第1章

004話 活動拠点・ファトバルシティ



 マルー達がいた世界“アース”にある風の森にて守り人が描いた円の先は、大きなガラス壁と黒い鉄壁が調和した建物の中に繋がっていた。ここに来る前に四人が見た晴れ渡る青は、この建物からガラス越しに見える景色のものだった。


「とってもキレイな景色ね!」

「ここが異世界か」


 凛はいそいそと、健はゆっくりと、ガラス越しに見える景色の方へ向かう。それにつられてマルーも竜也も歩き出した。


「……すごい」


 マルーは景色を前に立ち尽くす。

 雲一つない空の下、右方にはきらめく海。左方には真っ白に埋め尽くされた街並み。そんな街の奥には、濃緑の森が広がっている。四人がいた街の景色とはかけ離れた光景がそこにはあった。


「洗濯物もすっきり乾きそー」

「何よその感想。現実感あり過ぎ」

「でもタッツーの言う通りだね! 面白い!」


 そう談笑を楽しむ四人の元に足音が一つ。それに気付いたマルーが振り向いた。


「あっ、お姉さん!」

「マルー――そして皆。来てくれたのね」


 窓からの光が女性の桃味がかった赤色の髪を照らす。肩まで伸びたその髪を耳にかけた彼女は、かちっとしたワイシャツにタイトなスカートと――髪色の異質さを除けば、そつなく仕事をこなしそうなキャリアウーマンに見える。そんな彼女が片手を腰に当てるなり口を開く。


「ここは“ローブン”のファトバルシティ――私が住んでいる街よ。お楽しみのところ悪いけれど、あなた達に会わせたい人がいるからついて来てくれるかしら?」




 言われた四人は彼女に連れられ、建物の中心に建つ柱――にしては太すぎるが――の前に立った。その柱に溶け込んだように扉があり、それを開けて中に入る。すると更に頑丈そうな両扉が待っていた。両扉は五人が揃うと静かに開かれる。


「この昇降機を使って最上階へ行くわよ。会わせたい人はそこにいるの」


 昇降機――こちらの世界でいうエレベーターに揺られてしばらくすると、小気味良い鐘の音が一度響き、それから扉が開かれた。その扉をくぐった先ではまたしても扉が待ち構えていた。

 少し待っていてちょうだい、と女性が四人に言うと、その扉を軽く数回叩いた。


「私よ。新しい戦士を見つけたから、連れてきたわ」


 そう言ったものの扉の先から返事は聞こえてこない。

 もしかしたらいないのだろうか。四人がそう思った時だった。


「名前は?」

「名前?」

「戦士の名前だ。本人に直接言わせろ」


 扉から聞こえた声にぴくりと反応したマルーは、おもむろに女性と位置を交換した。


「初めまして! 丸山真理奈と言います! マルーって呼んで下さい!」


 と自己紹介したものの、またしても扉の先から返事は来ない。

 もしかすると聞こえなかったのかも。マルーがもう一度言おうとした瞬間、その扉は開いた。扉を開けた主は口を開けたままのマルーをまじまじと見つめてくる。


「……なるほど。五大戦士の運命を背負う覚悟もできているようだ」


 青年と間違えそうな声でつぶやいた、凛々しい顔立ちの女性。マルーから離れ、部屋への道をあけてくれた。


「私はミズキだ。マルー、君に話すべきことが山ほどある」




 マルー達を連れてきた女性と、それを迎え入れたミズキによって席は用意された。席に座ってまず目にしたのは、両腕を広げた程の勉強机。その上にはいくつもの資料の山が乗っている。また壁中の棚に本がところ狭しに並んでいる様はまるで書斎だ。

 そんな、今にも溢れそうな資料の中を、女性とミズキは今、案内したマルー達をよそに延々と漁っていた。


「君達に見せたいものがあるのだが――ラビュラ、君が最後にしまっただろう?」

「そうなんだけど……一体どこにしまったかしら……」

「お姉さん、さっきからラビュラって呼ばれていますけど――」

「ええ。ラビュラは私の名前よ……それだけならもういいかしら?」

「良いとは言えないな。自己紹介を済ませていないという事だろう?」


 ミズキの視線は鋭いが、ラビュラは構わず棚をあさっている。呆れたミズキが咳払いをし、マルー達に向き直った。


「彼女はラビュラ。私と同じ五大戦士の一人だ。ラビュラは“赤の戦士”、私は“青の戦士”として、“黄”“緑”“橙”の戦士と共に影と戦い、封印した。しかし、影は再び私達の世界を襲おうとしているというんだ。――新しい戦士もやって来た。お告げの通りに事が運んでいる今、私達は一刻も早く見つけなくてはならないものがある……」


 ミズキの話に区切りがつく頃、ラビュラが一冊の本を手にやって来た。装丁が古いその本の、とあるページをラビュラが開いてみせる。

 彼女に見せられたページの文字はかすれており、読むことは困難だったが、七つの絵がそれぞれ違う色で描かれていることは分かった。


「このページにはね、影を振り払う力が込められた七つの道具が描かれているの」

「これらの道具と五人の戦士が揃うことで影の討伐が可能になるんだ。君達にはこれらを探してもらいたい」

「もちろんです! 任せてください!」

「まあ! ありがとう!」


 胸を叩いてみせたマルーに、ラビュラは表情を明るくした。


「新しい戦士は頼もしいな――であれば早速、班の名前を決めてもらいたい」

「それと名前も縮めてもらえないかしら? この世界だと――マルーの場合はマルヤママリナ、だったかしら? フェニックスに教えてもらったんだけど――あなた達の名前は長すぎるわ」

「……ローブンではローブンのルールに従えってことだな」


「それなら簡単ですよ!」と、マルーが話の主軸を取り始めた。


「健はケンで凛はリン、タッツーはタツヤで私はマルー! これに決定!」

「ちょっと待ってよマルー! どうしてあたしが男子二人を名前で呼ばなきゃいけないのよ!」

「俺も。タッツーとマルーはまだしも、こいつを名前で呼びたくはねえな」

「僕はあんまり気にしないよー?」

「俺が気にするんだよ!」

「あたしが気にするの!」


 健と凛から受けたとばっちりに竜也は苦笑している。


「マルーは良いわよね。あだ名なのに名前っぽく聞こえるんだもの」

「名前っぽいあだ名かあ……そっか! それを考えればいいんだね!」


 マルーが腕を組み、顔をへの字にし始めた。


「まずは凛! 赤色が好きだし、凛が作る美味しいアップルパイにちなんで、“リンゴ”って名前はどう?」

「リンゴ――いいわね!」

「次はタッツー! タッツーの名前は竜也って書くでしょう? そこからとって、“リュウ”はどうかな?」

「かっこいいー! 僕、それがいいなー」


「それで健は――」と言いかけたマルーは、健に指を差したまま動かない。名前が決まった凛――リンゴと、竜也――リュウも、マルーに注目する。


「――健はやっぱりケンだよ! それしか思いつかない!」

「無理して変えなくてもいいぞ、マルー」

「それはあたしが許さないわ」

「ならお前が決めろよ」

「そうね……あんたの得意なことは?」

「バスケ。ドッジ」

「そういえばそうね。あんたの特技、球技ばっかりだったわ」

「悪いかよ」

「悪くないよリンゴ! その発想、良い!」


 マルーがにこやかに言うと、ラビュラとミズキの方へ向いた。


「左から名前が、リュウ、リンゴ、“ボール”です!」

「は? ちょっと待――」

「そして私はマルーです! よろしくお願いします!」


 言い切ったマルーにウインクをされ、健――ボールは肩をがっくりと落とした。


「“ボール”って名前も、かっこいいと思うよー」

「そうね。悪くないと思うわ」

「――まあいい。あくまでローブンでの名前だからな。……で? 班の名前はどうするんだ?」

「それなら私、もう決めてあるんだ!」


 マルーがおもむろに席を立ち、伏し目がちに呟いた。


「私達は、風の森からやって来た、アースもローブンも巻き込んでいく戦士達。その名も!」


 皆が見守る中、マルーが目をかっと見開き、人差し指を高く掲げた!


「ずばり! “サイクロンズ”っ!」


 言い放ったマルーの表情は得意気である。拍手するリュウを除き、皆が一歩引く様子をみせた。


「……ずいぶんと面白い子を連れてきたな、ラビュラ」

「面白いでしょあの子。ふふっ!」

「ポーズまで決めるか……」

「でも、良いセンスね!」

「かっこいいー!」


 なら決まり! とマルーは胸を張り、鼻高々だ。


「サイクロンズか。――なるほど、そこまで決まったなら。ラビュラ、サイクロンズにこの部屋を案内してやってくれ」


 そうしてミズキが手渡したものを見たラビュラがとっさに口を手で覆った。


「こんな部屋をサイクロンズ専用にしちゃうの!?」

「これくらいの優遇が当然だろう。案内するんだ」

「分かったわ。……皆! ミズキがあなた達の部屋の鍵をくれたわよ!」


 ラビュラがもらった物は、ペンほどの長さをした鍵だった。黄金色のそれは窓から射す光できらりと輝く。


「早速部屋に向かうから、ついて来て!」


 こう言ったラビュラが鍵を握り締めると、ミズキに軽く挨拶を済ませたのちに、その場を後にした。サイクロンズもミズキに別れの挨拶をし、ラビュラの後を付いてゆく――彼女は既にエレベーターに乗り込んでいた。




 エレベーターを使って下りた場所は、最初にやって来た階だった。どうやらエレベーターとはお別れらしい。


「ラビュラさん、ミズキさんが言っていた部屋はどこにあるんですか?」

「ここから行ける地下にあるのよ」

「ここから、ですか?」


 辺りを見回してみるも――この一帯は壁に囲まれている――地下へ続く道があるとは到底思えなかった。

 その間のラビュラは、エレベーターを降りてすぐ横の壁に手をかざしていた。これに四人が気付いた頃、かざした壁がなんと、入口を示すかのように光で長方形を描き、音もなく消してしまった。


「すごい! 魔法みたい!」

「この先が地下への階段よ。足元が悪いから、気を付けて下りるのよ」


 一行は消えた壁の先に続く階段を下りてゆく。


「……おいあの先、行き止まりじゃねえか?」

「ふふっ。そう思うでしょ?」


 下りた先に現れた行き止まりを前に、今度のラビュラは大きく何かを描くように腕を動かす。すると壁は素早く両側に開き、マルー達に光を射した!


「なんだか高級ホテルに来たみたいだわ!」

「上とは全然違いますねー」

「あなた達のようなチームに使ってもらう為の部屋が、ここから下の階にずうっと続いているの。ちなみにあなた達の部屋は一番下の階。このフロアを通った先の階段を使うのよ」

「また階段か」

「皆、早く行こう!」


 五人は温かい雰囲気の廊下を通り過ぎ、階段を下りる。途中、廊下へ抜ける出入口を何度か見かけたが、ラビュラはそれを通り過ぎ、更に下へと進んでゆく。



 しばらくして五人は最下フロアにたどり着いた。ラビュラはその中腹に立つ扉の前で、ミズキからもらった鍵を出し、マルーに手渡した。


「さあ、開けてみなさい」


 ラビュラに開錠を促されたマルーが鍵を開け、扉を引くと、その先には鋳鋼ちゅうこうでできた扉が立っていた。


「この扉も開けていいんですか?」

「ええ、どうぞ」


 マルーは、鋳鋼の重々しい扉に手をかけた。そっと引いてみるほどに、光がさんさんと五人に射し込む……!


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