第三色 ②

 「あそこに門があるだろ?」

 七両しちりょうが目の前の大きな門を指さす。

 「うん。猩々緋しょうじょうひってヒトはこの中にいるんだね?」

 琥珀こはくの視線の先には重厚な木製の門が構えている。それだけで近寄りがたい雰囲気を感じて緊張が高まってしまう。

 門からは建物の上層部が見えていて、その外観は琥珀が北海道に来た時に家族と宿泊していた旅館に似ていた。

 横長で、趣のある木造の建物。

 「ああ。とっとと終わらせて帰るぞ」

 門に向かって歩いて行く七両の後に付いて行く。

 彼が近付いて行くと、門の前に立つ男二人がぎょっとした顔でこちらを見た。どうやら門番らしい。

 二人で顔を見合わせると七両に鋭い視線を向けた。

 「二画にかくの七両だな?」

 門番の一人が確認する。

 「ああ」

 「今日は何の用だ?」

 門番たちの様子を見る限り、七両はあまり良く思われていないようだ。

 琥珀は無事に門の中に入れて貰えるのか、不安になった。

 「ニンゲンの子供を保護したから報告に来た。区画長くかくちょうはいるか?」

 「ニンゲンの子供?」

 男が琥珀へ視線を向ける。

 琥珀はびくっと身体を震わせた後、ぎこちなく頭を下げた。男の視線は青鈍や霞と同じように鋭く光っていて、目線を逸らしたくても逸らせない雰囲気を感じさせた。

 もう一人の門番の男も同様の視線を琥珀に向けている。

 七両に話しかけた男が歩いて来た。

 琥珀の前に立つと覗き込むように見てから、

 「本当にニンゲンの子供だな」

 そう呟いた後、手に持っていた台帳を開いて何やら確認しだす。

 「区画長は中におられる。このことを知っている者はいるか?」

 「青鈍あおにびが知ってる」

 ぶっきらぼうに言った後、もう一人の男が門の中へと消えて行った。

 きっと、このことが事実かどうか確認しているのだろう。

 少ししてから男が戻って来た。

 「どうやら事実のようです」

 もう一人の門番にそう伝えた後、今度は七両が口を開いた。

 「中に青鈍はいるのか?」

 「いや、不在だ。ただ、事前に他の者へ報告していたようだな」

 七両は黙ったまま頷いた。

 「区画長の元まで案内する。中へ入れ」

 門がゆっくりと開く。その先には先程門の中から見えた上層部と同じ建物が見えた。

 想像していたよりずっと大きさも広さもあるように感じる。

 琥珀たちは男の後に付いて行った。

 門を通り抜けた時、一人でに門が閉まる音が聞こえた。その音を聞きながら、猩々緋のいる部屋へと向かったのだった。


 ※※※


 建物はどうやら二つに分かれているらしい。正門から見て右側が警察のような仕事を引き受ける所で、そこに青鈍や霞が在籍している。反対に左側は役所のような仕事を引き受けているという。

 琥珀はその説明を黙って聞いていたのだが難しい単語や聞き慣れない言葉も多く、ほとんど理解出来ていなかった。

 彼の前を歩く七両が、「そんな説明で分かるはずねぇだろ」、と文句を言っているのを聞いた。

 そのまま三人が廊下を進んでいた時、

 「あれ、七両? 珍しいな、こんなところに来るなんて。今日はどうしたんだよ?」

 声の主を振り返ると、薄い橙色だいだいいろの髪と目を持つ青年が近付いて来た。

 「柑子こうじか。訳あって猩々緋に会いに来た」

 「訳? お前、また何かしたのか?」

 笑って尋ねる柑子から視線を外すと、七両は琥珀に顔を向けてから、

 「ニンゲンの子供をうちに置いてんだ。今日はその報告で来た」

 「なんだ、そういうことか。お前の後ろにいるのがその子供な訳ね」

 「琥珀。こいつは柑子って言ってな、ここで働いてる」

 「初めまして。柑子さんも青鈍さんや霞さんと同じ様に区画を回って歩いたりするんですか?」

 疑問に思っていたことを質問すると、彼は笑って、

 「いや、俺の仕事は青鈍さんたちとは違うよ。この建物が二つに分かれてるのは知ってる?」

 琥珀は頷く。

 「青鈍さんたちは彩街内を回って歩いて、問題が起きているようならそれを解決する。こっちは青鈍さんたちが報告してくれたことを紙に書いてまとめて、偉い人たちに報告する。他にも街に住むヒトの相談に乗ったりもしてるんだ」

 琥珀が辺りに顔を向けると、資料に目を通して確認したり、話し合っていたりするヒトたちの姿が見えた。

 「そうだ、七両。区画長に会うんなら、街長まちおさにも顔を見せて来いよ? お前のこと心配してたぞ」

 柑子が思い出したようにそう言った。

 「ガキじゃあるまいし、いちいち顔なんて見せなくていいだろ。用もねぇのに」

 そう返した後、七両は廊下を歩き出した。

 「気が向いたらでいいんだよ、じゃあな。引き止めて悪かった」

 柑子は笑ってそう言うと、二人に向かって手を挙げた。

 「ああ」

 「柑子さん、またね」

 琥珀は手を振ると、先に歩いていた七両と門番の男の後を付いて行った。

 やがて、部屋の一番奥に二つの引き戸が見えてきた。

 それぞれ引き戸の上に木製の札が付けられている。

 左手側が『区画長室くかくちょうしつ』、右手側が『街長室まちおさしつ』とある。

 男はここで待っているように七両と琥珀へ告げると、区画長室の引き戸に手をかけた。

 琥珀は、引き戸を開けて中へ入っていく彼の背中を黙ったまま見つめていた。

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