そして、出会う

 青々と草の茂る、のどかな道。

 ラナン王国の端の方に位置する森の中。

 整地されてはいないが通る者達の足によって固く平らに踏み固められた道を、一人の赤髪の少女が歩いている。

 炎のように真っ赤な色をした髪の長さは、丁度肩の辺りまで。

 パッチリとした目はやはり赤く、細い眉は強気な性格を示すかのように吊りあがっている。

 着ている服は然程特徴のあるものではないが、旅人であれば大抵が着ている厚手の頑丈な布の服だ。

 背中に背負っているのは旅の荷物の入った大き目の袋。

 腰のベルトに下げた片手剣はお世辞にも高級そうなデザインではないが、しっかりと使い込まれた事の分かる品である。


「あー……田舎だなあ。思ったより田舎だよぅ。こりゃあきっと揉めるぞぅ」


 如何にも落ち込んだような……やる気の無さそうな事を言う少女は、ガックリと肩を落として……長い溜息をついた後に、その動きをピタリと止める。

 傍から見ると変な人のようだが、これは少女なりの気分転換だ。

 ネガティブな気分を地面に捨て、明るい気分で仕事に望む為の儀式のようなものなのだ。


「大丈夫、大丈夫。きっと依頼主は払いをケチらない良い人。イチャモンもつけないし変な事も言わない。よし、いける。私いける!」


 そのまま少女は数秒静止した後に深呼吸し、腕を振り上げ上半身をガバッと空へ向ける。


「よし、いっくぞおおお!」


 気合満タンの顔を少女は空へと向け……そこで、少女の表情は凍りつく。


「……え?」


 よく晴れた雲一つない青空……の下。

 具体的には少女の上空。何もなかったはずの空間に突如、一人の男が出現したのだ。

 逆さまに……具体的には頭から落ちてくる男は明らかに意識が無く、少女が避ければ地面に激突は必至。当たり所が悪ければそのまま死んでしまうことだってあるだろう。

 そうなれば、こんな人通りの少ない道で謎の死体とこんにちは。取調べの兵士に「空から降ってきて勝手に死んだんです」と言っても聞いては貰えまい。


「むむむ……ああっ、もう!」


 少女は背中の荷物を下ろし剣をベルトごと投げ捨てると意識を集中し、足に意識を集中させる。

 イメージは、軽やかに高く跳ぶウサギのような足。

 あるいは大地から解き放たれ舞い上がる鳥の飛翔。

 体内を流れる不可思議を実現する力……「魔力」を足に集中させ、少女は叫ぶ。


跳躍ジャンプ!」


 その言葉と同時に、少女は跳ぶ。

 鳥のように高く……とはいかないまでも、人が人として跳ぶ限界よりは少し高く。

 道端の木の枝の中で目についた一番太いモノまで跳び、少女は再び叫ぶ。


「もういっちょ……跳躍ジャンプ!」


 激しい跳躍に耐え切れず折れた木の枝には構わず、少女は落ちてくる男をバッチリのタイミングで捕まえる。

 横抱きにした男の身体はそれなりに重く、腕にずっしりと伝わる感覚を感じながらも少女は跳躍ジャンプの勢いのまま反対側の木の幹に両足をつける。

 当然ながら人の足は木の幹にくっつくように出来ているわけは無く、少女は再び「跳躍ジャンプ!」と唱える。

 木の幹を大きく揺らしながら跳んだ少女の行く先は地面で、空中で体勢を変えながら地面にズシンと音を立てて着地し……そのまま反動を殺しきれず、後ろ向きに転んで背中を思い切り強打する。

 それでも男を放さなかったのは流石ではあったが、その体はずしんと少女に圧し掛かり「ぐえっ」と少女は少女らしからぬ声をあげてしまう。


「うう……でやあっ!」


 少女は男を地面に転がすと今の騒動の最中で荷物が何処かの誰かに盗まれていないことを視線で確認し……安堵の溜息をつく。

 転がした男は暖かくはあったが、生きているのかどうか。

 何も無い空から落ちてくるなど聞いたことも無いが、まさか死にかけではないだろうか?

 そんな考えにとらわれ少女はそっと男の口元に顔を寄せ、息をしていることを確認してほっとする。

 見たところ怪我もしていないようだが……それにしても不思議な服装だと少女は思う。

 上質な布で出来ているが、少なくとも旅に耐えうるようなものではない。

 貴族のものであるにしては、あまり装飾に凝っているようには見えないし……されど庶民のものにしては高級過ぎるだろう。

 豪商が好む成金趣味の服とも違うし、騎士達が好む質実剛健さともまた違う。

 となると、一体この男は何者かという話になってしまうのだが……。


「髪は手入れされてるなあ。やっぱし貴族かな? だったら礼金貰えるかも。統一金貨でくれたら嬉しいなあ」


 サラサラと男の黒髪を少女が撫でていると、男が「ううっ」と呻いて身じろぎする。

 ゆっくりと開かれた男の目もやはり黒く、焦点のあっていなかった目が次第にあっていくと同時に、その顔がハッとしたものになる。


「気付いた? 私が助けてあげたんだよ。何があったか知らないけど私に命を助けてもらった事をたっぷり感謝してどっさりお礼をくれたら私としても助けた甲斐が」

「……っ!」


 男は勢い良く身体を起こすと、嬉しそうな……それなのに泣きそうな顔をして。

 目の前の少女に、押し倒さんばかりの勢いで抱きついた。

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