第五話 似てるとか言うなよ?

「本当、人間なのにバケモノみたいな魔力量だよね。まさか砂漠まで飛ばされるなんて思わなかったよ」

「そりゃ褒め言葉か? バケモノにバケモノ扱いされたくねえな」

「ふふっ、その喋り方も懐かしい。ずっと会いたかったんだよ? 僕はあかりがすごく好きなんだぁ。もっとお話したいところだけど先に少し遊んでよ。昔みたいにさ」

「いいぜ。そのまま魔界に送り返してやるよ」


 軽く笑い、ケルベロスは足場の悪い砂の上から素早く飛び上がった。小さな身体が発光し、光がどんどん膨張していく。

 そして、元の姿へと戻る。新人魔法少女達相手に素の状態で戦っていたのだ。本来の戦闘スタイルに入ったケルベロスは、首の数は変わらないものの人を丸呑みに出来るほど大きくなる。

 格段に跳ね上がるケルベロスの魔力に全身の毛が逆立つ。凄まじいプレッシャーに昔の記憶が蘇った。どう足掻いても勝てなかったあの時が。


「お待たせ。さぁ行くよ!」


 白銀の体毛を美しくなびかせ、伝説の魔獣となったケルベロスは太い爪を地面に食い込ませる。その瞬間、あたしの足元から巨大な岩の竜巻が発生した。


「守護のクリスタルよ!」


 避けられないと判断し、すかさず赤いクリスタルを六つ召喚。それぞれが光の線で結ばれ、近代兵器の爆撃すら簡単に防ぐ強固なシールドを展開する。


「くっ……」


 それでもかなりの衝撃を受け、竜巻の中で四方八方から大岩を叩きつけられ続けるとシールドも削り取られてしまう。ミンチになる前に早く次の一手を打たなければ。

 足元の赤いクリスタルに杖を当て、色を変える。緑のクリスタルに変化した途端、高速で回転を始めた。

 つられて全身を包むシールド自体が回転し、急降下を始める。最高硬度のドリルが生まれる。


「そこか!」


 竜巻の根元へ落下したあたしは、砂に隠れるある物に向かって攻撃を仕掛けた。ガキンッと鈍い音と共にそれは姿を見せた。人の大きさほどの黄土色のクリスタルだ。

 そう、ケルベロスがあたしを気に入っている理由はこれ。どちらも全く同じ魔法属性なのだ。大地のクリスタルを操る魔法はあたし達以外に使えない。魔力増幅器の役割を担うクリスタルは特別なユニークスキルなのだ。


 こうして被ってるわけだけど……。


 どうにか核を破壊する事が出来て竜巻は止んだ。しかし、すかさずケルベロスの爪撃が目の前に迫る。

 ただの引っ掻きなのだがそのまま受けると大ダメージを受けるため、身体能力強化の黄色いクリスタルを杖に装着。ギリギリまで引き付けて受け流した。


「あぁああっ! 速い重い! ウザい!」

「褒められたら照れちゃうよ〜もう〜」

「そんで気持ち悪い!!」


 しばらく肉弾戦が続き、杖を振るう魔法少女とは思えないゴリゴリの殴り合いをしていた。もちろん、大きさも重さも比較にならない相手との物理は分が悪く、徐々に傷を負ってしまう。


「【サテライトロック】!!」

「おっと……」


 僅かなインターバルに透明なクリスタルを二つ召喚。十字を切るように回り続けるそれを見て、ケルベロスは後方へ緊急回避。とっさの勘が本当に厄介な犬だ。


「それ危ないね……新しい魔法かなぁ、見たことないや」

「マジでめんどくせぇわお前」

「ふふっ、カウンター系だね? 直情的な昔とは違うわけだ。あかりは本当にドキドキさせてくれる。僕にも使えるかな?」

「知らねえよ!!」


 ヤツの予想は正解。クリスタルに当てた攻撃をそのまま跳ね返せる超大技。二発分しか出してないのは、そのまま裏返しで二つしか出せないということだ。それだけ莫大な魔力を喰う奥の手の一つ。

 悔しいが、聡いケルベロスはもう気付いている。この技が物理攻撃のみに効果を発揮することを。魔法戦に切り替えれば、この技自体は何も怖くないのだ。


「そろそろ本気の一撃が見たい。僕もそろそろ気持ちが固まったからね」

「何を言って……?」

「いくよ。僕の最大魔法……死なないでね?」

「っ!?」


 ケルベロスの前に銀色のクリスタルが六つ、六芒星を描いた。今までの攻防と比にならない魔力が注がれていく。

 銀色は生命を吸い取る『死のクリスタル』。無抵抗で受ければ塵も残さず消滅する。


「くそっ!! 大陸ごと消すつもりかよ!!」

「早く準備しないと本当に死んじゃうよ?」

「舐めやがって……っ!」


 なり振り構っていられない。後の戦闘を考えている余裕なんて欠片も無く、ヤツと同じく全魔力を注いで六つのクリスタルを展開。


 防御の赤のクリスタル。

 回転の緑のクリスタル。

 最速の青のクリスタル。

 操作の紫のクリスタル。

 強化の黄のクリスタル。


 そして、透明なクリスタルを二つ融合させる事で生まれる、死を招く銀色のクリスタル。


「【バトルフォーミュラ・ナックル】!!」

「【トールハンマー】……」


 ケルベロスの六芒星からドス黒い巨大な石柱が雷を纏って突進してくる。その余波は空間を捻じ曲げたように周囲を歪ませる。

 あたしの六芒星からは岩の巨人の腕が出現。拳を握り石柱に向かって轟速の拳撃を放つ。

 二つの消滅魔法の激突は地面を消し去ってしまうほどの衝撃波を生み出し、大地震をも引き起こした。


「いつ終わんだよこれぇええええ!」


 幸か不幸か、最大魔法まで同じ出力。完全に膠着状態だ。お互いに放出系ではなく召喚魔法を使ったせいで、発動姿勢のまま見守るしか出来ない。何が悲しくて獣と見つめ合わないといけないんだ。しかも地味なダメージが蓄積されて、どんどん体力が奪われていく。

 鼓膜が破れそうな破裂音が砂漠中に響き渡り、とうとう終わりの時が来た。綺麗に相殺された後に残ったのは辛うじて変身が保てているがボロボロのまま倒れているあたしと、荒い息遣いで同じく倒れているケルベロスだった。

 今がチャンスなのに、身体が言うことを聞かない。いや、生きているだけマシかも知れない。弱体化したあたしと違って、この犬は強くなっていた。トントンまで持っていけたのは奇跡だ。


「あかり……やっぱり強いや」

「はぁ、はぁ、……いつでも殺せたクセにわざとこっちが得意な魔力勝負にしたんだろ……何がしてぇんだお前」

「そんなことないよ。君の本来の実力が僕より上だから、長引かせるだけ無駄だと思っただけさ」


 本来の、ね。どうやらこいつは最終的なあたしのレベルを知っているらしい。どちらにせよ、共倒れをしている現状が全てだ。今のあたしにはケルベロスを送り返すだけの力は無かったのだ。

 回復速度はやつの方が上だ。実質の敗北。あたしの人生はここで終わりらしい。

 死を覚悟したというのに、妙に落ち着いていた。案外死ぬ間際の人間は穏やかな気持ちになるのかもしれない。


「なんて顔をしているんだいあかり」

「疲れた……さっさと殺せよ」

「何か勘違いをしているみたいだね。僕は君を殺すつもりでわざわざ狭いゲートをくぐったわけじゃないんだよ」


 いつの間にか隣に来ていたケルベロスは、まだ起き上がれないあたしを見下ろす。殺意の欠片もなく、ただそこにいるだけ。


「何言ってんだ? あたし達は敵同士だろ。いまあたしを殺しとかないとお前、魔界に返されるどころじゃ済まなくなるぞ」

「そうしたければすればいい。僕は交渉しに来たんだ。叶わなければどちらにせよ殺されるだろうね」

「??」


 こいつが殺される? そんな事が出来るのはあたし達魔法少女か、魔界の王レベルの悪魔しかいない。話がイマイチ繋がらない。


「単刀直入に言うよ。あかり、僕を使い魔にしておくれ」

「はぁああ??」

「絶対服従を誓うよ。どうか僕を守って欲しい」


 急におかしな話になってきた。超が付くほど上位悪魔のケルベロスが、人間のあたしに守って欲しいと言った。理由も不明だし、何よりコイツは二度もあたしを殺そうとしたのだ。信じられるわけがない。

 しかし、見たことも無いほどの神妙な面持ち。同じ魔法で幾度も戦ったという運命にも似た親近感があたしの心を揺さぶる。


「頭おかしいんじゃねえのか? 人間と悪魔が仲良く出来るわけねえだろ。お前ら悪魔が人間を何人殺したかわかってんのか」

「数え切れないだろうね。でも、僕は一人たりとも殺してない。それは君がよく知っているだろ?」

「…………」

「もともと、僕は遊びに来ていただけなのさ。僕と対等に戦える魔法少女と会うために。だから毎回戦闘場所は選んでるつもりだよ?」


 確かに、前回は富士の樹海。今回は山の中にいた。あたしと戦う前に周りの被害の話をしていた。殺す気ならすぐに変身してワープゲートが通れない大きさになっていたはず。


「だとしても、あたしが戦うのは悪魔だ。お前が使い魔になって戦うのは、お前の仲間だろうが」

「構わないよ。僕も品のない悪魔は嫌いだし、もともと一人で生きてきた。あかりが命令しなくても送り返すくらいはするよ」

「…………」


 なぜここまで下手に出てくるのか。強く賢いケルベロスにここまで言わせる元凶とはいったい。


「あかり。使い魔の契約には、絶対服従の印が結ばれる。君が僕に『人間を攻撃するな』と言えば、それを破った瞬間僕の心臓は破裂して死ぬんだ。これでも信じられない?」

「…………」

「なんなら、今の魔力を全て君に譲渡しよう。殺したくても殺せないレベルになればあかりも信じてくれるかな?」

「あぁああああああ! もういい!!」


 酷く疲れているし、あたしを追い詰めた相手の命乞いをいつまでも聞いているとこっちのプライドがボロボロになる。


「わぁったよ。使い魔にしてやる! そのかわり、家族に手ぇだしたら本気で殺してやるからな!! 帰ったら詳しい説明もしろ!!」

「ありがとう! あかり! 大好き!」


 ケルベロスは飼い犬のように身体を擦り付けてきた。余りにも無防備に、余りにも素直に。だから、あたしはもう信じるしか出来ない。


「重てぇ! くせぇ! お前そのままウチの床踏んだら叩き出すからな!」

「臭いは酷いよ。そんなに臭うかな?」

「とりあえずその契約とやらをさっさと済ませろ。そろそろ晩飯の準備がしたいんだ」

「わかったよ。いくね」


 やっと起き上がって、あぐらをかいてケルベロスを見つめる。大きな身体が眩しく発行し、ヤツを包み込む魔力があたしに流れ込む。膨大な魔力量があたしの中の魔力と融合し、最大量が一気に膨れ上がる。光が止むと、ヤツは元のチワワ程の大きさに戻っていた。背中に黒い烙印を加えて。


「これで終わりか?」

「簡単なもんでしょ? あかり、命令をしてほしい。君の望むように」

「…………お前、いまどのくらい戦えるんだ?」

「人間界の猫よりは強い程度じゃないかな?」

「そうか」


 あたしはケルベロスの頭に手を置き、譲渡された魔力を少しだけ返した。ヤツは驚いた顔であたしを見上げる。


「あかり、これだけ魔力を返されたら人間なんて簡単に殺せちゃうよ?」

「お前はそんな事しないだろ。変に筋が通ってるからな。悪魔のくせに気持ち悪い」

「あかり……」

「命令は『あたしの家族を守れ』だ。お前の敵が誰なのか分からない以上、これが一番やりやすい命令だろ?」

「……命に替えても。遵守するよ」


 こうして、宿敵との契約を終えた。人間にとって悪魔を味方につけることがどういう結果に繋がるかは分からないが、ずっときな臭いまま戦ってきたのだ。今更どうなろうと後悔はしないだろう。


「帰るぞ犬コロ。風呂に入りてぇ」

「僕も洗っておくれよ!」

「はいはい」


 変身を解いて、自宅へのゲートを開く。平常時でゲートを出せるのも、ケルベロスの魔力を吸収したお陰だろうか。ヤツはまだ全力を出していなかったのか、明らかに倍以上の力に溢れていた。そんなこと突っ込んだところで、無駄に話が長くなるから黙っているが。





 ケルベロスを抱えて家の空き部屋に帰ってきたあたしは、気疲れを堪えて居間に向かう。早く食事の支度もしたいのに、先に犬を風呂に入れないといけない。非常に面倒だ。

 しかし、ここで予想外の事が起きた。


「あ…………」

「えと……おかえりなさい」


 そこには新人魔法少女達が座って待機していたのだ。


「避難場所…………うちになってたの?」

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