第6話 許嫁

「だん…… な、ま」

 五分くらいは眠っていただろうか。体を揺さぶる感覚で目が覚めた。

というか、僕が食堂で居眠りしていても起こす友達なんていないはずだけど。それに体をやけにゆっくり、優しく揺さぶってくる。おまけに体に触れている手が冷たくて柔らかい。誰だろうか?

 僕はゆっくりと目を開けると、隣に少女が座っていた。制服は昨日見た夢の中でのローブを羽織った制服で、また夢の続きを見ているらしい。

 周囲に目をやる。長椅子と机が並べられた広い部屋で、生徒たちが大勢集まって食事を取っていた。談笑しながら食事する子、本を片手に食事する子などスマホがないことをのぞけば日本と大体同じ光景だ。奥の方に厨房とカウンターがあって、そこで生徒たちが並んで食事を受け取っている。

「どうしたんですか? 昼食後にうたた寝なんて…… お疲れでしょうか?」

 社交辞令でなく、心の底から僕を心配しているような声。女子にしては珍しい。

 軽くウエーブのかかったロングの髪。彫りが深いというより全体的に柔らかい感じの顔立ちで、おっとりとした印象。綺麗というより可愛い系だ。そして体格も全体的に柔らかいというか、制服から出ている二の腕も、スカートから突き出ている太ももも、しまった感じの体ではなく女性らしい線を描いている。当然男性には存在しない女性的な部分も他の女子よりもかなり大きい。

 この子、誰だ? どこかで見たような記憶はあるんだけれど……

 というより他のクラスメイトよりも僕との距離が明らかに近い。彼女が身をもう少し乗り出せば、ブラウス越しにでも形がわかる二つのふくらみが僕の腕に当たりそうだ。

「思い出した」

 昨日、フクロウの世話をしに来ていた子だ。確かアプフェル、って名前だった。

 なんで僕はこの子と同席しているんだろうか。この世界では僕は彼女持ちなのか?

 いや、そんな都合のいい話があるわけないな。

 たまたまこの子が誰にでも近付く癖があるだけの子かもしれないし、血のつながった恋愛感情など一切抱いてないスキンシップ過剰なだけの兄妹という可能性もある。

 とりあえずまだ定職にもついていない段階で彼女なんて金のかかる存在は余計だ。ここは穏便に距離を取ろう。どうせ夢の中なのだ。

「ごめん、ちょっと疲れてて」

 僕は立ち上がり、その場を後にしようとする。目の前の銀トレ―にはパン屑とシチューらしきものの跡がある皿がある。ちょうど食べ終わった所らしい。食器を下げ、学食らしきところを後にすると、彼女も僕の後ろについてきていた。

 関係がわからないから、反応に困る。

 自然な会話から素性を探りだすのも無理そうだ。なにしろ彼女はずっと僕の隣をニコニコしながら歩いているのだ。

 まるで僕の隣がこの世で一番幸せな場所、と言いたそうな顔をしていた。

「ごめん。えーと……」

 さすがにこんな顔をしている子に「君、誰?」なんてストレートに聞くわけにもいかない。僕が言い淀んでいると、アプフェルは薄紅色の唇をゆっくりと開いた。

「疲れていらっしゃるんですね。無理に話されなくても大丈夫ですよ。久しぶりに私、アプフェル・フォン・イエ―ガ―と旦那様の昔語りでも致しましょう」

 旦那様? 僕が? アプフェルの?

 どうやら僕は、この世界ではもう結婚していたらしい。

 それが勘違いと気づくまで、時間はかからなかったけど。

 それからアプフェルは僕との関係について語りだした。

 初めは仲が悪かったこと、でもある出来事をきっかけに仲良くなって、彼女の実家が僕と彼女を許嫁にすることを望んだということ。僕の両親も承諾したし、彼女も僕自身も了承したのでスムーズに決まったそうだ。彼女は氷魔法、僕は元から土魔法が得意だそうだ。

 まだ結婚はしておらず、許嫁の段階らしいけれど彼女は僕のことを旦那様と呼ぶらしい。仲が良くなったとある出来事については話さなかった。彼女にとっては大事なことらしく、落ちついた席でゆっくりと話したいらしい。

「あの日以来、あなた以外の旦那様なんて考えられません」

 どうして、ここまで僕のことを信頼というか、愛情を向けられるのだろう? 過去に何があったのだろう?

 ちなみに彼女は侯爵家、僕の本名はリュウヒ・フォン・エンジョウジで家は男爵家と家格にはかなりの差がある。侯爵と言えば貴族でもかなり上の方で、男爵は領地すら持たない家も珍しくないはずだ。よく許嫁が成立したな。

 しかし家格が違うとトラブルが起きそうだな。安定した生活のためには、使いきれない資産より安定した資産で十分だ。それに家柄が上だと社交の場でも忙しくなって、余計な金がかかりそうだ。

 安定した生活って言う僕の目的のためには、理想的な結婚じゃないな。

 良いところのお嬢様なら食べるに困らなそうだけど、現実では大企業が潰れるご時世だし、この世界でも革命が起きるかもしれない。そのためには自分で稼ぐ資格なり技術がないといけないし、勉学は続けるに越したことはなさそうだ。

 それから許嫁であり、両者とも魔法の才能があったということもあって僕と彼女は同じミュンヘン国立魔法学園に進学。初めは許嫁ということもあり同じクラスだったけれど、彼女がべたべたしすぎるということで二年から別のクラスに振り分けられたらしい。今は三年だそうだ。

 彼女の話から推測すると、このミュンヘン国立魔法学園というのは王国にいくつかある国立魔法学園の一つらしい。ミュンヘンは芸術が盛んだったため早くから平民出身の芸術家の受け入れが始まり、そこから魔法の適性がある芸術家以外の平民にまで門戸を広げたらしい。そのため他の国立魔法学園と比較しても平民の割合が多いそうだ。

 国立魔法学園は高校よりも大学に近い位置づけらしく、ここで身につけた魔法に応じて就職先や研究先が決定されるシステムらしい。

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