イン・ザ・ナイトメア

人生

プロローグ




 駅への道すがら、その会話はユウキの耳にもしっかり届いていた。


「あれ、高校生? そういえば修学旅行の時期か」

「いいわよねー、学生はお気楽でさぁ――」


 二十代くらいだろうか。スーツ姿の女性たちが通り過ぎていく。

 普段なら気にも留めない会話だった。

 ユウキたち三人にそんな余裕はなかったし、現に友人の一人・メージンは足早に先に進んでいた。


 しかし。



「ふざけんなよッ! あんたらに何が分かんだよ!?」



 タカラは違った。

 血走った眼、深く刻まれた隈、こけた頬。その時の友人はとてもじゃないが冷静ではなかった。

 我慢の限界だったのだろう。


「ちょっ、タカラおまっ、」


 びくりとする女性たちに向かっていくので、ユウキは慌てて荒ぶる友人の肩を掴んだ。その腕を引っ張り、駅へと逃げるように移動する。待っていたメージンが疲れたようなため息をこぼした。


「君、寝てないのか?」

「……むしろお前らは眠れるのかよ」


 タカラの苛立ちはユウキにも理解できる。しかし、今は余計なことにかまけている余裕はない。

 三人は追われているのだ。


「急ぐよ! 電車が来る!」


 時は待ってくれない。


 ユウキは二人を急かし、改札へと走る。時間がない。早く、一刻も早くあの場所へ急がなければ。

 たとえそこに希望が無くても。




               * * *




 無事、電車に間に合うことが出来たのか――


 気付いた時、ユウキは暗い場所に立っていた。

 手の届く範囲までがぼんやりと見える薄闇、じめじめと肌にまとわりつくような空気、どこからか聞こえる叫び声めいた隙間風。


「またか……」


 思わず嘆いた。

 しかし、落ち込んでいても仕方ない。

 ここは悪夢のような空間ダンジョンなのだから。


「この感じだと〝三層〟だよな……? 確か昨日はそこでから……」


 ユウキはそっと一息つくと、自分の状態を確認する。

 学校帰りだから制服姿で、手荷物は通学鞄のみ。他には何もない。


「電車の中で寝落ちしたパターンのやつか。くっそ……乗り心地最高かよ新幹線!」


 お陰で眠気吹っ飛びました! と心の中でぼやいてから、きょろきょろと周囲を窺い、警戒する。


「なるはやで合流しないと……。俺を起こさないってことは、あいつらも寝落ちしてるはず」


 ユウキが薄闇のなか一歩踏み出した、その時だった。


 もぞもぞ、と。


 暗がりから滲み出すように、ユウキの視界の端で白いが姿を現す。

 上からすっぽりと白い布を被った格好のそれは――


「ひっ」


 全身の毛が逆立つような、背筋が震え上がるような――何度見ても恐怖が蘇る、それはユウキの悪夢トラウマそのものだった。


 それは前屈みの姿勢のまま、まるで頭突きでもするようにユウキに向かって突っ込んできた。布の下端から人間のものと思しき足が伸びていて――


「うわああああああっ!?」


 走る。

 視認するやいなや、ユウキは駆け出していた。薄闇の中、不明瞭な視界も不安定な足場も関係ない。湧き上がる恐怖に駆られるままに足を動かす。水溜まりに足を突っ込み靴を濡らし、壁にぶつかり顔面を強打し、溢れる鼻血に構わず、みっともなく、ユウキは逃げた。


 つらい痛い恐いキツい恐い――恐い恐い恐い!


 恐怖が全てを席巻する。


 それはいつか見た映画のワンシーンだった。

 縄で吊るされ、白い布を被った何か。

 布の端から細い脚だけを覗かせたそれが、幼心にとても鮮烈に焼き付いていた。

 トラウマだった。

 ……以来、てるてる坊主を見て泣き出すほどに。


「はぁっ、はあっ……、」


 息が持たず止まりそうになった足が、何も捉えず空回る。


「ふぇ……?」


 変な声が漏れた。それくらいの唐突さ。


 目の前に、巨大な穴が広がっていた。


 落ち――――――、



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