でも呼び捨ては貫いてやるんだから。

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