第28話 科学部、電池を作る!(1)

「つーか、電池作れないっすかね」

「レモン電池とかよく聞くけどね。でもここ、レモンないわよ?」

「レモンじゃなくてもできるんじゃないかねー」

「っていうかさ、あたしは生物屋、二号は地学・気象屋、教授は物理・天文屋、金太に至っては文系よ? よく考えたらうちの科学部って化学屋がいないわね?」

「あ……そーだねー。迂闊だったねー」


 これで金太辺りが化学ヲタクだったりすると都合が良いのだが、そうは問屋が卸さないのである。

 しかし、金太の背後でキラリと光る眼鏡を押し上げ、教授が不気味に笑うのを二号は見逃さなかった。


「ん? 教授?」

「僕を甘く見て貰っては困ります。僕をただの仕事人アサシンだと思っていたんじゃないでしょうね?」

「誰も思ってないからー」

「てか暗殺者だったのか、お前」

「違いますから。僕は物理・天文に加え、化学も守備範囲なんです」

「なんで物理屋がそっちに走ったのよ?」

「化学兵器の製造に興味があるからに決まってるじゃないですか」


 なんのかんの言って、やっぱり教授は裏稼業の人らしい。


「じゃ、あたしや金太にもわかるように電池の作り方教えて」

「いいでしょう。望むところです」


 マジか。あれを文章で説明しろってか? 教授、今からでもいいから考え直す気はないか?

 教授は作者の心の叫びを無視し、プサロニウスの枝で砂浜に何やら図を描き始めた。マジでやる気らしい。俺知らん。もう知らん。


「例えばこの大きな容器の中にH₂SO₄の水溶液が入っているとしよう」

「H₂SO₄ってなんすかね」

「硫酸だねー」

「今日は竜さんの話っすか」

「ちょっと黙ってなさいよ、このクズノチビタマムシ」

「H₂SO₄はH⁺が2つとSO₄²⁻が1つでセットだ。これが現在イオンの状態で存在している。プラスだのマイナスだのと言った時点でイオン状態を示す、ここまでいいか?」

「いきなりヤバい」

「あたしOK。続けて」

「そこにZn、即ち亜鉛の板を突っ込む。Znはイオン化傾向が高いのでZn²⁺になりたいわけだ。それなのにイオン化傾向の低いH⁺がそこにいる。Znは思わずH⁺に声をかける。もしもし、そこの水素イオンさん、もしかしてあなた分子になりたいんじゃないですか?」


 いきなり振られて、『焼きジェケロプテルス』を食べていた二号が慌てて水素役を始める。


「あー亜鉛君じゃないかー。うん、オイラ分子になりたいんだけど、電子が足りなくて安定しないんだよねー」

「それはそれはお困りでしょう。僕の電子でよろしければ差し上げましょう」

「ありがとー。これで水素分子になれるわー」


 振られてすぐに対応できるところが、流石160のIQを誇る二号の凄いところである。


「という事で亜鉛は電子を2つ解放し、二人の水素イオン君に一つずつ与えるわけです。その化学式がこれ、Zn+2H⁺→Zn²⁺+H₂です。H₂は気体となってさようなら。Znの方はZn²⁺となって溶媒に溶けるわけです。ここまでいいですか?」


 砂に化学式を書きながら教授が説明しているが、既に金太は顔に『戦線離脱』と書いてある。姐御の方はちゃんとついて来ているようだ。


「本題はこれからです。同じ容器に今度はCu、即ち銅の板を突っ込む。どうなるか?」

「ダジャレかよ」

「黙れイガグリガニ。そして今度はこの銅板は導線で先程の亜鉛板と繋がっているとしよう。そうする事により、亜鉛が水素イオンに電子を渡すとき、そのまま直に水素の方に行く電子君と、導線を伝って銅板経由で水素の方へ行く電子君が現れるんだ」

「寄り道していくって事なの?」

「いや、遠回りと言った方が近いですね」

「なんでわざわざ銅板突っ込んで遠回りさせるんだよ?」

「その遠回りした導線の中を電子が通過する、つまりその途中に豆電球を置けば電子君が通過するタイミングで豆電球が光り、モーターを置けば電子君が通過する時にモーターが回る、そういう事だ」

「おおおおお~~~! すげえ! なんかよくわかんねーけど」

「豆電球が光ってモーターが回るってことは、電池と同じ働きしてるじゃないのよ。なんでわかんないかな、このスベスベマンジュウガニ」


 解説しよう。スベスベマンジュウガニとは――。


「テトロドトキシンなどの毒を体内に蓄積してるカニ。以上!」

「ところがここで問題が生じる。Cuを通過してやってきた電子君をH⁺が貰う時にちょっと躊躇うわけだ」

「なんで?」

「銅は水素よりイオン化傾向が低い。つまりイオンになりたがらない=分子のままでいたいんだ。それを水素イオンは知っている。はい、二号先輩!」

「銅君はオイラよりも分子のままでいたい人なのに、銅君から電子を貰うのはちょっと気が引けるなー。なんか悪いなー。貰っていいのかなー」

「ところが、銅にしてみたら亜鉛から渡されただけの電子だから痛くも痒くも無い。いやいや俺の電子じゃねえから、亜鉛の電子だから。要らんから貰ってくれよ」

「えー、でも銅君から電子貰っちゃってほんとにいいのー?」

「いいって、いいって、俺のじゃねえから」

「でもー……」

「という事でCuのまわりで停滞するわけです」

「つまり反応がすぐに止まっちゃうのね?」

「その通りです」


 水素はちょっとお人好しで慎み深いキャラのようである。まさに二号にピッタリ。しかも小っちゃいところなんかそっくりである(小声)。


「解決するにはどうしたらいいかしらね」

「簡単ですね。過酸化水素水H₂O₂を投入します。それによってその中のOが一人離れてH₂とくっつきます。H₂O₂+H₂→2H₂Oですね」

「意味わかんねーよ」

「水がH₂Oなのは知ってるか?」

「うん」

「H₂O₂をH₂O+Oに分ける。水とOが1個になるだろ?」

「うん。O可哀想、一人ぼっちで」

「そのOとH₂が仲良くなってH₂Oになる。結果的にH₂Oが2つになるから2H₂O」

「おおお~、これは俺にもわかった!」


 金太から「わかった」を引き出すとは、なかなかやるな!


「ここまでがボルタ電池というやつなんですが、これが見るからに効率が悪い。水素君が優柔不断なうえに電気を通さず、そこに居座って邪魔しているのが諸悪の根源なんですね。そこで考案されたのがダニエル電池というものです。説明しましょうか?」


 三人の声がハモった。


「いや、結構です!」

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