アレアレ レーくん アレレのレー

 お祭りの日、前日――。

 お祭り実行委員会のワージくんはひとつだけ不安なことがあって「うんう~ん」と唸っていた。


「どうしたんだい、ワージくん」

「レーくん。いま、巷で話題のアレをしっているかい?」

「アレっていうと、アレだね」

 神妙な顔を一生懸命作って、レーくんはふかく頷いて見せた。

 ……けれども、レーくんは実際のところ、『アレ』ってなんのこと? と、頭の中で考えていた。

 でも、ワージくんの言う事はなんでも分かっているんだよ、とカッコつけたかったので、レーくんは実行委員会の一員として背筋をしゃんとした。


「アレのこと、どうにかしないといけないんじゃないかなって思うんだ」

 ワージくんは難しそうな顔をして、じぃっとテーブルの上のお茶を覗き込んでいた。

 そんな様子のワージくんをみて、レーくんはお茶のことで悩んでいるのかなと思った。


「あたたかいもの、もってこようか」

「えっ、あったかくしたらいいのかい?」

「あっ、いや、違うのかも」


 どうやら、お茶のことじゃないみたいだ。

 巷で話題のものってなんだろう。新茶が出たなんて話題はないし、流行に敏感じゃないレーくんは、きちんと週刊誌を読めばよかったかなと頭をこんこんと叩いた。


「うーんうん」


 ワージくんはまだ何やら悩んでいるので、レーくんはそっとワージくんの傍から離れていった。

 巷で話題のアレを捜さなきゃ、と思ったのだ。


 実行委員会の情報通であるトコちゃんあたりに訊ねてみるのがいいかもしれないな、と思いついたレーくんはお祭り会場で屋台の管理をしているトコちゃんのもとへと走っていった。

 お祭り会場まで行くと、立派なやぐらが出来上がっていて、周りを囲む様に屋台が設営されていた。準備は順調みたいだった。


「トコちゃーん」


 饅頭屋台の前で点検をしていたトコちゃんを見付けたレーくんは大きな声で呼びかけると、振り向いたトコちゃんが走り寄って来た。


「レーくんっ。ど、どうしたの? なにか用事かしら!」

「うん、ちょっと訊ねたいことがあったんだ」

「なぁに?」

「最近、巷で話題のアレのことなんだよ」


 大好きなレーくんの呼びかけにトコちゃんはちょっとドキドキしながら考えた。

 巷で話題のアレ……。

 最近ウワサのものというと、女の子に絶大な人気のスイーツ、『たこあん』だ。たこあんの屋台も、今回のお祭りで出店するので、きっと大繁盛するだろうと思っている。『たこあん』は、タコ焼きみたいなまぁるいケーキ生地の中にあんこがつまっているのだ。一口サイズで食べやすいから好評なのだ。


「ああ、アレなら、きちんとお祭り会場にあるから大丈夫だよっ」

「そ、そうなんだ。よかったー」

 レーくんはワージくんの不安の種である『アレ』の用意がきちんと出来上がっている事をしってほっとした。これでワージくんの心配も解消されるだろう。


「ありがとうね、トコちゃん。じゃあ僕はワージくんのところに行くからね」

「あっ、レーくん……」


 あっという間にいなくなりそうなレーくんに、トコちゃんは思わず呼び止めてしまった。

 でも、呼び止めてから急にドキドキが大きくなって、なんていうべきなのか分からなくなってしまう。

 お祭り、一緒に楽しもうと誘うだけ。それだけのことがとっても難しい。トコちゃんはいま、乙女心が絶好調なのだ。


「どうしたの? トコちゃん」

「あ、あの……、その……」


 勇気を出すのよ、トコちゃん。レーくんと一緒にお祭りしたいって言うのよ。

 心の中で一生懸命自分を励ますトコちゃんだけれど、口はもぐもぐと思うように動かないので、トコちゃんはどんどん顔が真っ赤になっていく。じぃっとトコちゃんを見つめているレーくんがいけないんだ。ああ、レーくんの少年のような純粋な瞳が好き。もっと見て。


「トコちゃん、ごめんね。僕急いでるから、また今度でいい?」

「あっ……うん、ごめんなさい……」


 トコちゃんがずっとモゴモゴだったので、レーくんはゴメンネと謝って駆け出そうとした。

 ああ。トコちゃんの意気地なし。どうしてちゃんと言えないの! トコちゃんのオタンコ!


 トコちゃんは走り去ろうとするレーくんに結局お誘いの言葉を言い出せないまま、がっくりしてしまう。

 レーくんは、走り去りながら、遠くから大きな声で「トコちゃーん!」とまた呼んできた。


 トコちゃんは、顔を上げると、遠くから手を振りながらレーくんが大きな声で言った。


「お祭りの時に、お話しようー!」

「う、うん!! お祭りのときに一緒にー!!」


 レーくんに負けないくらい大きな声で、トコちゃんは返事をした。レーくんはそれであっという間に走り去っていったけれど、トコちゃんはそのまま、ガッツポーズを決めた。

 その一連の流れを見ていた屋台の饅頭屋の大将は、にこにこにこにこ、笑顔が饅頭みたいになっていた。


 ――ワージくんのところまで走って戻って来たレーくんは、まだ「うんうーん」と唸っているワージくんに、精一杯落ち着いた声でデキる男を着込んで声をかけた。


「ワージくん。アレはもうお祭り会場にあるよ。大丈夫」

「えっ!? もう来てるのッ!?」


 がたん、と目の前のテーブルに両手を乗せて跳ね上がったワージくんの驚きようは見ていたレーくんもしゃっくりが出てしまうくらいにぶっとんでいた。


「ひゃっく」

「な、なんてことだ……。こんなに行動が速いなんて……」


 どうやらレーくんの報告に、ワージくんは更に大事になったと難しい顔をもっと険しくさせていく。

 その様子をしゃっくりしながら見ていたレーくんは、予定と違う反応に、ますます頭のなかの『アレ』が分からなくなっていく。


「レーくん、アレがもうお祭り会場に来ているなら、今すぐ対処しなくちゃならない!」

「そうだね。任せてよ」

 デキる男を着込んだレーくんは、今更それを脱ぎ脱ぎするわけにもいかないので、胸を張って答えた。ワージくんとレーくんは『ツーカー』の関係なのだ。

 颯爽と、身をひるがえしてワージくんの下から立ち去ったレーくんはお祭り会場に向かいながら、考え込んでいた。


(アレって、何?)


 どうやらそれは対処しなくちゃならないヤツらしい。あの口ぶりからすると、お祭りに来ると厄介なヤツなのだ。


「こまったぞ。アレってドレだ」


 お祭りに来たらいけない人なんて、誰もいない。

 みぃんな来ていいのがお祭りだ。だから、来たら迷惑なやつなんていない。お祭りには長いヒモを付けてくるのがルールだから、それさえ守っていれば誰でも参加できる。


「あっ、そうか! ヒモを持ってこない人の事を心配しているのかな?」

 うっかりしている人が、ヒモを忘れてお祭りに来てしまう事を心配しているのかもしれない。


「だったら、余分なヒモをお祭り会場で配ったらどうかな~」

 レーくんはこれでワージくんの問題を解決できる手助けができると喜んだ。

 ならばさっそく沢山のヒモを見付けなくちゃならない。ヒモを揃えるなら、おしゃれに詳しいサモンくんに訊ねてみよう。ヒモをたくさん持っているかもしれない。

 レーくんは早速サモンくんのところへと駆け出した。


 サモンくんの家はデザイナーが設計したハウジングでちょっと凄い。見た目からして丸みがあったりトゲがびょんびょん伸びていたりする家で、遠くからでもすぐに分かる家だ。掃除が大変そう、というのがレーくんの印象だ。


「サモンくーん」

 玄関までやってきて、大きな声を上げるレーくん。

 その大きな声に反応して、ドアはカチャリと開いた。中からカラフルな髪の毛をしたサモンくんが「オッスー」と顔を出した。


「サモンくん、悪いんだけれど、ヒモを分けてくれないかなあ?」

「えっ……ヒモはだめだよ、男の子なら、きちんと自分で働かなくちゃ」

「えっ……」


 レーくんはサモンくんの言っていることが良く分からなかった。ヒモを分けてもらうためには、働く必要があるのかもしれない。


 サモンくんは、自分がちょっとチャラく見えることを自覚しているので、もしかしてレーくんもサモンくんのことを、きちんとしてない男なんだと思って、こんな事を言ってきたのかもしれないと、ちょっと悲しくなった。

 確かに、サモンくんは髪の毛を色とりどりに染めて、『ヘイヘーイ♪』と歌うのが好きだけれども、きちんとしている。女の子は大切にするタイプなのだ。


「レーくん、きちんとしている男っていうのは、見た目では判断できないんだよ」

 サモンくんは、チャラチャラしている人が不真面目だと思い込まれるのは、なんだかもったいない考えだと思う。

 だって、みんなそれぞれ違うんだもの。

 きちんとしているから、しっかりしているというのも、ちょっとズレているんじゃないかなあと、常々思っていた。


「そ、そっか……僕……ワージくんの前ではしっかりしなきゃって、ずっとバリバリでいた」

 サモンくんはレーくんの仕事っぷりをきちんと見ていてくれていて、それは違うかもしれないよ、と言ってくれたのだ。

 レーくんはそんな風に考えた。やっぱり持つべきものは友達だ。しっかりと僕の間違いを指摘してくれる。サモンくんは本当に立派な男の子だと感心した。センスは独特だけれども。


「サモンくん、ありがとう、僕が間違っていたよ」

「分かってくれたらいいんだよ」

 二人は力強い握手をした。男同士とはいいものだなあと、二人は少年のような瞳を向けあった。こうして、男を磨いていくのだ。


 自信を取り戻し、レーくんはワージくんのところへと帰っていく最中、もっとしっかりしようと考えていた。


「僕は、かっこつける仕事をしているんじゃないんだ。カッコ悪くても、わかんないときは、分かんないって言う!」


 それからお祭り実行委員会まで戻ってきて、ワージくんの前までやってきたレーくんは『アレ』って結局何なのだ、と聞いてみるつもりだった。

 しかし――。ワージくんは、もう「うーんうーん」と悶えていなかった。


「レーくん、戻って来たんだね。待ってたよ」

「ワージくん……『アレ』って結局……」

「話は後だ。その『アレ』のことで仕事をひとつ、任せたいんだ」


 そう言うと、ワージくんは、レーくんに小さな手紙を手渡した。

 住所と宛名のところを見ても何も書いていない。一体全体、誰充ての手紙なのだろうか?


「レーくん、『アレ』がお祭り会場にいるって言っただろう。だから、その手紙を直接『アレ』に手渡してくれないかなあ」

「この手紙?」

 くるりと手紙の裏面を見た。するとそこにはワージくんの文字で短くこう書いてあった。


 ――おまつりの うたを とらないでください。いっしょに うたいましょう――。


「それを、『アレ』……、巷で噂の『詩泥棒』に渡してくれないかな」

「ええっ」

「ほら、さっきレーくんが言っただろう。あったかくしたらいいんじゃないかって。それってナイスな案だよね」

「えっ?」

「だって、僕はずっと詩泥棒をお祭りから追い出そうとか、来ないようにとか考えてたけど、レーくんはあったかく迎えてあげたらいいんじゃないかなって言ってくれたでしょ」

「…………」


 レーくんは、そうじゃないよ。あったかくしようと言ったのはお茶の話だったんだよ。と思った。

 あれはキッチリを着込んだレーくんの言葉であって、きちんとした言葉じゃないんだ。そう言わなくちゃ。


「だから、一緒に歌おうぜって手紙、書いたから。詩泥棒に届けてほしいのさ」

「……」

「レーくん?」


 レーくんが何やら深刻な面持ちでいるから、ワージくんが今度は分からない表情に変わった。


「ワージくん」

「うん」


「任せてよ!!」


 そう言うと、レーくんは手紙を持って走っていった。

 その様子に、ワージくんはレーくんのことを流石だなと感心した。

 レーくんはとても行動が速い。ワージくんはいつも、じっくり考えて考えて、夜中になってしまうから、行動できないのだ。

 自分にできないことをレーくんはやってくれる。

 ワージくんにはレーくんがいるから、お祭り実行委員会は今回もきっとうまくいく。


 あの手紙が、きちんと詩泥棒に届いたなら、その時は噂の詩泥棒とデュエットしてみようか。

 きっとこれまでのお祭りよりもきっと格段に面白くなるだろう。


 ワージくんは今日、やっとほっこりとした笑顔を浮かべた。

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