第二十八話 見えてなかったもの

 その日は、朝から割と平和だった。


 イブが転校してきてからあたし達の心中は全く安らぐことなく常に警戒をしていたのだけど、それにも少しずつ慣れて自然とフォロー出来るようになっていた。


 例えば、会話でのフォロー。


「イブちゃんって特技とかあるの?」

「不死身」

「……フジミ?」

「あ〜イブはね、年に何回も富士山見に行くのよ。あたしも付き合ったことあるけどずーっと見つめてるだけよ」

「へ〜! 富士山おっきいよね! でもそれ特技じゃなくて趣味じゃない?」

「いや、あれは特技ね。二時間くらい山だけ見続けるなんてなかなか辛かったわ」

「我慢強いってことね! 凄いなぁ!」


 例えば、体育でのフォロー。


「ぐぇ、地走さんあの啓太郎より足速いのか! 学年一位入れ替わっちゃったよ! 」

「イブはマカオの部族と毎日走ってたみたいだからね。やっぱり日本人とは体の作りが違うのよ」

「すげー外国籍選手だ!」

「目もいいらしいわ」

「すげーマサイ族!」

「マカオだってば」


 だいたいこんな感じだ。

 魔法少女を始めてから頭のキレる大人との会話が多かったからかもしれない。同年代がどこまで考えてどの程度鵜呑みにしてもらえるかが分かるようになっていた。運動神経に関しては『部族』と言っておけば何とかなるし、イブは基本単語でしか質問に答えないから後からいくらでも付け加えられる。こう言ってはなんだけど、子供相手なら誤魔化しきれる自信がある。

 ただ例外もある。


「ふ……ふわ……」


 来た。今回は大丈夫。愛も気付いている。


「ふっ……くしゅんっ」


 小さな声が聞こえた瞬間、イブの持っていた教科書に小さな火が飛び掛る。

 イブはクシャミをする時、必ず炎が漏れ出す。一回目はそれに気付くのが遅れて、燃えカスになって宙を舞っているところをあたしの雷で消滅させた。それ以降は愛が水魔法で教科書を守ることになっているのだ。イブの席が一番後ろの窓側で、横があたし達の誰かじゃなかったら出来ない手だけとこればっかりは仕方ない。


「イブ、まだクシャミ我慢出来ないの?」

「んー、ごめんね」

「出来ないものは仕方ないわよ。あなたも頑張ってるものね。ちょっとずつ覚えていきましょ」

「はーい」


 イブは鼻を啜りながらうんうんと頷いていた。十歳よりも幼く見えるそんな挙動が、あたしも強く当たれない理由かもしれない。下手をすると妹の雪ちゃんより子供っぽいのだ。


 だいたいはこんな感じ。フォローはしているけど、イブ自身もちゃんとあたし達の言いつけを覚えていっているから、思ったより絶望的でもなかった。優香が考えた設定も割と使えるのでもうしばらくしたら彼女も自然に振る舞うようになるだろう。学校生活の方は順調と言わざるを得ない。






 そう思っていたのに。






 夕陽を背にした愛は、マントを風になびかせて姿勢を落として槍を構える。正面に立つあたしに向かって。

 その姿が、どこか怖くて、酷く悲しかった。


「美空ちゃん……手加減しないから」

「愛……」


 大好きな親友から向けられた殺意。いつもの笑顔は全くなく、敵として、ただ見据えられていた。

 あたしは、泣かずに立っていられたのだろうか。


「受けて……立つわよ」


 大鎌を召喚。もう後戻りは出来ない。

 風利、優香やイブに見守られながら、あたしと愛は武器を構える。遊びでも訓練でもない。本気のぶつかり合い。


 あかりも明日には帰ってくる。冬休みにも入って、みんなで訓練したり、たまに遊びに行ってもバチは当たらないなんて思ってた。

 これはあたしの怠慢だ。彼女に全て押し付けていたツケが回ってきたのだ。

 戦いが始まる直前に見上げた空は、大きな雲が空を覆う、赤くて暗い箱の中みたいな景色だった。






 その日は、朝から割と平和だったんだ。



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