ひがわりこんぶ

みやぶち

1こんぶ:こんぶのススメ

スラデミア学園入学式から2日が経った。今日から3日間、全学年は一切の授業も行事もなく、新入生の部活見学と体験入部期間として丸々充てられている。一度入部したら退部も転部も基本出来ないという誰得システムがあり、結果としてこの時期は学園全体が部活動に励むことになるらしい。


今から20年前、地球に突如現れた異世界人が創ったこの学園。入試の時に歩いた旧校舎を、まさか本当に新入生として歩けるとは思わなかった。


当時異世界軍を率いていたスラデミア王国第1王子が創設者で、その弟である第3王子が理事長を務めるこの学校にどうしても、何としても私は入りたかった。異世界の王子様はとてつもないイケメン揃いで、国連でスピーチする第1王子と、学園創設の際の会見で第3王子を見た瞬間私の運命は決した。面食いの自分にとってこの学園はまさに天国のような環境だった。


合格の浮かれ気分も醒めぬ内に届いた入学手続きの書類一式、その中に入っていたクラブ一覧に文化部の「ひがえりこんぶ」があった。名前もどういう意味なのか良く分からないし、活動内容欄にも「こんぶのススメ」としか書かれていない。おまけに、入学式の前日までに申込書が学園に届かないと見学すら出来ないという理不尽な部だ。それでも見学を希望した理由は1つ。部長が第6王子で、顧問があの第1王子だったから。


(ここか。無駄に豪華な扉だなぁ)


部室の前に立ち、資料をもう1度確認する。部長は2年生のアルヴィン王子、顧問はセシル王子。異世界人の作った部活がどんなものなのか、期待に胸を躍らせながら扉をノックする。


「入って」


入室を許可され、「失礼します」と中に入った。既に10人程の1年生が集まっている。どういうわけか全員女子だ。ハーレムの真ん中にいる男子が先程の声の主だろう。


とまり ゆりあさんだね」


机に足を組んで腰掛けていた件の男子が尋ねた。初めて見たけどどうしよう、この先輩も相当にイケメンだ。というより第1王子に顔と声がそっくりなんですけど! 第1王子の少年版だ!


「は、はい。泊です」

「良し、これで全員か」見学申込書の束を捲る。「では改めて。僕は部長のアルヴィン。君達から見て異世界にあたるスラデミア王国の第6王子だ。この学園の2年生でもある。みんなの入部を嬉しく思うよ」


(……入部? 今日は見学だけじゃなかった?)


他の1年生と顔を見合わせる。全員同じ考えらしい。


「あ、あの、アルヴィン先輩」

「何?」


眼鏡の女の子がおずおずと口を開いた。蒼の瞳がそちらに向けられ、眼鏡っ子はごくりと唾を呑み込む。


「今日は、その、見学だけの予定ですよね……? まだ、えっと、入部って、届を出していないし……」

「もう出してるでしょ。忘れたの」見学申込書をひらひらさせる。「これは見学の申込書兼入部届だよ。ちゃんと書いてある」

「見学申込書としか書いてなかったですけど……」

「スラデミアの古語でここに『入部届』、用紙を縁取るようにして入部に際しての注意事項、更にこの署名欄に『以上を全て了承するものとし、自己責任の下で入部を希望します』と書いてあるじゃない」


(何だその詐欺めいた手法! てかそれ飾りじゃなかったの!? てっきり意味のない飾り文字が踊っているだけだと思ってたのに!)


「まあ王室の人間か研究者、一部の好事家でもない限り古語なんて今日日王国でも読める者は少ないからね。君達が読めなかったとしても無理はない」


(そもそもここ日本だし、自分も日本語喋ってるし、だったら日本語で書いてよ)


「でもここにサインをしたのは紛れもない事実。よって3年間退部は許されない。唯一の例外は部長が、つまり僕だけど、退部を命じた場合のみだ。この部に相応しくないと判断したらすぐにでも追い出す。それまで君達に逃げ場はない。覚悟するんだね」


(ひでぇ……)


女子の気持ちが1つになった。ジト目で見られても部長はどこ吹く風、机から滑り降りて何もない空間に手を突き出した。


「顧問との顔合わせから部活を始めようか。早速スラデミアに行こう。セシルは滅多に地球には来ないんだ」


空間が歪み、徐々に渦を巻く。どんどん大きくなっていく渦の向こうに光が見えた。人生初の生魔法に部員が感嘆の声を上げる。


「みんな、入って」


不気味な音を立てているこれに飛び込めと仰る。無茶振りもいいところだ。皆が互いに顔を見合わせて尻込みした。


「心配することはない。日本でいうところのどこでも何とかドアか、通り抜け何とかフープと同じだと思えばいい。小学生だってくぐれるんだよ、高校生にもなった君達が出来ないでどうするの。さあ、さっさと行って!」


勢いはご立派だがトンデモ要求だ。けれど部長の視線は渦の1番近くにいた私に向けられている。ままよ、とばかりに目を閉じて足を踏み出した。音が怖いのでしっかり耳を塞ぐことも忘れない。目を閉じていても尚感じられる眩しさに包まれるが、歩を進めるとそれも収まっていった。


渦を抜けたらそこは異世界だった――が、それ程地球と代わり映えせずがっかりした。見たことのある光景だ。お母さんが紀行番組が好きで夕飯時に一緒に見るけど、そういう番組で取り上げられる「ロマン街道を行く」だったり、「中世の街並みが今も残る風景」だったりに似ている。これでケモ耳や精霊とかがいればもう少し雰囲気が出るのに、街を歩く人は映画に出てくるような格好の、どう贔屓目に見てもただの人間ばかり。


これあれだ、お母さんが好きなヴァンパイアがインタビューされる古い映画の服に似てるんだ。あんまりシャツはびらびらしてないけど。


渦を抜けてすぐの場所できょろきょろしていたせいか、後ろからやって来た1年生にぶつかられた。急いで離れる。ぶつかってきた後続の1年生はぽかんと辺りを見回していた。


(いいな、その反応。私もそんな風に「異世界来ちゃった!」感を出したかった)


「どうして払わなきゃいけねえんだ!」


 突然通りの向こうから大声が聞こえた。男性がローブを纏った3人組――2人が群青、1人は緋色の――に突っ掛かっていた。


「神のご加護を無碍にすると仰るのですか?」緋色が応えた。

「ふざけんな! てめえらがいきなり金を払えって脅してきたんだろうが!」

「嘆かわしいこと。大陸に生きる全ての命を蛇神様は見守っておられるというのに、その慈悲に対し感謝を示すことも出来ないとは。蛇神様に目に見える形で報いるのは、信者として当然のことではありませんか」


緋色の合図で群青2人が突っ掛かっていた男性を羽交い締めにする。彼は喚き散らすが、人々は素知らぬ顔で通り過ぎるだけ。誰もそちらに目を向けようともしない。


「着いて早々これか。間が悪かったね」自身も渦を通り抜けた部長が騒ぎに気付き顔を顰めた。「行こう。あれは気にしないで」


促されて歩き出す。ちらちら横目で伺うと、緋色が手を翳した瞬間、羽交い締めにされた男性の頭ががくんと垂れるのが見えた。群青2人が放すと、男性はポケットから何やら取り出し緋色に差し出した。それを引ったくってローブ3人衆は立ち去り、男性は彼らとは反対の方向にふらふらと歩いていく。


「街並みを見て貰いたかったからここに出たけど、あまりいい選択じゃなかったみたいだね。まさか王蛇おうじゃ教がうろついているなんて」アルヴィン部長は空間を渦にし始めた。「折角抜けて貰ったところ悪いんだけどもう一度ゲートを通ってくれるかな。面倒だから直接セシルのところに行こう」


部員全員の「またか……」な空気を物ともせず部長は渦の向こうを指した。渋々1人ずつ中に入る。


突然空間が歪んだり、その中に人間が消えていっても街の人は一向に驚く様子もない。こういうところに異世界みを感じる。魔法が当たり前の世界なんだ。日本でやったら神隠しレベルの騒ぎになると思うんだけど。


晴れ渡った空の下から一転、眩い空間に出る。瞬きして、落ち着いて辺りを窺って分かった。全部金色だ。壁も天井も柱も何もかも。それが蝋燭の光を反射して輝いているんだ。でも不思議とけばけばしくなくて、ただただ豪奢な様子に圧倒される。ヨーロッパの何かの宮殿でこんな雰囲気の、派手だけど下品じゃないのを見たことがある。でもそれだって画像だったり映像だったりだ。目の当たりにするのとはワケが違う。今度は私も芯からぽかんと辺りを見回せた。


「早かったな」


部長と似た、やや低い声が降ってきた。私達が立っているふかふかしたあかの絨毯の先、階段の上の玉座から見下ろす人がいる。部長と同じ黒い髪、深い蒼の瞳。20年前、前触れなく地球に現れて大国を焦土と化し、数多の組織を壊滅させた張本人だ。対立さえしなければ彼は何もしない。刃向かわなければ滅ぼされない。それを地球人が思い知るまでの5年間、一体どれ程の命が失われただろう。


第1王子は冷酷で残忍だ。と同時に喩えようもなく美しい。その危うい魅力は大勢を虜にした。勿論私もその1人だ。ずっと会いたかった人が目の前にいる奇跡に自然と身体が震える。


「王蛇教が街でね。予定を繰り上げて玉座の間に直接来たんだよ」

「あまり猶予はなさそうだな」

「僕もそう思う」


第1王子は玉座から立ち上がると階段を降り始めた。明かりを受けて髪が輝く。どうしたらあんなにさらさらになるのか教えて欲しいぐらいだ。


「兄様、新入部員のみんなだよ。みんな、こちらは顧問のセシル。スラデミア王国の第1王子で……うん、まあ詳細は省くよ。そちらの世界で散々テレビやら何やらで取り上げられてるから知ってると思うし」

「ようこそ、スラデミアへ。我々は諸君ら花嫁候補を歓迎する」


1年生全員の頭に「?」が浮かんだのは絶対に気のせいじゃない。どういうことだと部長を見ると、第1王子が呆れた様子で言った。


「アルヴィン、まだ話していなかったのか」

「ごめんね、そういえばまだだった。ええと、みんな、この部はね――」

「いい、わたしから話す。諸君、君達はスラデミア王室と婚姻の儀を執り行うことを目的とした部に入った。3年間で夫とする者を見出せれば良し、これと思う者がいなければそれもまた良し。無論こちら側も吟味の上、花嫁に値せずと判断すれば部員の資格を剥奪することもある。また部の活動の性質上、毎日放課後は我々と過ごして貰うことになるが、王家の誰かが付き添わなければ2つの世界を行き来することは出来ない。集合時間には決して遅れないよう注意したまえ」


何が始まっているのかさっぱり分からない。言葉は聞こえるが意味が頭に入ってこない。そんな状態のメンバーをスルーして第1王子は話を続ける。


「部の活動を外部に漏らしてはならない。この後禁呪を掛けるが、口外を試みた瞬間命を落とすからそのつもりでいるように」

「え、そ、それって……」

「酷くない……?」


女子が口々に囁き合う。第1王子は口の端を上げて微笑んだ。どう見ても悪役の微笑ですありがとうございます。


「入部届の注意事項に全て記載済だ。諸君は同意の上で入部した。文句を言える立場ではない」

「あ、あの! でも結婚とかってどういうことですか?」

「そうですよ!」

「そんなの聞いてない!」

「みんな、落ち着いて」部長が第1王子を庇うように進み出た。「ちゃんと部の名前になってるでしょ? 正式名称『ひがわりこんぶ』、通称『日替わりで王子とお見合いした後、お互い合意すれば結婚する部』って」


(正式名称と通称逆じゃん……!)


「4の兄さんが間違えて登録しちゃったんだよ。でもこれもちゃんと入部届に書いてあるから。全部古語だけど」

「署名をした時点で契約は交わされている。これ以上逆らうつもりならこちらとしても時間が惜しい。黙らせるからそのつもりでいろ」


どう考えても永遠に無口になりそうな予感に全員が口を噤んだ。その様子に満足そうに頷くと、第1王子はアルヴィン部長の頬を軽く叩く。


「翡翠の間に連れて行って禁呪を施せ。それが済めば今日は帰していい」

「えっ!? 僕1人で全員するの!?」

「いい加減独り立ちして貰わなければ困る。お前もわたしの弟、力は既に付けた筈だ。王家の一員としてそろそろ務めを果たせ」

「ちぇっ。セシル兄様は厳しいんだからな」


第1王子は第6王子の言葉に口角を上げたがそれもすぐに消え、傍に控えていた男性と共に私達を一顧することなく玉座の間を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る