第1話

朝、6時半。

目覚ましをかけているけど、それよりも早く起きた。

何年もかけて体が起床時間を覚えたらしい。


寝巻きからジャージに着替え、音楽プレイヤーの充電を確認。最近買った耳に負担のかからないお気に入りの赤いイヤホンをセットし、特撮ソングと共に朝のランニングに向かう。


朝の涼しいうちに日課のランニングを済ませたい今日この頃。子供の頃からの日課で体を鍛えることだけはやめられなかった。いつか正義を果たす日が来るかもと夢想しているからだ。ちょっと恥ずかしい。


季節は夏、高校生活初めての夏休み、青春真っ只中。

彼女のいない夏が始まる。


ランニングコースの終着点、数キロ離れた公園で

一息ついた。顔から流れ出る汗をジャージの袖で拭い、

ポケットの小銭入れから自販機でスポーツドリンクを購入。


キャップを開け一口。うまい。

一気に飲み干してペットボトル専用のゴミ箱へシュート。

俺はゴミの分別をしっかりやる。それが正義だ。


そうやってようやく景色を見る余裕が生まれて来る。今この瞬間だけはこの公園は俺だけのものだ。朝日の日差しが背中を焼き付けるが、冷えた汗のせいかそこまで不快ではない。むしろ気持ちがいいものだ。


誰もいない公園で柔軟体操と鉄棒での懸垂等と筋トレを

行って家路へと向かう。

帰りにも特撮ソング。道中マイリストの中から一番のお気に入りの曲が流れると否応無くテンションが上がる。心なしかスピードも上がってしまう。


特撮ソングには心に熱を生むナニカが有るのだ。


だからだろうか。俺は足元のナニカに気付かなかった。

だからだろうか。俺は落ちた、何の抵抗も出来ずに。


落ちている最中に何か薄い膜を破っていく感覚がある。

目には見えないが、抵抗のようなものを感じる。

それは下に行くにつれ強くなり、唐突に強い衝撃に加え、体は電流のようなものに襲われ、俺は意識を保てなくなる。


薄れゆく意識の中で

こんなところで死にたくないな。

ただ、漠然とそう思った。



■■■




意識が覚醒していく。

最初に視界に入ってきたのは光る球体だった。

それが空中にいくつか浮かんでいて、眩しいくらいに

俺を照らしている。

思わず、手で光を遮ろうとするが‥腕が拘束されている。

腕だけではない。体全体が拘束されたうえに

手術台のようなものに仰向けで寝かされていた。


ここにきてようやく危機感と共に意識がはっきりとしだした。


「‥ダ‥‥レ‥‥‥カ」


うまく喋れない。体も動かせない。

何がなんだかわからず言葉にできない恐怖が襲う。


かろうじて首を左右に動かすことが出来たが、

視界に入るのは鋭利なメスのような刃物や銀色の液体の入ったシリンダー見たいな器具などが置かれた台や薬品棚といったいかにも手術室といったよくわからないものばかり。反対の右側には大きな二枚扉。鉄製か?


(俺は病院にいるのかも‥‥。ランニング中に意識をなくして運ばれたのかな‥)


自らの常識に現状を当てはめて冷静になろうとするが

それも無理そうだ。


今ならはっきり見える。先ほどの球体、こいつ浮かんでいる。こんなものは現実に存在しない‥。

球体に糸が照らされていない‥。

それにそもそも病院なら俺を拘束する理由もない。



謎の発光球体に拘束され、さらには明らかな動かない体の異常、手術室を連想させる室内。


嫌な予感しかしない。ここから明るい未来を夢想出来る人間などいやしない。


「ダ‥‥ダ、レカ‥‥イ‥ナイノ‥」


先ほどよりうまく発声できたが、声色は先ほどより悪い。

ここから出なくてはならない。

そういった焦燥感が身を焦がそうとする刹那、

カツ‥カツ‥と足音が近づいて来る。



キィィッと甲高い音ともに、顔の上半分に奇妙な仮面を付けた人間が入ってきた。

体のサイズよりやや大き目な白衣のようなものを着たそいつは俺を見るなり開口一番、



「ん、んん〜〜、起きてるのかなぁぁ〜〜?」



粘つくような、道化を連想させる声に不快感が募る。

声からは30、40代の男性であることが推察される。

そいつは俺に意識が有る事を確かめるとより一層嬉しそうに



「うんうん、これなら始められそうだね」



台に置かれた器具を甲高い金属音を響かせて丹念に確認した後、

嬉しそうに口を歪ませてこう言った。



「異世界アルスマギアへようこそ、

これから君を人間を超える超生命体に改造してあげよう。嬉しいかい、嬉しいよね?これから君は我らが結社、〈創世の方舟〉の礎になれるんだからねぇ〜。こんなに名誉なことはないよ君〜〜」


「ン‥‥ンン‥‥」


声にならない声が木霊する。

こいつが何を言っているのか理解出来ない。


(異世界?超生命体?結社だと?)


まるで特撮ヒーローものの1話にでも出そうな話。

こいつはなんだ?何処かにカメラがあってドッキリの

看板を持って誰かが現れるのを待ったが来そうにない。



「言葉通じるよね。寝てる間に翻訳魔法を刻印した宝石食べさせたから」



宝石は食べ物ではありません。

いや、今はそれよりもこいつの話を聞かなくちゃいけない。

何も分からないのだから。

ヤツは続けてこう言った。


「まずは自己紹介、僕は異世界アルスマギアの秘密結社〈創世の方舟〉の研究部門筆頭錬金術師、メイナール。錬金術師っていうのはね、まぁ色々研究してる学者の事。どうせ詳しく説明してもわかんないでしょ。とにかく、君という存在を異世界、えーと君の世界の名前はわからないけどそこから叩き落としたのは私だよ」


どうやら俺はこいつのせいで異世界とやらに攫われたらしい。

頭のおかしい馬鹿に文句を言ってやりたくなる。


「ク‥‥ア‥‥」

「ごめ〜ん。何言ってるかわかんな〜い。あ、ほらコレコレ。この光ってる球分かる。これは魔法だよ。君んところの世界にはないでしょ。ほらほら」



あぁ。そうだった。俺の常識にある世界にはこんなものはない。

メイナールは何やら準備しながら説明を続けた。

なんの準備かは理解したくない。

それにしてもこいつ、黙っていることが出来ないタイプの人間だ。


「こほん。ではでは続けるよ。本来世界間同士から人が行き来するのは不可能なんだけど、天才の僕に不可能はない。まぁ、世界間移動の術式自体は何故かあったんだけどそれを起動するのに莫大な魔力が必要なんだよねぇ。ほんの百人ほどの魂から練成した大量の魔力を使って無理矢理起動し、君を攫ったってわけ。無茶したから来る時抵抗があったでしょ。世界から来るな〜っていうささやかな抵抗だよ。あ、それと勘違いしないでね。君を選んだわけじゃないよ。別に君の世界の人間で、健康なら誰でも良かったんだ。運がいいね」


そう笑いかけられた。


(誰でもいいなら俺じゃなくてもいいだろう。それにさらっと言ったけど百人?こいつ、俺をさらう為に百人殺したのか?)


間抜けにも落ちた時の事を思い出していると

メイナールは、いそいそと部屋にあった金庫?のようなものから銀色のトレイを持って来た。


「ほら〜、これ見てよ。まだ試作品だけど我が人生最高傑作の内のひとつ、魔力生成機関マギアハート。君を攫った理由であり目的である心臓だよ〜。これから君にコレを移植して、僕のもう一つの最高傑作の鎧を動かしてもらう。普通の人間の魔力生成機関じゃあ全然出力が足りないし、心臓を改造して出力を上げるのにも限界がある。だから一から心臓を作ったってわけ」


メイナールは機嫌がいいのか、くるくる回りながら続ける。


「無事移植が終わったあかつきには、結社の忠実なる兵士として働いてもらいまーす。いやぁ、たった百人で最高の兵士が出来るなんて安上がりだね。コレをちゃんと運用できるように体も強くしてあげるし安心してね。」


まるでオモチャを自慢するように見せてきたのは心臓だった。

それも肉ではない、煌びやかに光る宝石のようなもので出来た心臓だ。



「すごいでしょ〜。いやぁ〜苦労したよ。馬鹿そうな君に分かるように説明すると、こいつを作るのにざっと百体ほどの下級精霊を使って作ったんだ。人間の魔力生成機関を使うと移植に拒否反応が出るだろうし、出力も出ない。その点こいつらは無色だ。たいした意思もない。拒否反応も出ないし、百体使ってるからかなりの魔力生成が期待できる」



「これはね、僕らアルスマギアの人間には使えないんだ。僕らには個々の魔力生成機関がある。それは心臓だ。仮に心臓を入れ替えても拒否反応が出るんだ。それぞれ個人に魔力波長があってね。それらは複雑で僕にも完全に同調させることが出来ない。その点、君は大丈夫。だって君には魔力がない。つまり、空き容量があるって事だよ。やったね〜」



メイナールは心底嬉しそうだ。

それに対して俺はこれから自分が何をされるかがわかってしまった。

アレを俺の心臓と入れ替えるのか‥‥。恐怖で叫び出したくなる。

声とともに恐怖を吐き出したくなる。だがそれさえ出来ない。



「ん〜。何か言いたそうだね。でも無理だよ。ここに来た段階で君の痛覚は切ってあるんだ。ショック死しないようにね。だから気付かなかったでしょ。コレに」


そう言ってメイナールは注射のようなものを見せてきた。


「蜘蛛系のモンスターから採取した神経毒だよ。どうやら投与量が足りなかったらしい。これで完全に話すことも出来ないだろう?移植中に暴れられたり、叫ばれたら鬱陶しいからね。喋っていいのは僕だけだよ」


改めて体の自由がないことに気付く。


(いや、それよりもだ。もしかして俺はこのまま意識を持ったまま自分が切り刻まれるのを見せつけられるのか?)


「さぁ〜。忙しくなるぞ〜。あ、そうだ。素直に言うこと聞けるように頭も開いて改造しちゃおう。素直な子はみんなに好かれるからね。せっかく異世界から来たのに嫌われるなんて可哀想だ。僕からのささやかな贈り物だよ」



メイナールは労わるように言った。


俺はただただ恐怖した。息を荒げることも泣いて慈悲を乞うことも相手に罵声を浴びせることも許されない。


(ごめんなさいごめんなさい許してくださいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい)


意味のない謝罪、こんな時に俺はこんなことしか出来ない。惨めだ。こんな風に終わるのか俺は。



「新しいことに挑戦するのはいいね。自分がより優れた人間だと分かる、これは確認行為だ。僕に失敗はないからね。君からデータが取れればより優れたものが作れるし、もしかしたら僕たちにも利用できるかもしれない。総統閣下もお喜びになられる筈だ。くぅぅぅぅ〜。興奮してきた。分かるかい、君は今日この日の為に、僕の為に生まれてきたんだ。今日この日のこの時こそが君の人生で最も輝かしい日になるよ。さ、そろそろ始めようか」



こいつは悪だ。人の世の害悪だ。でも、俺には何も出来ない。正義に憧れ、鍛え続けてきたのに何も出来ない。


俺は自分の血と骨と肉が違うモノになる事をただただ見せつけられた。何時間も‥何時間も‥。


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