第3章 物語を書き始める(1)

牧はすぐにでも本の中の王女を救うべく、書きかけの本の続きを書こうとした。そのつもりで、書きかけの本を書斎の机の上に置き、椅子に座って側の鉛筆を使って書き進めようとした。けれどもそれから数十分たっても、牧は一字も書くことができなかった。王女をどうやったら塔から救い出すことができるのか、牧にはその方法が思いつかなかった。


それから物語の文章とは、いったいどのように書けばよいものか、牧には見当もつかなかった。試しにその本の前のページをめくってみたのだが、驚くことに一文字も何も書かれていなかった。その前の前のページも、そのまた前のページも同じで、全てのページが真っ白の状態だった。書き方の参考になるどころか、なぜ王女が塔に閉じ込められてしまったのか、その物語の筋すら、牧には知る方法がなかった。


分からないなら、自分で作るしかない。牧は途方に暮れながらも、そう思った。しかしそうであるなら、自分は書く前に、王女がなぜ捕らわれてしまったのか、それについて考えなくてはいけない。物語というのは、紙と鉛筆があれば、自由にすぐに書けるものだと、牧は思っていたのだが、実際はそうではなく、まずは考えなくてはならないことを牧はその時初めて知った。考えなければならないなら、今ここですぐに書くなど、到底無理だと彼女は悟ると、書きかけの本を元の位置に戻し、紙きれを青の部屋の宝箱の中にしまい、元通りに直した。宝箱の鍵もカモフラージュの本の中へと入れると、牧は最初見た状態に全てを戻し、白い洋館を出た。


白い洋館の庭先に出ると、自分が果たさなければならないもう一つの仕事をたちまちのうちに思い出した。というのも、外に出た庭で、マリが全力疾走で走り回っているのを見たからだ。家の中の部屋を全部見て回ったにも関わらず、いったいどうやって、家の外に出たのか、牧には分からなかったが、またややこしいことにならないうちに、今度こそは逃すまいと庭の隅の方になんとか追いやり、やっとこさマリを捕まえることができた。


マリは悪びれた様子もなく、むしろまだ遊び足りなそうに、リードをぐいぐい引っ張って行こうとする。牧は思わず肩をすくめながら、白い洋館を振り返った。あんなに大きな家で誰もいないなんて。なんて、不用心なんだろう。いったい誰の家なのだろうか。物語を作らなければならないほかにも、牧にはそういった解かなければならない謎があった。


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