第2話 ch2

「私だ」

「部長!お、おはようございます」

「今、例の現場だな?」

「はい。死体はとっくに署に運ばれていますけど……」

「お前の疑問に答えている暇はない。用件だけを伝える」部長は端末を持ち替えた。「小学生が遺体で発見された。部屋の机に強く頭を打ち付けた頭部の骨折が死因だ。母親の話によれば、昨夜から音楽の一切を取り上げていた。CD、携帯音楽プレーヤー、ラジオ、テレビも仏間に移したというわけだ。頼む」

「待った。あまりにも唐突で、頼むの意味がわかりませんよ。かみ砕いた指示をお願いします」

「そっちの死因を調べろ。関連が疑われる、以上だ」

 ハザードが等間隔でリズムを刻む。O署の刑事種田は部長が運転する自家用車の助手席から取り出すタバコを制した。タバコの臭い、煙、それを吸う者に嫌悪を抱くのが女性刑事種田の身に備わる質である。

 これから予想される雨に警戒をせよ、薄く張り出す、フロントガラスを通した遥か先、隣町のスキー場付近の斜面あたりへ雲が流れる。風が吹き始めると雨が降る、種田は同乗者の権限を最大限に活用した。外は九月でも夏の温度である。

「なぜ管轄外のS市に我々が出向くのでしょう」部長の行動には裏がある。そもそもこの上司のデスクはいつも空席だ。居場所を知るには彼から掛かって来る連絡を待つか、部署で寝ずの番をするかの二択を選ばなくてはならない。神出鬼没、実在しない人物とさえ署内では囁かれている。早朝に私が住むマンションに車を付けた事実からは、表ざたにはしたくはない事件とみて間違いはない。事件ととも現れ、解決を前に姿を消すのが通例、この人のやり方なのだ。

 部長はタバコを抜き取って、1本目の許可を提示した。目配せ、種田は首を窓へひねる。

「鈴木たちは遅れて捜査に取り掛かる。ここではこちらが先」言葉はここで途切れたが、「わかるな」吐き出した息と煙が雄弁にあとを語る。

「権力、覇権、縄張り、まるで動物です」

「組織が小さければ、人よりも、隣よりも上を目指したい」

「ある歌手の音源を遮断したことで、発狂・暴力を振う衝動にかられた事件は、3例が報告されています」鈴木たちへの連絡の間、種田は警察のデータベースと全国各地の地方新聞から情報を得ていた。現場からマンションの来客用に設けた駐車スペースへ戻るまで、部長はただ遺体の性別が私と同じだからという理由を話しただけで、操作に駆り出したわけを伝えてはいなかった。

「予想はついているな」

「いえ」

「顔に書いてある」じっと、体温を感じる間に部長の顔。エンボス加工のシートがうにゅうにゅと軋む。「アイラ・クズミの楽曲が引き金だと、私は思う」

 ようやくか、引き下がって私はこたえた。あいつの名前を口にしたくはなかったが、仕事のため。

「私にアイラ・クズミを調べろと?」

 引き上げた部長の眉は煙の背後で、ゆるやかなカーブで瞼の輪郭に沿う。

「会ってほしい」

「できません」重なるように種田は答えた。しばらく時間が流れる。幼稚園バスががたごとと、低く唸りを上げて、子供たちの乗車を待つ。水色の制服に黄色の帽子と鞄、靴下と靴はそれぞれの好み。

「だろうな」

「どうしてですか?」種田は自分が呼ばれた理由を尋ねた。顔はフロントガラス、駐車場とマンションの境目のわずかな庭に向く。

「あいつに依頼をしておいた。午後には少し情報が入っている。頼んだ」

「車は?」部長は一人、車を降りた。消火栓の黄色を軽快によけて、駅へ続く下り坂を進む。キャッキャとはしゃぐ子供の声。

 半身、部長はタバコをふかして言う。「署の駐車場に止めて置いてくれ」

「事故車両で届きます」私は今年の春に免許を取ったばかりだ。

「探偵によろしく」車内、窓から振動音が漏れる。ディスプレイにいけ好かないやつの文字。

「はい」

「午後1時に事務所でお待ちしています」

「誰が行くと言いましたか?」

「相変わらず僕のことが嫌いですね」

「知っているなら、今おっしゃってください」

「約束はお昼です」それじゃあ、軽い男だ。澤村という探偵の薄い声が切れた。


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