第7話 飛ぶが如く

 フルの運転技術はいささか荒っぽかった。

 道路交通法などしったことかとばかり、芝生の上を駆け抜けて、ショートカットで、スポーツカーへとすぐに肉薄した。

 やはりヒーローのスーパーマシンハーレーダビッドソンである。


 後ろから追いかけて来たバイクに気が付いてか、ショットガンをこちらに向けて構える男の姿見えた。

 すぐさま、俺は咥えていた魔法筒に火をつけると――口の中に魔力を充満させた。


 魔法使いと出会ったなら、口を開く前に撃てという言葉がある。

 魔法使いが銃使いの天敵であるということを現した、実に分かりやすい言葉だ。


 実際、魔法使いは銃使いを簡単に殺すことができる。

 単純な攻撃魔法は言わずもがな、魔法により、ジャム、暴発、あるいは精神錯乱を引き起こして、自然な死にいざなうことができる。

 銃使いにとって、魔法使いと出会うことは死神と出会うこと同義だ。


 もっともそんなことを承知で、異世界で冒険者をやっている奴らは銃を手にしているのだけれど。


「どれ、それじゃ、一つ単純に、暴発していただこうかね!!」


 ショットガンを構えていた男が引き金を引く。

 同時に、その横で、小爆発が起こった。


 体半分、肉塊をはみ出させた惨めな姿に変わり果てた末広の舎弟。

 そいつは、そのまま、バランスを崩して扉から転がり落ちると、高速道を走る後続車両――ご立派なタンクトレーラーに跳ね飛ばされて、濃ゆい高速道路上の血糊に変わった。


 カタギの皆様にまで迷惑をかけているんじゃねえよ。


 ハザードランプを転倒させて、タンクトレーラーが停車する。

 夜中と言っても、州間高速道路を行き来する車は多い。

 これはいろいろと、後で揉めることだろう。


「……フル、すまない」


「何がだ?」


「俺がバカな誘いに乗ったせいで、いらない迷惑をかけた」


 こっちを振り返る素振りもみせず、フルはその大きな鼻を鳴らした。

 それから、気が散るから黙っていろ、と、彼は俺に言った。


 心の底からの謝罪をそんな風に無碍に扱われると心が痛い。

 いや、言葉が帰ってくるだけましか――。


 しかし、スポーツカーと、バイクである。いくら、スペシャルマシンハーレーダビッドソンが、世界で知られたタフなバイクだとは言っても、スポーツカーに追いつけるモノではない。


 かろうじて、高速道を走る車があるため、スポーツカーも全力のスピードを出せずにいるが、じわりじわりと、その車間距離は広げられていく。

 まずいな、と、俺は魔法筒の煙を吐き出しながら、小さくつぶやいた。


 だが、フルにはそんな俺の言葉さえも、聞こえていないらしい。

 真っすぐに夜のハイウェイを見つめて――彼は、起死回生の一手をどうやら考えているようだった。


「フューリィ。一つだけ確認したい」


「なんだ?」


「お前は自信があるか?」


 なんだその妙な質問は。

 俺は確かに魔法使いだ。同時に、「コルトパイソン」を相棒にして、冒険者をやってきた銃使いでもある。


 しかし、空を飛びながら銃を撃つなんて、そんな曲芸撃ちについては、残念ながら一度だってやったことがなかった。


 つまるところ、フルは俺に、空を飛んであいつらを追跡しろと言いたいのか。


 空中浮遊の魔法については使えないことはないが、高速移動をする物体を追跡するような能力はそれには備わっていない。

 そもそも、この魔法筒――葉巻に込められている魔法量では、空中浮遊など十秒も維持できないだろう。


 無理な話だ。

 できない、と、俺は素直にそれを言った。


 だが、フルはまたそんな俺の言葉を、まるで聞こえていないように一蹴する。


「安心しろ、空を飛ばすのは俺の役目だ」


「はぁ?」


「飛びながら、という表現が適切ではなかったな。


 意味が分からない。


 けれども、それには経験があった。

 向こうで冒険者稼業をしていた際、戦力に劣る部隊の奇襲作戦の一環として、俺と翔は、城の頂上から落下しつつターゲットを窓から狙撃するという、馬鹿みたいな作戦に従事したことがあった――。


 俺はColtパイソンで。

 翔はCz75で、ターゲットの眉間を見事に打ち抜いて、その作戦を完遂した。


 自信があるかないかではない。

 それについては既に実績がある。


「任せてくれ。間違いなく、ターゲットの眉間をぶち抜いてやる」


「……よし、分かった。それで、今回の件についてはチャラにしてやる」


 言葉の意味も、フルがしようとしていることも、さっぱりと分からない。

 しかし、そう応えるしかなかった。


 そうこうしているうちに州間高速道37号線は、同10号線とのジャンクションに差し掛かった。


 末広たちは、そのまま、37号線を更に南へと突き進むつもりらしい。

 と、その時、突然スペシャルマシンハーレーダビッドソンの車体が、左へと折れた――。


「フル!! 違う、そっちは10号線だ!!」


「いや、こっちでいい」


「どういうことだ!?」


「今からフルスロットルであぜ道を突っ切る。揺れるから、これ以上喋るのよしておけ。それと……」


 着地の仕方については、よく考えておけ。

 そう、フルは言うと、宣言通りフルスロットル、ジャンクションを州間高速道10号線の合流車線へと突っ走った。


 あぜ道である、当然、前を行く車はない。一気に黄色いポーツカーに並びかけると、フルのFLHRXSロードキングスペシャルは、それをついに追い越して十号線の合流車線に突入した。


 と、同時に。


 フルはサイドバッグから、斧を取り出すとそれを地面に叩きつけた。


 急ブレーキ。


 そう、脚がハーレーのブレーキペダルに届かないフルは、停車する際にはいつも、ゆっくりと減速している。しかし、止むを得ない事情で急停止が必要な場合、こうして、絶対に折れない魔術鋼の斧を地面に突き刺して停車するのだ。


 その反動たるやすさまじい。車体は完全にUターンし、遠心力により上に載っている人間の身体は大きく揺さぶられることになる。


 そして――。


 その慣性力に身を任せる――というよりも、巻き込まれる形で、俺の身体は大きく弧を描いて空を飛んでいた。


 あぁ、なるほど。

 フルが言っていたことはこのことか。


 州間高速道、三十七号線の上を俺の身体が飛んでいく。ちょうど、こちらに向かってくる黄色いポーツカーの姿が見えた。


 運転席に座っている男が、あり得ないとばかりに、この光景に驚いている中、俺はColtパイソンを構えると、冷静に、そして、口の中にありったけの魔力を吸い込みながら、その引き金を引いた。


 三回、神に祈る時間なんてないさ。


 運転席に座っているバカ野郎の眉間に弾丸が命中させること。

 彼の頭がのけぞって、スポーツカーがコントロールを失うこと。

 そのまま、黄色いスポーツカーが中央分離帯へと激突するのを見届けること。


 そして、俺の身体が対向車線も大きく跳びこして、向こう側のあぜ道へと飛んでいく中――その落下の衝撃を和らげることを考えるので、もう、いっぱいいっぱいだったのだ。


 すまないね。


 しかし、別にお前たちのような奴らのことだ。

 神に祈らなくっても、きっと俺の魂が汚れることはないだろう。


 少なくとも、俺が心の底から尊敬しているスーパーヒーローは、俺のやらかしたことを赦すと、言ってくれた。


 なら、もう、それで十分だ。


 迫って来る、ジャンクションの畦道。

 そこの芝生を急速成長させると、俺は即席のクッションにして、なんとか自分の身体を落下の衝撃から守ることにした。とはいえ、所詮はちょっと雑草を大きく茂らせた程度だ、いったいどれほどの衝撃吸収能力があるという訳でもない。


 満を持してその茂みの中へと俺は突入する。

 そこに待っていたのは、まるで全身をハンマーで殴られたような痛みであった。


 まぁ、おそらくこれがなければ、痛みすら感じる前に即死していただろう。

 ぼろり、と、魔力をすべて吸い取った、魔法筒が灰になって俺の首元に落ちる。熱くて仕方なかったけれども、それをどうこうするよりも先に、まずは、無事に一仕事を終えられた安堵に、俺は浸ることにした。


 空には満天の星。

 満月に近い月が煌々と光る夜だ。

 遠くに野犬の遠吠えが聞こえて、高速道は、事故があったにも関わらず、相変わらず忙しく車が走っている。


 ふと、文香に、この夜空を見せてやりたいと思った。

 しかしね、こういうのは、一仕事を終えて見るから感慨があるのかもしれない。


 やれやれ。正義の味方というのは気持ちのいいモノだね。


 そりゃ、フルもこんなことを続ける訳だと、妙な納得を俺は覚えたのだった。

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