Chapter.15 - Resolution

「考えたいことが山ほどあるのはわかるが集中してくれ。君が生き残るためでもあるんだ」

 会話指導が始まって二度目の注意だったが、フォードの表情に反省の色は無かった。


 急ごしらえの会話術など、ゼインと対峙した際に役に立つとは思えない。ゼインの前に辿り着いたとき、既に四方を部下に囲まれているだろう。そのうえ手を縛られているかもしれない。そもそも目隠しをさせられて、ゼインが目の前にいるかどうかわからないかもしれない。――引き渡された時点で、命は無い。

 生き残るとは、引き渡されないこと。政府の管理下から逃げ出すこと。

 明日街に出るときが、最大のチャンスだ。あらゆるパターンを考えておかなければならない。

 課題はいくつかあった。まず引率する男。その男の目をを盗むか、倒して逃走するかしなければならない。屈強な男と聞いているが、果たしてどれ程のものか。

 二つ目には地の利。好きな場所に行けるとはいえ、堂々とスラムには入ることはできない。勝手を知らない街で、どこまで逃げられるだろうか。

 三つ目に、ゼインの追撃。引き渡しがキャンセルされれば、次なる段階としてゼインは街に刺客を送るだろう。テロ行為を継続すれば政府もフォードを追う。指名手配になるかもしれない。

 ――さて、どうしたものか。


 全く聞く耳を持たない様子に、指導員はため息をついた。

 指導室の扉が少し開き、「面会です。いつもの子です」と職員がフォードを呼びに来る。この日は指導のため面会は無しということになっていたが、まるで上の空の様子では指導にならないということで、許可された。




 作戦はハリー議員の予定通りに進んでいる。満足なのか、事件に関係の無いマクリッサに自慢話として報告するほどだった。マクリッサが知れば、それはそのまま翌日訪れたメルにパスされる。

「どうするの?」

 更正施設に飛び込んできたメルの表情には焦りが窺えた。

 フォードは「どうするかな」と呟き、面会室の小窓を横目で見る。面会室で暴れたらすぐに止められるよう、小窓の向こうには職員が待機している。……が、どうやら居眠りしているようだった。

「現時点で明日の状況が全くわからない。逃げるなら明日だが、引率を振りきれないと話にならない」

 眉間にしわを寄せるフォード。

「うちに逃げ込むのはどう?」とメルが提案したが、すぐさまナージュが「ダメっすよ」と首を振る。女二人と犬一匹の邸宅など一時しのぎにもならない。状況が状況なだけに、最悪の場合はテロの幇助とも捉えられかねない。

 しかしフォードは「メルの家か、なるほどな」と何かに気付いた様子を見せた。「ダメっすよ?」とナージュは続ける。フォードは再び小窓を確認すると、「パリドル駅だ」と言った。

 これまでの面会で、フォードはモルテンブルク邸――メルの家がパリドル駅に近いことを知っていた。明日は別れの時間として用意された一日。メルの家に行くと言って許可が降りないはずはないだろう。そうしてパリドル駅に向かい、隙を見てスラムへ。

「逃走まではできそうだな。その後はゼインを殺さない限りテロが続くから、武器を集める必要がある。さすがにスラムの住民は協力してくれないと思うが……」

 そこまで言うと、メルに遮られる。

「フォード。やめて。もう誰も傷つけないで」

 

 更正施設に半年と少し。人を殺してはならないということはしつこく教えられた。それでも。

「ゼインが刃を向け続けるなら、俺はゼインを殺す。どちらも生きてる未来は無いんだ」

 メルは少し間をあけて、答えがわかっていながらも、静かに聞いた。

「ゼインは悪い人。……それでも人間である限り、殺せば捕まるわ。それでいいの?」

 フォードは頷いた。

「ゼインに殺されるか、捕まっても生きるかだ」


 メルは悲しそうに目を伏せた。

 フォードはそれを見ながら、初めてメルと会った半年前の事を思い出していた。あの日、ジークはナイフを向け「今死ぬか、ゼインに殺されるか、自由を掴んで生きるかだ」と言った。

 あまりにも少なく、どれをとっても重すぎる選択肢。

 あの日と変わらない。自分の心はまだスラムに繋がれたままだ。

 ――ゼインを殺して、全て終わらせよう。テロに対する受け身ではなく、自分自身の未来のために。食事に使う小さなナイフを懐に忍ばせよう。あわよくば引率の男から武器を奪おう。スラムの住民から情報が漏れるリスクを背負っても協力を求めよう。

 自由は、自分の手で掴みとる。


「俺はゼインを殺す」

 完全に意志が固まったフォードに、もはやメルが返せる言葉は無かった。


 静かになる面会室。

「…………行きましょ」とナージュ。

 

 メルはフォードのことで、フォードは明日のことで頭がいっぱい。

 ――そのときのナージュの様子がおかしかったことに、誰ひとりとして気付かなかった。

 まるで自分自身が戦いに行くかのような、殺意にも似たどす黒い雰囲気を纏っていたというのに…………。

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