Chapter.19 - The Final

 ゼインは剣を持っていた。メルが本の中にしか知らない、戦地で使われるような長剣。鎧のような分厚い筋肉をもってそれを振るえば、骨さえ容易く切り裂かれるだろう。いわんや、か弱い少女など。

 萎縮したメルはナージュによって真後ろに運ばれる。半年前のメルと同じく、一目で彼が例のゼインだとわかったようだ。

「やっぱり来るべきじゃなかったんです――うぐっ!」

 呟いた彼女の左肩を、ゼインの放ったこぶし大の石が襲う。離れた距離を感じさせない正確さとスピード、そして威力のある投石だった。

「フォードの連れだ!」

 ジェスチャーも交え、ゼインは近くの傭兵に「連れてこい」と指示を出す。太い革ベルトに短刀や投げナイフを備えた傭兵二人が速やかにメル達を追い、ゼインも続くが、屈強な男三人に進路を阻まれた。


 一人の男は警棒を振りかぶるが、ゼインが姿勢を低くしたのを見て瞬時に後ろに跳んだ。しかし力強い踏み込みからの斬りつけが右手の甲に赤く残る。ゼインは斬りつけの勢いを殺さず瞬時に長剣を逆手に持ち変え、背後から水平に襲う蹴りに反応したかと思えば、刃物に対して足を引いた男の顎に左のこぶしを叩き込んだ。左方から振り下ろされた警棒は柄に遮られ、鈍い金属音を鳴らしてひしゃげる。驚く間も許さない蹴りが男の体勢を崩し、地面すれすれから突き上がる斬撃が致命的なダメージを与え、続くタックルによっておびただしい量の鮮血が吹き出した。次の瞬間にはもう長剣の切っ先が別の男の腹部を捉えており、一切のブレ無く突き刺さる。深々と刺さった剣を一気に引き抜くと、いつの間にか奪った警棒を真後ろに投擲。回避した男の目は最後に、首を落とさんと振り下ろされた剣を見た――。


 ただ力が強いだけではない。圧倒的な戦闘能力。議員の作戦も通用しない予測能力。半年前にちらりと見ただけの少女を覚えている記憶力。素早く的確な指示。……ゼインは、なるべくしてスラムの主になったのだ。


 追いつかれるとわかったナージュはしゃがみこみ、メルを強く抱き締めたが、傭兵は筋力でもって引き剥がした。――メルは、捕らえられた。

「連れが死ぬぞ、フォード!」

 ゼインの叫びとほぼ同時に、長剣が回転しながら飛んできた。それはゼインに向かっているが、彼は避けるそぶりを見せない。剣は右足からわずかに離れたところの土を抉り、フェンスに突き刺さって停止した。

 剣が投げ込まれた方向から、フォードが飛び出す。左手にナイフ、右腕に包帯。靴を脱ぎ捨てた足はもはや誰の血かわからない赤で汚れていた。

 ゼインは豪快に長剣を振り下ろした。フォードは素早い横移動で回避し、ナイフをゼインの顔に突き立てるように繰り出す。ゼインはほんの少し顔の位置と向きを変え、ギリギリの距離で避けた。文字通り目と鼻の先を通ったナイフは向きを変え、引き際にまたも顔を狙う。しかし恐るべきゼインは、ナイフの小回りをいかしたその攻撃を長剣でもできてしまう。ナイフがゼインの顔を傷つけるより早く、長剣がフォードの脇腹を裂いた。長剣を離した右手は、ナイフを握るフォードの左手を掴む。足払いと共にぐるりと手を捻ると、軽いフォードの体は簡単に地に伏した。足掻いてきた左手も、踏みつけにより砕かれる。

 ゼインは奪ったナイフでフォードの顔を切りつけた。半年前受けた顔の傷を、そっくりそのまま返したのだ。

 ……あまりに一方的な戦闘。力の無いものは死にゆくスラムを、如実に表していた。


 痛みに苦しむフォードのみぞおちを踏む。

「あのガキはどういう関係なんだ?」

 答えないフォードは蹴りによって吹き飛ぶ。

「『はい』か『いいえ』で答えられるように聞こうか! 死んだら困るか? 嫌か?」

 腕が動かないフォードは肩と膝を使って立ち上がり、怒りと殺意を込めて体当たりをしたが、所詮悪あがきでしかない。落ちるようなこぶしを受けて、再び倒れた。

「あぁ、良い答えだっ!」

 大きな手でフォードの首から肩にかけて一挙に掴むと、おもちゃのように軽々と投げ飛ばした。勢いよく石壁に打ち付けられたフォードは、力なくずるりと崩れ落ちることしかできない。

「殺せ。よく見えるようにな」

 命じられた傭兵はしぶしぶといった様子で剣を構える。

「……あまり気は進まんがね。傭兵は雇い主には逆らえん。せめて、苦しんでくれるなよ」

 呟き、振り下ろす――。




 時間がゆっくりになった。

 ナージュが声の限り叫んでいることはわかるが、聞こえない。

 全ての音が消えて、見える世界も灰色。

 何もできない。声も出せない。

 どうして出てきたんだろう。どうして言われたことを守れなかったんだろう。

 フォード、ごめんなさい。

 ナージュ、ごめんなさい。

 マクリッサも、悲しむよね。

 リック、ひとりになっちゃう。

 パパ、ママ……最後にもう一度だけ、会いたかった――――。

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