第四色 ④

 常磐ときわ山吹やまぶき浅葱あさぎの三人は集合場所になっていた神社で七両しちりょう琥珀こはくが来るのを待っていた。

 しばらくしてから、琥珀が駆けてくるのが見えた。

 「あっ、琥珀だ」

 常磐が呟いた後、山吹も続けて、

 「ん? 琥珀だけか?」

 琥珀の後ろに七両の姿はない。

 琥珀が息を切らしながら、

 「ごめん、遅れて」

 浅い呼吸を繰り返す彼を見て、浅葱が口を開く。

 「やあ、琥珀。そんなに急がなくて大丈夫だよ」

 浅葱が穏やかに言うと、常磐が不思議そうに尋ねた。

 「琥珀、七両は?」 

 琥珀は息を整えながら、

 「後で行くから、先に山吹たちと行けって」

 「七両のやつ、しょうがねぇな」

 山吹は腕を組んで溜息を吐いた。

 「じゃあ、確認するぞ。四画よんかくに着いたら、二手に分かれてそれぞれ聞き込みをする。ある程度回ったところで集合して、その後はじいさんと空の様子見に行こうぜ」

 三人が頷いてから、

 「じゃあ、そろそろ行くか」

 四人は四画へ向かった。

 

 ※※※


 「あれ、フクロウ?」

 柑子こうじが資料から顔を上げた先には、紅色のフクロウがこちらを見つめていた。

 夜でもないのに何故フクロウの声が聞こえるのだろう、と思っていたが、

 「ああ、紅月こうげつか。どうした?」

 柑子が紅月に近付いて行くと、何やら紙をくちばしに咥えている。

 柑子はそれを受け取り、中を開く。

 「ニンゲンが受けた被害について? 琥珀に何か遭ったのか?」

 柑子が紙から目を離して、紅月に問いかける。だが、紅月は首を傾げてから開け放してある窓から出ると、外に植えられている木の枝に止まった。

 自分に付いて来るように、誘導していることに柑子は気付く。

 彼は周りに素早く視線を向けてから、外に続く引き戸へ向かった。

 柑子が外に出たのを確認した紅月は、そのまま彼を七両の元へ連れて行く。

 「七両! ニンゲンが受けた被害についてだけど、琥珀に何かあったのか?」

 駆け寄った柑子が七両へ尋ねる。

 「琥珀じゃねぇよ。最近、ニンゲンが被害に遭った件で怪しいやつはどいつだ?」

 「加害者のことが知りたいのか? ニンゲンが被害に遭うって、例えばどんな?」

 柑子は困惑した顔を七両に向ける。

 「ニンゲンを嫌う奴による嫌がらせは最近あったか?」

 「ここ最近じゃ聞かないな。昔はあったみたいだけど……」

 「そうか、分かった。悪かったな、仕事中に呼び出して」

 「いや、それは大丈夫だけど。何で急にそんなこと……」

 「空とじいさんが染めた和服を台無しにした奴がいる」

 「それ、故意にやったものなのか?」

 「それについては今山吹たちが調べてるはずだ」

 その時、ちょうど小さい子供を連れている母親が見えた。幼い子供たちが辺りを走り回り、それを母親が注意している。

 その様子を七両が黙って見ていた時、一人の子供が母親に向かって声をかけた。子供は自分の髪と目と同じ色を手の平に出して見せると、建造物の壁に向かってその色を投げつけた。壁の一部が一瞬にしてその色に染まる。

 もう一人いた子供も、同じように自分の持つ色を出現させて丸い形に変化させていた。

 その様子を眺めていた七両の頭に昨日の光景が蘇る。様々な色で汚れた和服。やがて、一つの考えが頭に浮かんだ。

 「なあ、柑子。ニンゲンが直接被害に遭ってなくても、ならどうだ?」

 「別のもん? 例えば?」

 「建物や洗濯物なんかが変色してたことって、お前の周りであったか?」

 柑子はしばし考え込む。

 「まあ、何度かそういうこともあったな。でも、小さい子なんだしそれはしょうがないだろ。まだ、能力使いこなせない……。 

あっ、そういうことか!」

 柑子が大きな声を上げた。

 七両は彼を振り返ることなく、子供を叱る母親と怒られている子供たちに視線を向けていた。

 「柑子、仕事中に悪かったな」

 「いや、俺は大丈夫だよ。ただ今見た光景が必ずしも正解かどうかは分からないけど」

 「いや、恐らく間違いないと思うぜ。邪魔して悪かったな」

 七両がその場を立ち去ろうとした時、柑子が七両を呼んだ。

 「休憩出来て丁度良かった。鳶さんと空によろしくな」

 片手を上げる柑子に向かって、七両は笑みを返した。

 母親はまだ子供たちを叱っている。柑子は見かねて親子に近付いて行く。母親と今にも泣きそうになっている子供たちをなだめながら事情を尋ねた。


 ※※※


 「なるほど。七両と山吹が外に出た時には、こんな状態だったんだな?」

 「おう。んで、和服の下の辺りを中心に色が付いてたんだ」

 山吹は竿に自分の甚平を掛けて、昨日色が付着した和服の状態を再現して見せた。

 それを見た浅葱あさぎは顎に手を当てたまま、頷いた。

 「浅葱、何か分かった?」

 琥珀が浅葱に尋ねる。浅葱は、うーんと呟いてから、

 「僕が気になったのは位置かな?」

 「位置?」

 常磐が呟く。

 「そう。山吹が説明してくれた話を聞いて思ったんだけど、色が付着している箇所が随分と低いように感じるんだ。成人だったなら、こんなに低い所に色は付けないと思うし、そもそも自分の色を残すような真似はまずしないと思う」

 「なるほどねぇ」

 山吹も浅葱の意見を聞いて、頷く。

 「じゃあ、大人じゃないのかな? もしかして、子供とか?」

 琥珀が呟いた時、すみません、と女性の声が聞こえた。琥珀たちが振り返ると、目の前には若い男女と子供たちが立っていた。

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