第三十話 衝動の矛、静寂の盾

 始まりの瞬間は、彼女の瞬き。

 雷光に身を包んだあたしにはその一瞬で十分。音を置き去りにする速度で背後を取って最速の双撃【クロスルーティン】を叩き込む。常人に知覚出来ない速攻が愛の背中を襲う。

 しかし、そう易々と行かなかった。


「こ、これは……!」

「【ジャベリン】。言ったよね? 力を見せてないのはお互い様だって」


 あたしの攻撃はそこにあるはずがない彼女の神器によって防がれていた。未だ愛は振り向いてすらいない。神器だって手にしっかりと握っている。なのに、あたしの攻撃を防いだ二本目の【守宝 アマンダ】が確実にそこにある。

 一度距離を取って観察して対策を練ろうとしたが、それを読んでいた愛は、既に移動先にトラップを仕掛けていた。


「【アクトポイント】」

「ぅ……ぐぅ!!」


 薄くて肉眼で見えにくい水溜まりを踏んだ瞬間、足を絡め取られハンマーのような一撃が腹部に飛んできた。あかりですらあたしに一発撃ち込むのにかなり時間が掛かっていたのに、愛は難なくそれをやって退ける。

 何とか膝を付かずにいられたがダメージは大きい。防御に回す魔力を攻撃に振っていた事まで見抜かれていたようだ。間髪入れずに槍の射程範囲踏み込んできた愛は攻撃の手を止めない。


「【ボルテックドール】!!」

「【ダブルオー・ジャベリン】」


 あたしの周囲に五つの雷弾を設置し、自動迎撃態勢を固める。対する愛は神器をもう一本生み出して雷撃を全て防ぎ切りながら強烈な物理戦に入る。

 刃が弾ける音が恐ろしい速度で辺りを飛び交い、一秒未満の思考戦。そんな猛攻の中、アマンダの能力で一切の焦りもなく淡々とこちらにプレッシャーを放つ。

 これはまずい。元々愛は近距離戦の技術がずば抜けている。ここでまともにやり合えると思えるほどあたしは馬鹿じゃない。

 徐々に焦りが生まれるあたしの攻撃はいつしか綻びを孕む。かするような被弾の増加に気が取られ、ほんの少し対応が遅れた隙に水を纏った渾身の前蹴りでまたも腹部に追い打ちをかけられた。


「あっがぁあ!!」


 公園の端まで蹴り飛ばされたあたしは、設置魔法どころか身体を包む雷すら剥ぎ取られていた。アマンダは守り特化だけど、攻撃力が無いとは言っていない。まるでコンクリートで殴られたような硬度はそのまま攻撃力に転じているようだ。

 痙攣して動けないあたしの前に歩いてきた愛は、どこか遠くを見ているような目で見下ろしてきた。


「美空ちゃん、予想外の事が起こると離れて長考する癖があるよね。それって危ないと思うの」

「…………ぅぅ」

「いつも派手な大技で決めるから、動きながら考えるのが苦手なのも知ってるよ? 私は逆なの。大技がないから小細工で戦うしかなかったんだよ」

「……くそっ」

「私のこと弱いって言ったよね。頑張ってないって……今立ってるのは私だよ?」

「がぁあああああ!!!!」


 大鎌を杖代わりにして何とか立ち上がったが、愛は一向に攻撃してこない。この現実が何を意味しているのか、理解し過ぎて吐き気すら催してきた。


 手加減されている。倒れているところにトドメを撃ち込まれていたらその場で終わっていたのだ。なのに、それをしなかった。

 それ程までに、あたしと一緒に居たくないと言うことか!!

 まだあたしは、この子を見くびっていたということなのか!!


 今更戦い方を変えることなんて出来ない。もう一度距離を取るために雷光を纏って飛び上がる。しかし、今度は彼女も追う素振りなくじっと監察をしていた。


「はぁ……はぁ……」


 肉弾戦は分が悪い。センスが対極ならあたしの得意な遠距離から自由を奪ってから一撃を叩き込む。それしかない。何より、増えた神器がとてつもなく厄介だ。あたしの速度を難なく捕らえたというなら恐らく自動追尾。神器なら粉砕も難しいから手に負えない。


「増えた神器が自動で動くからどうしようかなって思ってるよね?」

「!?」

「あ、当たりかな? そんな顔してるもんね。私は心理戦でここまで生き残って来たの。一緒にいた美空ちゃんの考えてることはだいたいわかるよ」


 ピンポイントで言い当てられてしまっては疑いようもない。いつもニコニコとぼんやりしていた愛は、本来こういうタイプだったのかも知れない。本当、知らないことばかりで今までどれだけ見てこなかったのかを突き付けられる。


「これ、別に神器じゃないんだよね。一つの水魔法の『精度』をずっと上げ続けてたの。それを槍の型にしてるだけ。覚えてる? 私達があかりさんから初めて教えて貰った技術だよ」

「……そんなにペラペラネタばらししていいのかしら?」

「うん、バレても問題ないから。もう一つ教えてあげる。これは自動じゃなくて手動だよ」


 わざわざ手動と言ったのは、魔法の効力に依存しているわけじゃなく地力があたしを追い詰めたと伝えたいのだろう。

 完全に精神的アドバンテージは取られた。自身を不利にするだけと思われたネタばらしにこんな使い方があるなんて、あたし一人では気付くこともなかっただろう。

 息を整える。落ち着こう、今はあたしの距離だ。冷静に、確実に、少しずつ削り取るんだ。

 愛に向けて指を差す。弾丸をイメージして手首に電撃をリロード。


「【サンダーバレット】」

「【ウォータークラウン】」


 愛の周囲に薄い水の壁が張り巡らされる。見るからに硬度のないカーテンのような防壁に向かって雷弾が撃ち込まれる。それは貫く様子もなく壁全体に伝わると、小さな球状となって宙に排出された。

 何度撃ち込んでも玉として排出され、さながら王冠のような形の防壁となっていた。


「帯電させて排出してる。雷の性質を使った受け流し魔法ね」

「そうだよ。まだ美空ちゃん専用だけど、強く出来れば使い勝手良さそうだよね」

「はぁ……あなたって人は」


 よく思い付く。魔法の発明王か何かみたい。これはまだまだ手札を隠してそうだ。

 でもこれ、笑い事じゃない。実質あの神器もどきを使わずとも雷撃に対応出来るってわけだ。迎撃数ならあたしが上、しかし、実際にやり合ってみるとここまで強かったのかとため息が出る。


 それでもあたしは、やらなきゃいけない。


「あたしは、やっぱりあなたにリーダーでいて欲しい」

「やだよ。美空ちゃんの方が適任でしょ?」

「実力で言うなら、あたしが間違ってた。愛はあたしの想像よりずっと強くて、あたしの上に立つのに十分な力がある。神器だって」

「アマンダの能力はリーダー向きだよね。でもやだ。そんな問題じゃないの」

「そっか……」


 駄目だ。こんな説得じゃ愛に届かない。


 愛の指があたしを捉える。こちらと全く同じ体勢で狙いを定めだした。


「【バブルスライサー】」

「【サンダーバレット】」


 放たれた水弾はあたしのサンダーバレットと同じ遠距離弾幕魔法。違いは、向こうの方が連射性能が高い。

 全ての水弾を撃ち落とすことが出来なかったせいで流れ弾が飛んでくる。雷ほどの速度は流石に出ないようで、あたしは軽く身体をズラして避けた。


 その対応が、悪手であると知らず。


「んぐっ!」

「それ、爆発するんだよ?」


 顔の横をすり抜ける瞬間、強烈に爆破された事で姿勢が崩れる。サンダーバレットの構えが解けたあたしへ、愛のバブルスライサーが無数に撃ち込まれる。

 一発一発が手榴弾並の破壊力はあるだろうか。まるで爆撃機だ。地面に撃ってたら一瞬で更地になってしまうだろう。

 全魔力を防壁に費し守りを固める。激しい衝撃幕の中、彼女の姿を探すが既にそこにいない。こんな好機を逃すほど甘くはないか。


「こっちだよ」


 上から声がしたと思った頃には遅い。

 愛の三本のアマンダが雷の防壁を突き破り、次いで放たれる全力の魔力拳撃。真上からまともに受けてしまったあたしは地面に沈みこんだ。


「……ぅぁ…………」

「もう虫の息だね。そんなもんなの?」


 クレーターの真ん中で倒れるあたしは、叫び声すら出せないほど深刻なダメージを負っていた。霞んだ視界に彼女を映しながら、何故かスッキリした気分を味わう。

 愛なんて、いや、それどころかあかりと優香以外全員、あたしのスピードには着いて来られないのは分かりきっていた事実。特殊能力のない単純な戦闘において、あたしは負けないと信じきっていた。それなのに、新旧魔法少女の中で一番弱いと見られていた愛に『スピード勝負をさせない戦い方』を学んだ。着いていく必要が無い。それなら、他の人達はどう立ち回るのかな。対応される対策、考えたこと無かったなって。

 魔法って奥が深い。


「美空ちゃん、何笑ってるの?」

「……すごい、なって……」

「…………そう。諦めたのね」


 逆光で愛の表情は見えない。でも、どんな顔してるかはわかるよ。

 大丈夫、そうじゃないから。


「…………逆」

「え?」

「あたしの…………勝ちだよ」


 愛の周囲に雷の紋章が幾多も生み出され、広範囲に包囲する。そこから更に多くの雷の塊が生まれ、彼女の逃げ道を塞ぐ。

 そう、さっきので気絶しなかったのは奇跡だ。お陰でやっと発動出来た。


「こ、これって……っ!」

「あかりの……アポカリプス、あたしなりに……盗んでみたの……その中、怖いでしょ?」

「ば、馬鹿言わないでよ。こんなのあたしのジャベリンで……」


 愛の身体が固まる。一つ一つよく見ているみたいだ。その小さな雷の中にどれだけ魔力が込められているのかを。


「愛は、槍二本分、だっけ? ふふっ、あたしは……百九十九個……いい精度でしょ?」

「…………」

「あたしの魔法、時間が掛かるの。知ってるでしょ? 時間掛ける意味も……」

「はぁあああああああああ!!!!」


 愛の魔力が急激に高められていく。

 でも、チェックメイト。


「【ボルトアクション・アポカリプス】」

「【蘭泉羽衣】!!」


 瞬間、激しい雷の嘶きがマシンガンのように辺りを包む。電撃の包囲網の中では視認できない速度の攻撃が飛び交っているだろう。それも【九天雷光弾】の吸収倍加の術式が掛けられた雷だ。短時間だけど、終わりが近付くに連れて数は減り、威力は上がっていく。

 空に浮かぶ光を見上げていると、重鈍な雲から雫が落ち始める。あたしと愛の、命懸けの戦いに幕を下ろすように静かに降り注いだ。

 最後の一撃が愛を貫いた途端、彼女の身体は力なく落下を始める。何とか受け止めようと足を引き摺り真下へ移動したあたしは、両手を広げて祈るように天に掲げた。


 愛、よく頑張ったね。


 今まさに抱き止めようとした。

 気絶しているであろう彼女の顔を、見てしまった。









「…………隙だらけだよ」


 悪魔のような深い笑みを。


「あぐぁああああああ!!!!」


 彼女の身体で見えなかった指は拳銃のように握られ、一切の防御をしていなかったあたしの左腕を撃ち抜いた。

 完全に不意をつかれた。無防備の腕を折られた。激痛に悶絶するあたしの前で地面に落ちた愛は、よろめきながらもすぐに立ち上がってあたしを見下ろす。明るい顔じゃない。冷たい顔でもない。まんまと罠に嵌めてやった、出し抜いてやったと愉悦に浸る悪魔そのものの笑みで。


「さっきの、すっごい痛かった。死んじゃうかと思ったよ」

「ど……どうして……」

「雨のお陰で防御が間に合っちゃったね。ふふふっ、ダメだよ美空ちゃん。私の【蘭泉羽衣】が解けてないのに油断しちゃ。気絶してないって事だよ」

「……くそっ!」

「形勢逆転。また私の有利だ」


 何とか立ち上がるが、腕の痛みで目眩がする。こんな状態でまともに戦えるのだろうか。

 魔力もほとんどない。愛の防御力が規格外過ぎた。まさかこちらの奥の手まで受け切るなんて、ちょっと硬すぎるんじゃないか。タフネスで争ったら間違いなく一番だろう。手に負えない。


「……?」


 敗戦も覚悟したが、愛の様子がおかしい。呼吸が荒く、小刻みに震えていた。

 その原因はすぐに判明する。


「愛……腕が……」

「ちょっとギリギリだったからこれくらい仕方ないかな。変に心配しないで、美空ちゃんがやったんだから。代わりにそっちの腕ももらったんだからお互い様だよ?」

「…………」

「大丈夫、優香さんが治してくれるから思いっきりやれって言ってたし」


 愛の左手は折れているどころではない。無くなっていた。そんな状態でも、彼女は悠然と立ち塞がり、隻腕で槍を手に持つ。


 本当に、この人は。


 あたしも大鎌を手に、向かい合う。

 彼女と対等であるために。


「愛、あたし。この戦いすっごく嫌い」

「……うん」

「あたしね、前にあかりと話したんだ。どうしてもリーダーになりたくて。でもあかりは愛の方がいいって」

「……うん」


 愛は静かに頷く。

 もう隠し事は無しだ。プライドなんて捨てて、この子には本音でぶつかりたい。


「あかりが愛を推したのに嫉妬もあったし……いや、ほとんどそれだったのかも知れない」

「…………」

「それで、あかりを怒鳴りつけたら、あの人なんて言ったと思う? 『お前、愛のこと好き過ぎなんだよ。だったら守ってやれ。リーダーを守るってのも悪くないもんだぞ』だってさ。笑っちゃうわよね?」

「ふふっ、あかりさんっぽいね」

「あははっ、馬鹿よね。あたし達の師匠」


 豪雨の中、刃物を手に向き合っているとは思えないほど、それは和やかな時間だった。


「でもね、それって当たってた。街を守りたい。大好きな人達を守りたい。それは今だって変わってないんだけど、一番に顔が浮かぶのは、やっぱり愛だったの」

「えへへ」

「あたしは、信頼出来るあなたの前に立ちたい。あなたを守って戦いたい。それがあたしの戦う根源だった。あなたの指示で動く時、すっごく気持ちいいの。なかなかしてくれないけどね」

「それはごめんだよ?」

「へへっ…………愛」


 終わりの時は近い。お互いその事が分かっているから、再び武器を構えた。


「大好きな愛が選びたいこと、あたしも選ぶ。あなたが離れたいなら、離れたところからあなたを守る。だから負けられない」

「………………」

「誓うよ。あなたの選択、あたしが守るって。これがあたしの本音」

「………………」

「行くよ」


 何故か涙が溢れて、前が見えない。でも見る必要はない。二人とも避けるだけの力は残ってないのだから。

 相対し、徐々に二人の魔力が高まっていく。全てを出し切った残りカス。最後の一撃が。

 空を漂う雷雲が光った瞬間、その時は来た。


「あぁあああああああああああ!!!!」

「はぁあああああああああああ!!!!」


 二つの魔力がぶつかる。

 しかし、その手応えは全く別の所で受け止められていた。







「ふぅ……間に合った」







 大槍と大鎌の一撃を弾くでもなく、いなすでもなく、二人の間でしっかりと受け止めていた。

 一人の魔法少女によって。


「あ……かり」

「あかり……さん」

「久しぶり二人とも。少し見ない間に小汚くなっちゃってまぁ。まだまだ遊び盛りの子供みたいだな。でも、刃物は危ないからしまっとこうな?」


 乱暴な言葉使いなのに、落ち着いて包み込むような声。間違いない。正真正銘、地走 あかりだ。

 緊張の糸がぷっつりと切れてしまい、あたしと愛は同時に膝を着いた。なんでだろう、すごく安心する。最後の攻撃が、彼女に止められた事に無性に嬉しくなってしまった。

 あかりはガイアロッドを消して、あたし達の身体を抱いた。母が子にするような、優しい抱擁。


「戻ってくるなり優香が血相変えて来るもんだから何事かと思ったぜ。二人とも生きててよかった……あんまり大人に心配させないでくれよ」

「優香が……?」


 チラッと優香を見ると、『そんなことないし』と言わんばかりに目を逸らして口笛を吹いていた。その横には真弓さんとみくりさん、さくらも到着して魔法少女が勢揃いだった。

 あたし達のお尻の下に腕を通して持ち上げたあかりは、ニカッと笑って今度はお父さんみたいな心強さを見せた。


「さ、優香に治してもらお。話はその後でな」

「待ってあかり、でも決着が……」

「仲間内で決着も何もねぇよ。昔の武将かお前」

「な、馬鹿にして!!」

「それに、もう答えは出てるだろ」

「え?」

「お前は言いたいこと言ったかもしれねぇけど、愛の話も聞いてあげないとな。片想いの乙女じゃねぇんだから。な、愛?」

「…………」


 愛は黙ったままあかりにしがみついていた。顔が見えないように、あかりの長い髪に埋まったまま動こうとしない。


「ま、ワガママはお互い様ってこと。ほら行くぞ」

「ちょ、ちょっとっ」


 あかりは意気揚々と優香の所へ向かう。何にも理解出来てないあたしは、さながら無理矢理遊具に乗せられた幼児の気分だった。


 永遠に続くような、しかし長くない地獄のような戦いは師匠の手によって幕を閉じた。この後二人とも優香に元通り治してもらい、あたしと愛とあかりの三人で話し合うのだけど、その時の事は今後思い出す度に赤面する事になるある意味で黒歴史となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る