永遠の別れはあなたと共に

 私は、今まで散々好きな人を見つけては、追い詰める事が趣味でした。楽しかったんです。でも、当然相手は、そんな私との縁を切っています。正確には、私の愛に耐えられなくなって逃げます。ある日、こんな噂を聞きました。自分の思っている事を具現化する館が在ると。そこに行けば、私は私の思い通りの人に出逢えると思って、館に入ったんです。日没の一定時間に、その館は現れると聞きました。場所は、転々としていると聞きましたが、噂では私の街から北の平野に現れたとか。そんな場所での私の体験は、人に話せば嘘だと言われるでしょうが、私は確かに覚えています。

「玄関が開かない」

 館に入った途端、玄関である正門は、閉じてしまいました。中から開けられませんでした。

「ようこそ、幻の館へ」

 扉が開かない事に焦っていた時、不意に後ろから、若い青年が私を出迎えてくれました。

「誰ですか?」

「貴方の理想の男性です」

 頭が一瞬混乱しましたが、理解するのにはそう時間が掛かりませんでした。

「僕は、貴女が幾ら無謀な事をしても、動じない様に。この館で具現化されました。貴女の意志が在る限り、私は貴女の為だけに存在します」

 淡々と涼しげな声で話すこの人は、私の彼氏だと言い放っているのだろうか? そう思うと。

「そうですよ」

 爽やかな笑顔で、私の心の中を読んだ様にその人は答えました。私は、言いました。

「一緒に死んでくれって言ったら死んでくれるんですか?」

「勿論です。我が身は、貴女と共に在ります。ですが」

 と言いかけた時、鋭利な刃物を出した彼は、こう言いました。

「殺す事が趣味な貴女には、理解できないでしょうが。僕は、こうやっても死にませんよ」

 そう言うと、自分の首筋を掻っ切ると、そのまま倒れ込む。いきなりなので驚いた。

「し、死んだの? あの、あの」

 言葉に詰まる私に対して、また爽やかな笑い声が聴こえました。彼は、立ち上がります。

「貴女を殺せば、僕もこの館に存在できませんが。そうじゃない限りは、何度も蘇りますよ」

 どんなに無理をしても蘇る。正確には、館に復元される。という意味なのかと思いました。

「痛みは、感じないのですか?」

「ええ、そうです。貴女の意志が在る限り、確かに僕は復元されます。もしも、ご所望であれば、貴女も同じ存在になる事も可能なんですよ。ですが、その為には。貴女自身が、館の現象に取り込まれなければなりません。そうすれば、貴女がこの館で、永遠に生き続ける事が出来ますし、私も貴女の傍にずっと居られます。勿論子供も欲しければ、一緒にこの館で暮らす事になります」

 私は、その言葉が至高の幸せであるとしか、思えませんでした。私にとってメリットしかない。そう思った私は、この館の一部になろうとしたんです。そうすれば、永遠が手に入るから。この人の名前は、私が決めればいいと言うので、アレンと決めました。そして、彼は私の名を呼びます。

「では、エレナ。この館を案内しましょう」

 寝室から、バスルーム、キッチンまで一式全て揃っていましたが、解らない事が一つ在りました。アレンは、それに関してこう答えてくれました。

「強いて言うなら、エレナの意識がそのままこの館に映し出されているだけですよ」

 最初は、意味が解りませんでしたが、翌日。それは、現実になりました。

寝室で二人眠っていると、誰かが私達の部屋のドアをノックする音が聴こえました。

「アレン、この館には私と貴方以外居ないんじゃないんですか?」

「ああ、どうやらエレナを迎えに来た人が居るようですね」

「私、戻りたくない」

「では、僕が対応しましょう」

 ドアを開けると、私の母が立っていました。アレンは、それを確認すると。ナイフで私の母の首を掻っ切りました。母は、生き返りませんでした。私は、その時。これも私の思いが起こす現象だと。そう思っていました。しかし、母が殺されてしまった事に私は、激しい動揺をしていました。

「どうしたんですか? こうすれば、エレナは自由でしょう?」

 アレンは、首を傾げながら。母の遺体をそこで燃やし始めたのです。私は、言葉が出ませんでした。母は、今思い起こせば。私を一番心配してくれていた人でした。その大切な存在が、一瞬にして殺され、燃えていました。私は、意識が次第に薄れて、何も思えなくなりました。

「そうですよ、そうやって、意識をどんどんこの館に捧げるんです。そうすれば、この館は、エレナを現象として迎え入れてくれますから、ほら。もっともっと殺しましょう」

 どんどん薄れる意識は、アレンが私に話しかける声だけ確認し。そしてアレンは、次々に私の大切に思っていた思い出を殺していきました。この館の一部となる為に。涙が不意に流れる私に、アレンは不思議だという顔をして言いました。

「エレナ、僕だけのエレナに他の人なんて必要ないですよ。さあ、もっと思い出してください」

 彼は、私の思い出を次々と殺していきました。心が死んでいく私に、アレンは微笑んでいました。もう少しで、館の一部になれると言うのです。私は、大事だと思っていたモノを全てアレンに殺され、壊され。もう言葉も発する事が出来なくなりました。そうして、私の体は館の一部になって行こうとした。その時でした。知らない女性が、アレンを一瞬にして何かの刃で切り刻み、青い炎で燃やしてしまったのです。女性は言いました。望んだから現れたのだと。

「どう? 大事なモノを全て失った気分は」

 言葉に出ない。彼女は、自分の名を言いましたが、私は何故かその時、意識を失い。気が付けば、何も無い場所で倒れていました。そして、アレンも館も。全て消えていました。私は、二週間ほど姿を消していたそうです。捜索隊の人々が、ふらふら歩いている私を見つけて声を掛けました。私は、その時、こう言っていたそうです。

「母も、私の知っている全ての人が殺されたんです」

 瞳が死んだ私に、捜索隊の方は、言いました。何をおかしな事を言っているのだと。私が死んだと思っていた人達は、皆。私の居なくなった事を心配して、自分達でも探していたのだと聞きました。

「良かった」

 そう言って、私はその場で気を失いました。そして、夢を見ていました。アレンを燃やした女性が、こう言うのです。もう、懲りたでしょ? と。私はその時、夢を見ながら涙を流していたそうです。これが、私の体験した全てです。あの館は、それから観ていません。そして私は、日々を送っていますが、あの日々の事を思い出す度に、体が震えて外に出歩けなくなりました。ずっと、引き籠っている私に、縁談の話が来ました。相手方の名前は、ハーネスという人でした。とても優しい男性でしたが、私の無機物の様な態度に悩まされた結果。彼は、私に過去に何が在ったのかを聞きました。全てをお話ししました。すると彼は、もう忘れればいいと言いました。現実で誰も死んでいる人が居ないのに何をそこまで心を殺す必要があるのだと言われました。彼に私は言いました。

「私に、貴方を愛する資格も、そんな権限も無いと思います。こんな私等に構わないで下さい」

 その言葉を聞き、彼は私から去って行きました。どうすればいいのか? もう、何も解らなくなっていました。そうやって歳を取っていると思っていた私は、自分が歳を取らないという事を知りました。もう、五十年経ちます。今でも外見も声も二十歳のままです。そうして、私は気付きました。館は、既に私の存在を飲み込んでいたのだと。そう考えれば、歳を取らない理由も解りました。魔女と言われ、私を知っていた人々は、離れ。死んだという知らせを受けますが、一度その知り合いの葬式に行った時に追い返されてしまったのです。人間じゃないお前は来るな! と。私は、絶望していました。家族も死に絶え、私は自分の住む家に一人。ただ一人で暮らしていました。そんな時に、私の噂を聞きつけ、ある記者が訪ねてきました。記者は笑って話を聞いていました。面白い話をありがとうございます! と言うと、その一週間後。私は、有名な雑誌を発売している出版社に紹介され、死なない魔女と言われ、その記事を知っている全ての人に気味悪がれました。永遠の美貌を持つ女性と紹介されていたそうです。私に言い寄ってくる男性は、数多く居ましたが。私の反応の薄さに、全て諦めて去っていきました。そうやって、何千年と生きていく中。再び私は、あの館を探し始めました。もはや、人間では無いに等しい私には、あの場所しか、生きてく理由も見つからなかったからです。そして、館の情報を手に入れ、再び館に訪れた時、彼はまた現れました。

「お帰りなさい、エレナ。相変わらず美しいですね」

「また、私の大切な者達を殺すんですか?」

「おかしな事を言いますね、もうエレナに必要な者等、誰も存在しないでしょう?」

 その後、アレンと共に館の住人になる事になりました。アレンは、いつも明るく振舞います。

「お茶が入りました」

「ありがとう」

 こんな日々が、永遠と続きました。きっと彼とは、この館でずっと暮らす運命だったのでしょう。消えた魔女として、またあの雑誌で騒がれているのだろうと思うと、世捨て人という言葉が過りました。

「もう、私は、戻れないんですね」

「ええ、永遠に一緒です」

 こうして、私とアレンは。永遠に幻の館で暮らしています。


 END-1-

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る