第9話 科学部、手分けする!

「やっと二人っきりになれたわね、教授」

「そうですね、これで人目を憚らずにザクザクと解体できますね。それでは僕は他に仕事がありますので、姐御先輩はどうぞ心置きなくこちらのサバイバルナイフをお使いください」

「あん、もう。せっかく二人っきりになったのにぃ」


 姐御がイグルーを二つ装着したような巨大な胸を教授に押し付けてくる。が、教授はそれを平然と手で押し返し、サバイバルナイフを彼女の目の前に差し出した。


「どうぞ」


 人をも殺せそうな笑顔とともに、変に凄みのある声で言われると、姐御といえど素直に受け取るしかない。この男はどんな技を隠しているかさっぱりわからないのだ。

 言われた通り、サバイバルナイフでコエラカントゥスを捌いて薄切りにし、鉄板の上に並べていく。大きな平籠ひらかご手箕てみがあれば早く乾くのだろうが、生憎そんなものはまだないのだ。


 さて教授の方はと言えば、早速波のかからない砂浜に穴を掘っている。飲料水を蒸留するのであろう。二号と金太が淡水を見つけられなかったときのために作っているようだ。

 黙々と作業を続けながら、ふと、教授が口を開いた。


「姐御先輩。もし、もしもですよ、このまま21世紀に帰ることができなかったらどうしますか?」

「え、それは実質的なプロポ――」

「違います」


 否定早すぎ。寧ろ速すぎ。


「あの……大変聞きにくいんですけど」

「なぁに、浮気しないわよ? 金太は論外として、二号とも交配する気ないから心配しないで」

「交配って言い方やめてくださいよ。脳裏にメンデルの絵柄が浮かびますから」


 解説しよう。

 メンデルとは、『メンデルの法則』と呼ばれる遺伝の法則を発見したオーストリア帝国(当時)の司祭である。

 因みに。

 メンデレーエフは、周期的に性質の似た元素が現れることを発見し、現在の元素周期表のもとを作ったロシアの化学者である。

 因みに。

 メンデルスゾーンは、『真夏の夜の夢』『無言歌集』などで有名なドイツロマン派の作曲家である。

 以上!


「交配がダメなら、交尾?」

「いえ、そういう問題じゃなくて」

「じゃあ、何が訊きにくいのよ?」

「えー、まあ、そのですね」


 教授にしては珍しく歯切れが悪い。


「月経周期は何日ですか?」

「は?」

「姐御先輩の月経周期です」

「28日」


 男子相手に即答するか。


「4週間……最後はいつでした?」

「先週」


 男子相手に即答するか再び。


「つまり、3週間後には次が来る」

「大丈夫よ、今日は安全日だから」

「何がどう安全なんですか」

「まぐわっても子孫繁栄しない」

「そういう問題ではありません。排卵日の計算をする前に、次の月経期間をどうやって乗り切る気なんですか? いいですか、今は古生代ペルム紀にいるんです。ロリエもソフィもウィスパーもセンターインも売ってないんですよ?」

「あ……」


 あ、じゃないだろ、と教授の顔が言っている。が、教授よ、なぜそんなに生理用品に詳しい?


「どうします? 何かで代用できればいいんですが」

「困ったなー。あたし多いんだよね」

「夜用スーパーロング羽根つき40cmなんか絶対にありませんよ」


 だから詳しすぎだろ教授!


「あ、いいこと考えた! 大丈夫。心配ないから」

「本当に大丈夫ですか?」

「うん、パーフェクト!」

「はあ……そうですか」


 彼女の『いいこと』がいいことだった試しは、無い。



 一方、二号と金太である。

 相変わらず地面も見えないほどゴロゴロ転がっている倒シダを跨ぎ、頭上の巨大な葉っぱをよけながら、道なき道を進んでいる。


「二号先輩、なんか沼地みたいなの多いっすね」

「んー、ペルム紀だからねー。シダもトクサも生え放題だねー。あ、ほらそこに何かいるねー。おっ? おおっ? 金太ちょっとストップ!」

「どうしたんすか?」


 やにわに二号が沼地に足を踏み入れる。彼の辞書に『警戒』という言葉はないのか?


「おわー! ディプロカウルス! 本物のディプロカウルスが拝めるとはー! ありがたやーありがたやー」

「わ、ちょっと、二号先輩、危ないっすよ! 肉食だったらどうすんですか!」

「あー、大丈夫大丈夫、ディプロカウルスはフツーに肉食だよー」

「全然だいじょうばないじゃないすか!」


 金太のサル並みの脳では『肉食イコール食われる』という図式しかないらしい。が、彼らの主食は主に節足動物であると思われる。


「見て見て見てー、このブーメラン型の頭部! なんでこんなカッコになったかねー?」


 怖いもの知らずというかなんというか、60cm程度の個体を捕まえて、横に張り出した頭部を持っている。ちょっとディプロカウルスが気の毒である。


「もういいから行きましょうよー! こんなことして遊んでる間にまた何か恐竜が出てくるかもしれないじゃないすか」

「ペルム紀はまだ恐竜はいないから大丈夫だよー。それにこの子は両生類だからー」


 二号にかかればディプロカウルスも『この子』呼ばわりである。そういう本人だって四年生くらいにしか見えないくせに。


「なんか言ったー?」


 いえ、何も申し上げておりません。


「それより、岩場っぽいとこ、どこかにないかねー」

「あっち行ってみますか?」

「そーねー」


 倒シダを跨ぎ、頭上をむさ苦しく飛び回るバカでかいトンボやカゲロウのような巨大昆虫を追いやりながら、歩き回ること10分。金太が何やら泉のようなものを発見した。

 二号が慎重に匂いを嗅ぎ、異常が無いことを確かめて、一口舐めてみる。


「んー、これは真水だねー。味も匂いも無いねー」

「じゃ、俺もちょっと飲んでみます」


 両手ですくってちびちびと飲んでいる。割とビビり屋のようである。


「大丈夫そうっすね」

「じゃー、ここで水汲むことにしようかねー」

「ちょっと遠くないっすか? 水汲みの度にこうやって往復20分も歩くのは結構しんどいっすよ?」

「あれー? もしかして金太、方向音痴ー?」

「え、まあ、そうっすけど」

「ぐるっと回って来たから、海岸すぐそこだよー。マイホームに決めた洞穴が岩場だったでしょー。あそことつながってる感じだねー」

「じゃ、先輩に道案内任せますから、戻りましょう。俺はっきり言って、来た道戻るのも不可能っす」


 ……ダメじゃん。

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