第16話 科学部、海藻を採集する!

 一方、姐御・教授組である。

 姐御の核弾頭並みの破壊力を有する巨乳をナマで目にしても『生物学的に胸部の大きさに著しく偏りのある個体』くらいにしか認識していない教授は、全く動じることなくその個体と一緒に海に潜っていく。(もしかしたら眼鏡を外して良く見えていないのかもしれない。そういう事にしておきたい。作者のささやかな願望)。


 海の中は陸上ほど21世紀との差異は無く、海藻やサンゴ類に混じって、教科書などでよく見かけるウミユリがかなり生えているのが見える。

 実際のところ、ウミユリは植物ではなく棘皮動物なので『生えている』という言い方は正しくはないのだが、何しろ幼体のうちは自由に泳ぎ回っても、成体になってから動き回るような落ち着きのない個体は滅多にお目にかかれない。そんなわけでの生物が棘皮動物であるということは案外知られていないようだ。21世紀ではウミユリは深海の海底に生息していて滅多に見ることができないが、ペルム紀では浅瀬にも普通に生息しているようである。


 こうなってしまうともう生物屋の血が騒いでしまうのであろう、姐御は本来の目的も忘れて、ウミユリに夢中である。それだけならまだしも、その辺を普通にサンヨウチュウやアンモナイトがウロウロしているのだ。海藻採りのことなど完全に海馬から欠落しているようである。

 教授はそれすら『想定内』とでも言いたげに、当然の如く姐御をそのまま遊ばせておいて自分はせっせと海藻を集めている。持つべきものは冷静な参謀というべきか、仕事のできるブッシュクラフターというべきか。さすがにミルやハネモのようなものは食べる気にはなれず、ヒジキっぽいものやトサカノリに近いような海藻を中心に集めて回っているようである。

 もうこれ以上は手に持ちきれないというところまできて、教授は姐御に海面に出るよう促す。


「一旦戻りましょう。先輩も少し持ってもらえますか」

「あ、ごめん。すっかり仕事忘れて遊んじゃった」

「大丈夫です、僕の方で集めておきましたから」

「こんな足の届くような浅瀬でこんなに魚が泳いでるなんて、すっごい不思議ー。サンヨウチュウがいっぱい海底にいたね」

「アンモナイトもいましたね」

「あとでまたアンモナイト採りに潜ろうね」

「そうですね。あと、何か出汁になりそうなものがあるといいんですが。流石に塩だけで味付けしたスープは、美味しくないでしょうし」

「昆布出汁!」

「昆布ってあるんでしょうかね。あったとしてももっと深いところですよね?」

「鰹出汁はありえないし」

「魚のアラで出汁をとってもいいかもしれませんね……あの……先輩、何やってるんですか?」


 もうとっくに腰ほどの浅瀬まで来ているのに、何故か姐御は首まで海に浸かって中腰のまま歩いている。


「そうよねー、教授にはわかんないわよね。重いの、胸」

「は?」

「Aカップでミカン、Bカップでカキ、Cカップでリンゴ、Dカップでグレープフルーツ、Eカップでナシ、Fカップで小玉メロン、もうこの時点で普通に毎日持ち歩くのが困難だと思わない?」

「そ、そうですね」

「それがあたしはそのまた上のさらに上、Hカップの小玉スイカなの。それを常に二つ首から下げて歩いてるの。わかる?」

「それで浮力……」

「片方1.5kgだよ? ずーっと赤ちゃん抱っこして歩いてるようなもんなのよ?」


 確かに新生児は3000gほどである。そう考えると、巨乳がいかに肩の凝るものなのか何となく想像できるというものだ。


「巨乳もいろいろ大変なんですね」

「そーなの!」


 ブツブツと巨乳の大変さを愚痴りながらも海藻を浜辺に一旦置き、再び今度は貝を探しに潜る。食用もそうだが、貝殻は何かと容器として役に立つのである。

 サンゴがわしわしと茂り(これも刺胞動物)、ウミユリや海藻類がゆらゆらと影を落とす浅瀬をサンヨウチュウを踏まないようにどんどん進み、足が立たないくらいのところまで来るとアンモナイトやオウムガイが姿を見せる。

 彼らのすぐ傍をアカントーデス類がすいすいと泳いで行くのだか、流石に金太と違って、泳いでいる魚をそのまま仕留めるなどという曲芸めいたことはこの二人には不可能である。大人しく泳いでいるアンモナイトを捕まえるのが関の山といったところだろう。


 いくらかのアンモナイトを集めたところで、教授が姐御に「戻ろう」と促す。早めに戻って海藻類をどうにかしないといけない。

 二人で「魚籠が欲しいね」などと言いながら泳いでいると、ふと背後に大きな影が近づいてくるのが見えた。


「姐御先輩、あれは何でしょうか、こっちに向かっているようですが」

「人食いザメなんてこの頃にいたっけ?」

「ヒトがいないんだから『人食いザメ』はいないと思いますが」

「かなり大きくない?」

「2m以上あるんじゃないですか?」

「教授、あの影……サメかもしれない」

「えっ!」

「サメだ! サメ!」


 ハイ、明らかにサメです。このお話終わります。


「ぼ……僕を狙ってますね……あ、あ、わ、うわあああああ! 姐御先輩逃げてください!」


 彼らの生存の要ともいうべきブッシュクラフターの真後ろで、古代のサメは大きな口をガバッと開けた。

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