第25話 科学部、地球の自転を止める!(2)
しばらく考えていた金太、ハッと何かを思いついたように顔を上げて一言。
「全部のものが吹っ飛ぶなら、みんなで飛んでるから大丈夫じゃないすか」
「ビルや山も一緒に飛んでくれるといいんだけどねー」
「激突ね。血と脳漿を撒き散らしてぶっ飛ぶわね!」
姐御は基本的にスプラッタが好きらしい。
「じゃ、最初からビルの西側の面に張り付いて飛ばないようにする」
「そこに他のものが飛んで来るでしょーが! この脳味噌エキノコックス!」
どうやら今回の姐御の比喩のテーマは寄生虫のようである。次は恐らくサナダムシかアニサキス。
「じゃあ、例えば建物の中にいれば平気じゃないすか?」
「机とかテーブルとか飛んで来るでしょっ!」
「トイレの中なら安全すよ?」
「そこだけ考えたらな」
「?」
「もっと大きい目で見ろ。全てのものが東に向かって382m/sで飛んでいくんだぞ? 『全てのもの』には空気や海も含まれている」
「意味が解んねー」
「あたし、サンディエゴに友達いるんだけど」
「オイラんとこの会社はロサンゼルスとサンフランシスコに支社持ってるんだよねー。終わるねー」
「どんな会社よ?」
「いろいろー。サンタモニカには研究施設もあるよー」
「西海岸ばっかりですね。残念ですが、二号先輩の家は先輩の代で終わります」
「そだねー」
「俺のばーちゃん、大阪の堺に住んでるんすけど、西海岸すけど」
「終わるねー」
「……なんでっすか?」
三人の視線が金太に突き刺さる。これだけ話をしていても気づかないのか金太?
おっと、業を煮やした教授、今度は砂浜に世界地図を描き始めた。そしてその横では、姐御がイラっとしたのを隠そうともせずに金太に解説を始める。
「だーかーらー、東京標準でも海水が382m/sで東に吹っ飛ぶからでしょ! 10秒あったら約4km先まで海水が吹っ飛んでくのよ? 西から東に向かって海水がザバーって落ちてくんのよ! あんた津波の恐ろしさ、知ってんでしょ?」
「大阪堺なら大阪湾の海水が一度に押し寄せることになる。金太のばーちゃんは助からない。そしてアメリカ西海岸、サンディエゴの姐御先輩のお友達も、ロサンゼルス・サンフランシスコ・サンタモニカにある二号先輩のご実家の支社及び研究施設も一時的に水没するのは免れませんね」
「そだねー」
だから、一体どんな会社で、何を研究しているんだ、二号の家!
「赤道付近は回転速度が速いから、海水は何かに当たったらそこで高緯度の方に移動するわよね? ってことは低緯度の赤道付近は最悪の場合、海水がなくなってしまうんじゃない? 北極南極に海水が集まって極地に海が、赤道帯は陸地になっちゃうとか?」
「計算しないとわかりませんが、その傾向は無いとは言えませんね。完全な陸地になってしまうことはないと思いますが」
「マリワナ海溝とかあるしねー」
「慣性が残っていて極地の方ではいつまでも海水がグルグルと渦巻いてるんじゃないかしらね」
「津波の戻り流れもヤバいねー」
「そうなると今度は東海岸に被害が出ますね」
「あー……ブリスベン支社とニューヨーク支社が終わったねー。あとはバレンシアのお婆ちゃんが心配だねー」
「二号先輩んち、どれだけ支社があるんですか」
「っていうかバレンシアのお婆ちゃんって何よ?」
「スペインにお婆ちゃんがいるんだー」
「まさか二号、クォーター?」
「知らなかったー? オイラ、スペイン語と英語ペラペラー」
作者も知らなかったよ。大富豪のお坊ちゃまという設定しかないぞ、二号!
「俺だってバイリンガルっすよ! 大阪弁ペラペ~ラ!」
「黙れアスペルギルス」
ついにカビになったか、金太。
「そんなら海岸沿いに住まなきゃいいじゃないすか? 大陸のド真ん中」
「ウランバートルとかカンザスシティに住む気?」
「津波の心配ないじゃないっすか?」
「津波の心配はないけどねー、地球の自転が停止するタイミングが正午の場合と真夜中の場合じゃ、とんでもない違いになるよねー」
「正午なら灼熱地獄、真夜中なら極寒地獄になるわよ? 金太どっちがいい?」
「あの、先輩。それ以前に、自転が止まると地球の磁場がなくなってしまいますから、大量の宇宙線が降り注ぐことになりますが」
「えっ? 宇宙船? どこの星から来るやつ?」
「そうじゃなくて宇宙『線』、放射線のこと言ってんのよ、このトゲアリトゲナシトゲトゲ!」
「なんすかそれ、ふざけてるんすか?」
「節足動物門昆虫綱
寧ろ何故それを知っているんだ姐御よ。
「どっちにしてもー、自転が止まるよりは台風に来て貰った方が、ずーっと安全だよねー」
「あ……そういう話だった!」
議論が白熱すると、元ネタを忘れてしまう科学部である。
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