3こんぶ:邪スラッグ

今日で体験入部の期間が終わる。まさか最初の日に入部するだなんて思ってもいなかった。電車の窓からぼんやり外を眺めながら怒濤の2日間を思い出して溜息をついていると、ポケットに入れていたスマホが震えた。


(新着メッセージのお知らせか。えーと、部活のグループっと)


メッセージアプリを確認する。アルヴィン部長だ。


〔今日から部活動は中止です。再開の予定は追って知らせます〕

〔今日はホームルームが終わったら帰宅するなり自習するなり自由にして下さい。以上〕


入部して2日後に部活動が停止するとは。ニュースアプリを見てみるが特にスラデミア関連の記事はない。何が起きたのだろうか。


担任が出欠を取り、今日が体験入部の最終日であることを告げてホームルームが終わった。さてどうしよう。折角学校まで来たんだから校内を探検でもしようか。


念の為4階にある部室に立ち寄ったが鍵が掛かっていた。そのまま廊下を引き返して旧校舎の1階へと降りて行く途中、新校舎の図書室が目に入った。そうだ、図書室に寄ろう。別に本を読みたいわけではないけど、ただ何となく。


「泊さん」


呼ばれて振り返ればアルヴィン部長その人が立っていた。少し離れたところに金髪の人が控えている。従僕長さんだろうか。イルメラさんのこともあるから、暫定・従僕長(性別未定)さんの声を聞くまで男性かどうかは判断しないようにしよう。声を聞いても微妙だったらその時はその時だ。


「おはようございます、部長」

「おはよう。泊さんも図書室に用事?」

「あーっと、はい、まぁ」

「急に暇になっちゃったもんね」


その通りなので曖昧に笑って濁す。


「そうだ、良かったら少し話さない? 図書室は私語禁止だからそっちの談話室で」


促されて談話室に入る。入部のお試し期間中、或いは朝一ということもあってか中には誰もいなかった。「飲食厳禁」の張り紙を横目に窓際に陣取る。


「参っちゃうよね、いきなり活動停止だから」

「何かあったんですか?」

「神様が大騒ぎしてるんだ。連動して教団も動いていて、あっちは今割と大変な状況」

「神様? 教団?」

「初日に見たでしょ、変な3人組」


ローブを着た3人の姿が浮かんだ。確か緋色が1人と群青が2人。


「あれね、王国の国教でもある王蛇教の信者。一人だけ赤のローブを着てたのが幹部」

「その名前からして神様ってもしかして」

「そう、蛇の神様。王蛇教は蛇神スラッグを狂信してる」


ざっと部長があちらの宗教について教えてくれた。神様はお金が大好きなので、教団連中は誰彼構わず因縁を付けてお金を毟り取ろうとするらしい。しかもその理由付けがむちゃくちゃだった。


 例)神の絵姿や偶像を作るのに許可と許諾料が必要

 例)神の絵姿や偶像を売るのに許可と許諾料が必要

 例)神の絵姿や偶像を買うのに使用料が必要

 例)舞台や演劇で神を扱うのに許可と許諾料、観劇に使用料が必要


簡単な例だけでも色々ぶっ飛んでいる。酷い集団だ。


「神様関連は全部お金がないと出来ない。じゃあ神様に関わっていなければいいのかといえばそうでもないんだよね。千年前に作られた演劇の台本には一切スラッグについて書かれていないのに、『神の恩恵なしで人が演じることなど出来はしない』って教団信者が劇場に突撃してきたし。ついこの間なんか、『神抜きで芸術が成り立つわけがない』っていちゃもん付けられてコンサートに莫大な献金請求が行われたんだ。しかも終わった後にだよ? 開催前には何も言ってなかったんだ。おかげでオーケストラが破産して、関係者から複数名の自殺者が出た。その中にセシル兄様お気に入りの指揮者がいたものだから、兄様が大激怒してたよ」


口さがない民は「邪スラッグ」「蛇神狂」と呼んで蛇蝎の如く嫌っているそうだ。蛇だけに。


「そんなに嫌なら別の宗教に浮気するとか?」

「発想が日本人だよね」

「日本人ですが、何か?」

「それウザいからやめて。というより出来るものならとっくにしてるよ。でも蛇神は実在するし、建国に深く関わっているからそう無碍にも出来ない」

「神様が本当に存在するなんてやっぱり異世界ですよね。会ったことはあります?」

「男に生まれて良かったと思ったぐらいに嫌な記憶」

 どういう記憶だ、それは。「セクハラしてくるんですか?」

「もっと酷い。気に入った女性は花嫁にするんだ」

「神様の? でも待遇良さそうじゃないですか。ちょっとお金にがめつそうだけど」

「偏執的で偏狂的な変態の花嫁になりたい? 僕だったらごめんだね。忍耐強いあのサイラス兄さんだって拒絶したぐらいだ」

「理事長って男性じゃないですか……。それにしても酷い言われようですね、仮にも神様なのに」

「大陸中から嫌われてるからね、邪スラッグは。もっと詳しく知りたいなら図書室に本があるから読んでみるといいよ。『スラデミアの邪神』がお勧めかな。元信者の暴露本で読み物としても面白いから」

「本まで出てるんですか!?」

「別に隠すことじゃないし。むしろあっちでもこっちでも、広くあの教団について知らしめておきたいぐらいだよ。ホント、王国の癌なんだ」


部長が目を閉じて長い溜息をついた時、少し前に出て行った暫定・従僕長(性別未定)さんが談話室に入ってきた。


「殿下、第一王子がお呼びです」


暫定・従僕長(性別未定)さんは暫定・従僕長(男性)さんにクラスチェンジした! というよりこの人は従僕長で合ってるのかな?


「遂に僕もか」呻いて面倒そうに立ち上がった。「泊さん、この後図書室に行くでしょ? ついでに僕の分も借りておいて。今度部活の時に渡してくれたらいいから」

「又貸し厳禁ですよ」

「貸出期間中に読み終わって君に返せば問題ないでしょ。『黄昏の森で君と踊る』っていうタイトルで、二巻まで出てるから。お願いね」


(アニメ化するからって話題になってるラノベだ……。王子様ってそういうの読むのかー。そういえば最初の頃ドアがどうのフープがどうのって言ってたな。アニメが好きなのかも?)


部長はお得意の渦を出すと、暫定・従僕長(男性)さんを伴ってその中に消えた。言われた通り図書室に行ったが既に貸し出し中だったので、代わりに部長お勧めの暴露本と、部長に又貸しする為にTLとBLの文庫本を適当に見繕った。カバーを掛けて渡そう。


(読んだらどんな反応するのかな)


想像してくふふと笑い声が出てしまい、カウンターで貸し出し作業をしていた司書のお姉さんがどん引きしていた。ごめんなさい、お姉さん。


翌日、未だ部活再開の連絡がないまま登校した。今日から授業が始まる。高等部入学後、記念すべき初授業は国語だ。新品の教科書とノートを鞄から引っ張り出す。新しい教科書はインクの匂いがして好きだ。ぱらぱらと意味もなく捲って匂いを楽しむ。


(うーん……いいねぇ、このニオイ。あんまり理解されないんだけど、やっぱいいなぁ)


うっとりしていると教室に先生が入ってきた。赤銅色の髪をしたその人の後ろから、金髪の男性(多分)もついてきた。


「おはよう、ガキ共。俺は第四王子のラッセル。このクラスの国語を担当している」


(一発目の挨拶がそれかい……。にしても異世界人なのに国語の先生をやってて、スラデミア語は日本人の先生が担当していて、この学園面白いなぁ)


「そっちの隅に立ってるのは俺の従僕長――あー、つまり、執事みたいなアレな。バルトだ。ほらそこの女子、今更化粧しても意味ないぞ。バルトはカミさん一筋だからな」


これであの金髪の人は男性で確定だ。王子様に仕える人は金髪で、男女問わず顔面偏差値が高くないといけない法則でもあるんだろうか。今まで見てきた従僕長は全員見事に金髪のイケメン(1人は女性)だった。


「俺は古典しかやらないからな。現代文と漢文は選択科目で取るか、参考書か予備校で各自勉強しろ」


それを聞いて「えー!?」の大合唱が沸き起こった。ラッセル先生は不敵な笑みを浮かべる。


「そんなことをしても許される理由を教えてやるよ。地球のどの国も組織もこの学園に手出しはしない。軍だろうが警察だろうが一切介入出来ない。つまりここは学園という名のスラデミア領土ってことだ。領土内で誰かが殺されようが外部は絶対に助けに入らないし、気に食わない生徒がいればすぐに学園から放り出せるし、好きな科目だけを教えることが出来る。俺達にはその権限があるし、入学手続きの書類に明記されている以上お前達の親もそれを覚悟の上だ。まあ馬鹿な親なら書類の文言に気付いてすらいない可能性もあるがな」


(そんなこと聞いた覚えがない……。お母さんのことだから見落としてたんだろうな、おっちょこちょいだし。それにしたってこの学園の先生達は殺しちゃうだの何だの物騒だなぁ。でもイケメンだから全然オッケー!)


「以上だ。さて、それを踏まえて一度だけ訊いてやる。俺のやり方に文句のある奴はいるか?」


誰も何も言わない。


「いい子だ。じゃあ出欠を取るぞ。いない奴は誰だ?」


誰も何も言わない。


「バルト、今日誰か欠席者いるか?」


隅に控える男性に先生が問うと、従僕長は無言で首を振った。


「全員出席、と。まあ初日だしな。ああ、それで思い出した。普通の学校だと出席日数ってやつだったか? それがあるらしいがな、この学園にはそんな無粋なものはないから安心しろ。気分が乗らないならどんどんサボれ。遊びに行け。進級と卒業はどうせ教師の匙加減1つで決まるんだ、真面目に登校したって意味がないし、無理して学校に来る必要もない。折角の10代を勉強漬けで終わらせるなよ、ガキ共」


それだとどうやって決まるのだろう。出席日数、授業態度、テストの結果で決まるものだろうに、「教師の匙加減一つ」とは如何に。


「質問か? いいぞ」


(目が合っただけで手を挙げてないのに指された……! え、ど、どうしよう。下手な質問したら消され……でも訊きたいのは事実だし……あーもう、こうなったら!)


「テストで進級と卒業が決まるってことですか?」

「俺がちまちまテスト問題なんぞ作るようなたまに見えるか?」


教室がざわついた。それはつまりテストがないということでは……。


「『教師の匙加減で決まる』ってのはそのままの意味だ。理不尽な理由で留年させることもあるし、気に入れば他の生徒からどんなに悪評が立っていようと卒業させる。独裁国家と変わんねぇよ。嫌ならさっさと転校しろ。親にそんな金と度胸がないなら諦めろ」


教室が静まり返った。ラッセル先生は時計を見上げ、教科書を手に取った。


「他に何か質問は? 良し、ないな。じゃあ今日から1年間は『源氏物語』をみっちり研究だ。女を瞞して手籠めにするクソ野郎の物語だぞ、喜べ!」


(日本を代表する大河小説に何て評価を……!)

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