第六色

第六色 ①

 「よし、後はこれを持って帰るだけだな」

 柑子こうじはそう呟いた後、さきほど住人から受け取った資料に目を通していた。

 その時、男の声が彼の名前を呼んだ。

 「尋ねたいことがある。時間は取らせん」

 「そんなの気にしなくて大丈夫ですよ。それで、どんなことなんです?」

 「子供を探している。女の子供でな、名を珊瑚さんごという」

 「珊瑚、ですか」

 「色を広げてその中を泳ぎ回る能力を持っている。ただ」

 紫紺はそこで一旦言葉を切った。再び口を開いて、その少女の特徴を説明した。


 ※※※

 

 「七両しちりょう、足痛くない?」

 「ああ、最初に比べたらな。今だって普通に歩いてるだろ?」

 琥珀こはくは頷いた後、彼の足元に視線を移す。

 歩き方も無理をしている感じはない。捻挫をして帰って来た時は、引きずるようにして歩いていたけれど。

 「そろそろ養生所ようじょうしょに着くぞ。あそこの建物に青い提灯がぶら下がってんだろ?」

 「あの薄い青色の提灯のこと?」

 琥珀が顔を上げた先には、薄い青色の提灯がぶら下がった建物がある。提灯には黒色の墨で『医』の文字が書かれていた。

 七両は頷いてから、引き戸に向かって声を掛ける。

 「先生、七両だ。邪魔するぜ?」

 「おお、七両か」

 戸が開くと、中から藍色の着物を着た五十代後半と思われる男性が姿を見せた。髪も目も薄い青色で、外に吊るされていた提灯と同じ色だ。

 「今日が診察日だったな。中に入ってくれ」

 七両と琥珀は言われた通り、養生所の中に入った。

 下駄を脱ぎ待合所へ入る。中には座布団が間隔を開けて置かれている。奥にもう一つ部屋があり、どうやらそこが診察室になっているようだ。待合所と診察室の間には仕切りが立てられており、中が見えないようになっている。

 「先生、俺以外に患者は?」

 「いや、お前が一番最初だ。ところで、今日も緋楽ひがくに乗って来たのか?」

 緋楽とは七両が使役するオオカミの名だ。

 「いや、普通に歩いて来た。最初の頃よりだいぶ調子がいいんでな」

 七両がそう口にすると、先生は頷いた後、ふと琥珀に視線を向けた。

 「七両、もしかしてこの子が琥珀か?」

 「ああ」

 七両がそう答えると、彼は屈んでから微笑を浮かべて、

 「なるほど。確かに、山吹やまぶきの言う通りだな」

 「え? 山吹、僕のこと何て言ってたんですか?」

 琥珀は驚いて、自分を指さしている。

 「ああ、素直そうな子だと言っていたよ」

 「素直…… なんですか、僕?」

 「私には少なくともそう見える。それよりも、七両が怪我をして大変だろう?」

 「はい。でも、同じ集合住宅のヒトたちも来てくれますし、他のみんなも」

 琥珀がそう答えると、先生は笑って頷いた。

 「それなら安心だな。よかったよかった」

 「はい!」

 琥珀も笑顔で頷くと、先生ははっと気付いて、

 「そういえば、まだ名乗っていなかったな。私は露草つゆくさ。この養生所ようじょうしょで医師をしている」

 「あのよ、先生」

 二人のやり取りを眺めていた七両は、半ば呆れたような顔つきで言った。

 「話に花を咲かせるのもいいけどよ、そろそろ俺の診察もしてくんねぇか?」

 琥珀と露草は同時に彼に顔を向けた。露草は片手で後頭部を掻きながら、

 「ああ、すまんすまん。七両、診察室まで来てくれ」

 そう言うと、診察室に向かって歩き出した。

 「あの、僕も一緒に行っていいですか?」

 露草は振り返って琥珀を見た後、七両に視線を向ける。

 七両が黙ったまま頷くと、

 「ああ、構わんよ」

 琥珀はぱっと笑顔を浮かべてから、二人の後に続いた。

 診察室はそこまで広いわけではなく、壁側には薬品が入った小さい壺や包帯などが置かれている棚があり、人体模型のようなものも置かれていた。奥の方には何組か布団が敷いてある。

 「あそこに布団が敷いてあるのは、患者さんを寝かせるためですか?」

 「ああ。時々、ケンカした奴らなんかがうちに来るな。なあ、七両?」

 そう言った後、露草はニヤリとした笑みを七両に向けた。彼は睨むように露草を一瞥した後、

 「で、足の方はどんな感じなんだ?」

 「順調に回復しているぞ。このまま安静にすることだな。くれぐれも無茶はするなよ? 悪化するぞ」

 「ああ、気を付けるよ」

 礼を言った後、露草に診察代を払って養生所を後にした。


 ※※※

 

 七両と琥珀が集合住宅に向かって歩いていると、すぐ右横の通路から少女が飛び出して来た。 

 「うわ!」

 琥珀は数歩後ずさった後、そのまま身動きが取れなくなった。

 少女が飛び出して来たことにももちろん驚いたけれど、それ以上に驚いたのは、彼女がまるで魚のように濃いピンク色の川の中から踊り出て来たからだった。

 少女はその場で倒れ込んでしまった。

 目の前の光景を目の当たりにした時、昔見たある人物の姿が七両の脳裏に蘇る。しかし、すぐ我に返ると、目の前の少女に声を掛けた。

 「おい!」

 少女に反応はない。見れば、顔色は悪く青ざめている。

 「ねぇ、大丈夫?」

 琥珀も声を掛けるけれど、反応は同じだった。

 「七両、どうしよう……」

 「とりあえず、先生んとこ運ぶぞ」

 七両はそう言うと、台帳を捲り緋楽ひがくを出す。

 出て来た緋楽に姿勢を低くするように命じると、少女を抱えた。

 二人で緋楽の背中に少女を乗せた時、彼女の手から何かが落ちた。

 琥珀が屈んでそれを拾い上げる。

 「これ、何だろう?」

 それは短冊の形をした紫色の紙だった。文字がびっしりと書き込まれている。半分は黒く煤けてしまっているのが気になった。

 七両はそれを見た瞬間、驚いた表情をしていたが、すぐに元の表情に戻ると、

 「さあな。俺も分かんねぇから、後で先生に聞こうぜ」

 とだけ言い、それ以上は何も言わなかった。

 二人は再び露草の養生所に向かった。

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