第4章 王女の物語(2)

「王もいつも、知識を深めることは良いことだとおっしゃてるではありませんか」

「だからと言って、呪文書は必要ないだろう。おまえは王女であって魔法使いじゃないのだから」

そう言われると、王女は返す言葉もなく、うなずくほかなかった。


城の地下には各国から集められたたくさんの蔵書が並んでいる部屋があった。王女は薄暗い部屋の中でろうそくの灯りをたよりに、様々な本を読むのが好きだった。各国の歴史書や、まだ聞いたこともない未知の国の話や、古くから民に伝わる伝承や、剣術の習得の方法など、とにかくありとあらゆる本が置かれており、王女は手当たり次第に読み漁っていた。そんな中、王女がたまたま手に取った本の中に、呪文書が混ざっていたのだ。興味を持った王女は読むだけでは飽き足らず、今では簡単なまじないぐらいはできるようになっていた。もちろん、それは王には秘密だった。

そうしてこの書状を受け取ってから数日後、急に王の様子がおかしくなった。いつもは民に示しがつかないからと言って自らも質素倹約に努めていた王が、突然豪華な食事を申しつけたり、きらびやかな服を新調したりと今までなかった行動をとり始めたのだ。しかし何よりも問題だったのは、王の態度だった。


何が不満なのかよくは分らなかったが、常に苛立ち、ちょっとしたことにも文句を言い、思い通りにならないと召使いや側近の兵にまで手をあげるようになったのだ。さすがにこれはおかしいと王女は思ったが、いったい王の身の上に何が起こったのか、全く見当がつかなかった。そうしてしばらく考えあぐねた末、王女は呪文書のことを思い出した。

(そういえば呪文書の中に真実の心を映し出す魔法が書かれていたはず……)

王女はすぐさま呪文書のページをめくり、その魔法がのっているページを開けた。そこにはこんなことが書いてあった。

『満月の晩に、銀盤に月のしずくをなみなみと注ぎ、次の呪文を唱えること。さすればその水面に真実の心が映されるであろう』

王女はこれは幸運なことだと思った。なぜなら、その日がまさに満月の夜だったからだ。そこで彼女はその夜、自室の窓辺に小さな丸テーブルを置き、その上に銀製のスープ皿をのせた。


真夜中、皆が寝静まったのを確認すると、王女はテーブルの上のスープ皿に水をなみなみと注いだ。月のしずくなど、実際にこの世に存在しないことは百も承知であったが、王女は窓から降り注ぐ月の光を、スープ皿の水面に映すようにした。

呪文書に書かれているまじないや魔法の方法は言葉通りに書かれてあることは稀であった。

自分でその言葉の意味するところを見つけ出さなければ、その方法を習得できないようになっていた。誰もが魔法を使えるわけではない、そう言った意味合いが込められているようだった。王女は月のしずくとは、月の光を映した水のことだろうと解釈すると、その映し出された月の光に向かって、呪文書に書かれてあった呪文を唱えた。


すると水面にある人物が映し出された。てっきり王の姿が映し出されるのかと思いきや、それは例の書状を送ってきた魔法使いの後ろ姿だった。


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