あらゆる建造物の残骸に、それはへばりついていた。


 ある者はその身体ごとビルに突っ込んでいる。

 ある者は真上から落下して放射状に中身をぶちまけている。

 炎が噴き出す廃墟の街に、皆死んでいた。翔機たちが、死んでいた。


 そのはざまを、上空を旋回する翼竜たちをかいくぐり、影の内側を進む。

 一機の翔機が、崩れた瓦礫の中に埋もれる形で墜落していた。

 翼が折れ、煤けたボディの中腹が開き、そこから飛び出るようにして、兵士の身体がぐったりと倒れていた。

 当然ながら死んでいた。周囲に、乾いた内部液体がこびりついている。


 震動が続くなか、ドクターは近づいて、ボディの一部に触れる。

 既に冷えていることを確認するや否や、機首先端付近の瓦礫をどかし始める。

 その作業が終わると、ボディが傾斜し始めたあたりに手を触れる。


 亀裂が走るように装甲が浮いた。

 手をかけて力を込めると、思い切り引き剥がすことができた。

 ドクターはその作業を続ける。


 後方で……兵士の死体は動かない。

 両手を広げて天を仰ぐように死んでいる。

 口からは吐瀉物の痕跡があり、目はどろりと白濁したまま見開かれていた。

 ドクターが機首の装甲を剥がすのを見ながら、霧崎はその兵士の目を閉じてやった。


 ガラガラと音がする。

 ドクターは必要な装甲を全て剥がし終わったらしい。

 そこには様々な複雑な機構と共に、脳髄のようなものが含まれていた。

 どろどろと濡れるその部位を持ち上げる。

 何本も束ねられたケーブルが伸びる。

 思い切り引きちぎる。びしゃりと液体が飛び散る。

 ドクターは脳髄に手を突っ込みぐしゃぐしゃとかき乱したあと、何かをずぷりと取り出した。

 脳髄が乱雑に打ち捨てられる。

 ドクターは荒く息をついて、取り出したその小さなカードのようなものを見た。


「一体どういうことです」

「複数の翔機のデータを遠隔でレイのものに統合させる。そうすれば音楽の伝導率が上がる」


 途方も無いことをドクターは言っていた。

 霧崎はやや気圧される。


「そうすれば、音楽によって自動的に彼が動くようになる」

「そんなことをすれば、彼らの負担は」

「他に方法はない」


 炎の照り返しが、影を更に色濃くする。

 二人の姿は真っ黒な背景と同化する。


「しかし……キリがない。一機ずつ、こんなことをしたのでは」


 その言葉で、さすがにドクターは眉根を寄せ、考える仕草をする。


 足音が複数聞こえ、近づいてくる。

 霧崎はドクターの前に立ちふさがり、その方向に向けて銃を構えた。


「あなた方は……」


 ボロ布のようなフードをかぶった集団。

 その先頭に立つものが、顔を出して言った。


「この街の滅びを見届ける者。ただし、その滅びをそのままにするつもりもない……そういう連中です。さぁ、手伝って、皆」


 後ろに控えていた者たちが散らばって、次々とドクターのところに群がった。

 はじめは狼狽えていたが、現れた者たちが自身に協力的な事がわかると、困惑しながらも指示を飛ばし始めた。

 彼らはそれぞれ、翔機のもとへ向かい、同様の作業を開始する。


「何故君が。蔵前侑李」

「この街は滅ぶでしょうね、ええ、きっと滅ぶ」


 残骸に座り込んで、顔を合わせることもなく、蔵前は呟く。

 翼の怪物に制圧された街の只中で、人々がうごめいている。


「あとには何も残らない。連中は、ここの全てを変えてしまうつもり。ここで育った歴史も、システムも、何もかもを忌み嫌っているから」

「それが運命だと」

「そう聞いた。向こうの人が、そう言っていたもの。きっと真実なの」

「ならば、尚更だ。君はここに居るべきじゃない」


 霧崎は銃口を、試すように蔵前に向ける。

 彼女はふっと笑って立ち上がり、答えた。


「分かってる。だけど……何もかもがなくなっても、記憶は残り続ける。その記憶を、少しでもマシなものにしておきたいから」


 銃を恐れることなく、彼女は続けた。


「だから。私は、見届けたいの」

「……」


 その瞳が欠片も揺らがないことを知ると、霧崎は銃をおろした。

 その後、蔵前もまた、仲間の手助けに向かった。

 一人残された霧崎は……しばらく経ってから、ドクターのもとへ向かった。



 走り出した小夜子は、威嚇として放たれた銃弾をかいくぐりながら、悲鳴を上げて頭を抱える後輩たちの前に躍り出る。

 そのまま兵士たちの何人かを引き倒す。

 短い悲鳴の連なり。

 最後には、一番手前の男を足の下敷きにして、その後頭部に銃を……。


「そこまでだ」


 小夜子は、自分の頭を無数の銃口が囲んでいることを察知する。

 既に、自分たちは、その環の中に居た。


「くっ……」


 座り込む。

 先生たちは、恐怖に身をすくませる生徒たちをかばうように、その身を代わる代わる抱きしめて、その後にこちらを見た。


 ――ごめん、レイ。


 悔しさから唇を強く噛みしめる。

 ここまで来て、何もできないなんて。


「……諦めちゃ、駄目よ。小夜子ちゃん」


 声。振り返る。

 先生が、生徒の背中を撫でながら言った。

 その言葉は無根拠であるような気がして、ほんの少し八つ当たり気味に、返答をする。


「だけど、もう駄目です。先生だって分かってるんじゃないですか」

「違うのよ……貴女にとっての音楽はそこまでなの」


 抽象的な言葉。

 苛立ちがつのり、銃口がよりクリアに見える。


「楽譜にはもう、ここから負けるための音楽しか載ってないんです」

「そんなの、関係ないはずよ。だって貴女は、貴女の音楽は」


 ……そこで、兵士が、先生の足を撃った。


「ぐうっ……」


 血が一筋床に垂れる。

 くるぶしのあたりに当たったらしい。


「先生」

「先生っ」


 後輩たちが彼女の足にハンカチを当てる。

 先生は苦しげにあえいでいる。

 小夜子は、自分を囲む銃口のせいでうまく動けない。

 その中で、精一杯声を張り上げる。


「やめて。この人は関係ない。この人を傷つけるなら、私、舌を噛んで死んでやるから」


 兵士たちはその言葉を聞いて、わずかに動揺したように見えた。

 その証拠に、彼らは膠着状態を続けることを選んだらしい。


「私の音楽って……なんなんです」


 兵士たちの前に立ち塞がるようにしながら、後方で後輩たちの応急処置を受けている先生に聞く。

 すると彼女は、顔を伏せながら、喘ぐように言った。


「そう、覚えてないの。あなたの音楽、あなただけの音楽があったのよ――」


 言葉の意味が、分からない。

 だから、小夜子は聞こうとした。


「どういう――」


 その時、兵士たちの後方からさらなる足音が聞こえてきた。

 振り返る。

 硝煙を乗り越えるように、更に十数人の武装した兵士たちが入ってくる。

 またたく間に、蛮国の者たちを取り囲む。客席に、廊下に広がる。

 誰もが顔を上げて、その姿を見た。小夜子は、見覚えがある。


「貴方達は……」


 ボロ布のような外套に、傷だらけの装甲服。

 街の外縁部に住まう、レジスタンスか。


「……まさか」

「き、貴様ラハ一体……」

「『サヨコ』……彼女を生かしていてくれて、ありがとう」


 ――その言葉を聞いて、小夜子の中に苦い味が広がる。

 まさか、回り回って、こんな形で、自分の失敗に助けられることになるとは。


 敵たちは一転して四面楚歌になった現状をなんとかしようとしていた。

 蔵前の部隊の一人が先生のところに忍び寄って、医療キットを取り出している。


「状況は、たしかに……最悪かも、しれない……」

「貴様、コレ以上シャベルナ――」

「っ、だけどっ、聞いて、小夜子ちゃん」


 いつになく強い口調で、先生が言った。

 自分にいまだ向けられている銃口が、怖くないわけがない。

 なのに彼女は、それをこらえて、涙ぐみながら、こちらを向く。

 小夜子が、目をそらすわけには、いかない。


「よく聞いて、小夜子ちゃん。この状況を変えるための音楽が、確かにあるのよ」

「だけど、楽譜なんてもうない」


 すると先生は、諭すように、ゆっくりと、語りかけるように。


「違うの、小夜子ちゃん。よく考えて。あなたが持っていた楽譜の作者は、では、どうやって音楽を作っていた。まさかオートコフィンなんて、あるはずはないでしょう」


 兵士が一歩前に進もうとしたが、後頭部に突きつけられた銃口のせいで、わずかに身じろぎするだけにとどまる。

 彼女の言葉を食い止めたくて仕方がない様子だった。

 それ以上いけば、決定的な何かが始まる、とでも言いたげな。


「そして今、あそこにあるのは鍵盤。音の出る、ただの楽器にすぎない。それ以外、何の力もない。だけど、それが出来るの」


 先生は壇上を指差した。

 そこには、重厚なオートコフィンが、主が戻ってくるのを待っているかのように、ずっしりと鎮座している。


 ……やや遅れて、先生の言いたいことを理解する。

 それは途方も無いことだ。

 ここに来る途中何度も考えて、やめた方法論。


「まさか……そんなの、出来るわけない」


 小夜子は首を振る。

 先生は押しとどめる。


「やるのよ、小夜子ちゃん。あなたなら出来る。あなたなら、奪うだけじゃないって。証明できるはず」

「貴様ラ……」


「作り出すの。楽譜無しで。あなただけの音楽を」

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