第6話 グッドナイト・グッドムーン・グッドウーマン

 昼過ぎから荒野を駆けに駆け、夜に森へと到着した俺たちは、そこで薪を集めて野営をすることにした。


 相原は終始、「こんな所で野営なんかして、モンスターに襲われるんじゃ」なんて、びくびくとしていたが、大丈夫だ。

 火さえ絶やさなければ、奴らは好んで俺たちに近づいてきたりなどしない。


 渡界前に調達しておいたのだろう。

 胸ポケットから取り出した携帯食料を、もそりもそりと口の中に入れる相原。


 その姿は、なんだか飼い主の帰りを待ちわびる、小動物のようであった。


「そんなんじゃ馬力出ないだろう。ちゃんと肉食えよ、肉」


「……いらない」


「豊野と銃撃戦になったら、刑事のあんたじゃなきゃ問題になるだろうか。俺に豊野の眉間を撃ち抜けっての? いいのかい、刑事が殺人教唆なんかしちゃってさ?」


「けどそれ――肉は肉でも蛙の肉でしょ?」


 そうだよ。

 ちょうどそこを流れている小川で、げろげろげこげこ鳴いてた大蛙だ。そいつを捕まえて、岩に頭をぶつけて撲殺し、皮剥いで内臓取り出して焼いたものになります。


 美味しいよ蛙。

 こっちじゃスタンダードな食べ物だっての。


 鶏肉なんかより俺はこっちのが好きだね。

 癖がなくって食べやすい。


 あぁ、そういや翔の奴も、最初に蛙食べる時に結構ぐずったっけか。

 一度食べたらけろりと慣れちゃってたけどな。

 それからは、燻製にするとか、素焼きに合うソースを研究するとか、いろいろとハマってたけれども。

 懐かしい話だな、まったく。


 一応、異世界案内人を請け負った手前、二人分の蛙は捕まえてきた。

 よく焼けたそいつを差しだすのだが、一向に相原は受け取ろうとはしない。

 仕方がないので、皿代わりに取って来た植物の葉の上にそれを置いてやると、はぁ、と、相原はため息とともに膝の中に頭を沈みこませた。


 スカートが破れてしまったがゆえに、パンチィが丸見えなんだがな。

 まぁ、おっぱいないない娘の股が見えたところで、なんの嬉しさも感じんから、放っておくことにしよう。


「……高島、翔、だっけ?」


「取引先の相手の名前くらいちゃんと覚えようや。社会人何年目だよ」


「……新幹線の移動中に、事務所のホームページを見たんだけど」


「マジで?」


 一応ね、今の世の中は情報社会だからさ。

 俺の事務所もちゃんとドメイン取って、ホームページで広報やっていたりしている訳だよ、これが。


 まぁ、それを見て、うちの事務所にやって来たって人は、一割も居るか居ないかだから、あんまり効果ねえなと思っていたんだけれど。


 見たのかそうか。


 よくわからないなりに自作してみた甲斐があったってもんだな。

 WordPressさまさまである。


「経歴のところに書いてあった、12年間異世界で冒険者してたってあれ、本当?」


「本当本当」


 ほぼ、一緒に翔と行動していた俺が言うんだから間違いないよ。

 あいつは確かに12年間、一度もむこうの世界に戻ることなく、こっちの世界でドンパチを繰り広げていた。


 なんだろうか。


 まさか今更、冒険者という肩書の中に含まれる、不穏当な所が気になったのか。

 やめてくれよ、こっちの世界じゃ命のやり取りなんてしょっちゅうなんだからさ。

 重箱の隅を突くような感じで、逮捕とかしないでいただきたい。


 というか、それは命を賭けて戦ってきた、翔にも、俺にも、翔と俺に倒された冒険者たちにも失礼だと思うんだがね。

 俺たちは、望んでそういう世界に身を置いたんだからさ。


 ちらり、と、相原の視線が上がった。

 脚の中で籠った息が彼女の眼鏡を曇らせている。

 少し、潤んでいるように見えなくもない。

 だが、なんといっても強引な彼女である、そんなことは決してないだろう。


「今、何歳だったっけ」


「32かな」


「20歳でこっちに渡って冒険者になったの? 凄い決断力ね」


「あ、違う違う。むこうで開業して3年になるから、渡ったはのは17歳の頃かな」


「17歳!? まだ未成年じゃないの!?」


「未成年でもライセンスは取れるからね。15歳から始めるハローワークにも、異世界冒険者って、ちゃんと載っているだろう。中卒冒険者なんて結構いるよ」


 まぁ、大半が二十歳になる前にチョンボして死ぬんだけれど。

 冒険者ってのは危ないお仕事だからね。仕方ないよそりゃぁ。


 実際、翔の奴も29歳で死んだしな。


 ……やめよう、それは考えても仕方のないことだ。

 俺たちは、ちょっと派手にやり過ぎたんだ。


 俺の表情の翳りを察してくれたのだろう。この話題にあまり触れてほしくないということを、相原は感じてくれたらしい。

 彼女はまた顔を膝の中へと俯かせた。


 なんだよ。


 人を思いやることのできない、冷血お嬢さんかとばっかり思っていたけれども、そういう優しい所もあるんじゃないか。


 鹿肉か、猪肉だったら食べてくれたかね。

 それならもうちょっと頑張って夕食を用意するべきだった。


 ぽつり、と、また、相原の淡いピンク色をした唇が言葉を紡ぐ。

 それは翔の過去を聞いた代価とばかりに、自分の過去についてのことだった。


「私はさ、17の頃には、学校行って塾通って、家で勉強して――そればっかやってたかなぁ」


「ふぅん、普通だな」


「あんたが変わり者過ぎるのよ」


「ひでえ言いぐさ」


「蛙食べるのに抵抗感を覚えない人間に対しては妥当な評価だと思うんですけど」


「なんか趣味とかなかったの? 勉強漬けの毎日とかってしんどくない?」


「どうだろ。ワーカホリックって言われてるからね、これでも。学生時代から、なんていうか、目の前のやらなくちゃいけないことに対して、一直線って感じで」


「そのくせ、銃の腕前はブロンズなのな」


「……うっさい!!」


 話しかけて来たのはそっちだろうが。

 もっと自然に会話のキャッチボールという奴を楽しむことはできんのかね。


 食い終わった携帯食料の包装紙をぽいと焚火の中へと放り込む。

 焚火の中で、溶けていくそれを眺めながら、どうしてこうなっちゃったのかな、と、相原ちゃんは不意に呟いた。


「公務員試験に受かってさ、勿体ないからって色んな庁を回ってみたの」


「なんで警察庁に?」


「それは、もちろん……女性初の女警視総監!! とか、意気込んでたんだけどね」


「キャリアに乗れなかったのか?」


「刑事部異世界犯罪課よ。実態不明の組織に放り込まれれば、そりゃ、嫌でも自覚しちゃうわよね。それでなくっても、組織体制が後手後手でさ。今回の件だって、私が行くって言い出さなかったら、きっと普通に取引されてたんじゃないかな」


 そりゃ困るぜおい。

 馬鹿に持たせちゃならないのが自動小銃と爆弾だ。


 ヤスクールの奴らが、豊野のAK47を手に入れてみろ。

 10年前の十二月戦争の再来だよ。


 いや、それ以上の悲劇に繋がってしまうだろう。


 いやだいやだとゴネてはみたが、実際問題、これは放っておいてはいけない話だ。相原ちゃんには、頑張って豊野を逮捕あるいは――殺して貰わなくちゃならない。


 こっちの世界の平和のためにも。


 もし武器を手に入れたヤスクールが、侵攻するならアニ国だろう。

 色々と口うるさくって嫌になる所もあるリーナだが、あんなんでも、死なれちまったら悲しいんだよ。


 そしてなにより、自動小銃相手じゃ「魔弾の奏者」も歯が立たない。


 手持無沙汰がなんとも気持ち悪い。

 食わないのなら食うぜと、俺は断って相原ちゃんのために焼いた蛙を手に取った。

 そのぷりぷりとしたモモ肉を裂きながら、俺は彼女の話に耳を傾ける。


「チャンスだなって思ったの。何をするのにも後手後手の課内で、今回の事件を私が解決できたなら、閉ざされていた出世の道も見えてくるんじゃないかって」


「ほんと、考え方がマッチョというか、ワーカーホリックというか。もう少し、気楽に考えて行動できないもんかね」


「気づいたら課長に話をつけて飛び出してたわ。なんていうか、もう骨身に染み込んじゃってるのよね。そういうの」


「分かるわ、今までのやり取りで、それ」


「ありがと」


「その癖、異世界には詳しくないと。お前さん、こっち来るのもはじめてだろう」


「えぇ、そうよ」


 嘘をついても仕方ないしね、とばかりに、あっさりと相原はそれを認めた。


「異世界犯罪課なんて言ってても、実態は異世界行方不明者や、死亡者の名簿を精査するのがお仕事になっちゃってるのよね。まぁ、異世界に常駐して、犯罪が起きないようにする――なんて、とてもやりたい仕事とは思えないけど」


「派出所作ればいいんじゃない。異世界派出所」


「WEB小説か!! って、ほんとよね。それくらいのこと、本当だったらするべきなんだろうけど、どうして日本って国は、何をするにも後手後手なのかしら」


「悪いことばっかりでもないとは思うがね」


「……異世界での犯罪者の死亡率って、貴方知ってる?」


 知らない。

 素知らぬ顔をして俺は彼女の言葉に答えた。


 もちろん本当にその数字については知らない。

 けれど、その問いかけに対して、俺が深く関わっていることは事実だ。


 異世界犯罪者。

 とどのつまり異世界の治外法権を傘に着て、やりたい放題やらかした外道どもだ。

 奴等を処分してきたのは、この手と、胸の中に納まっているリボルバーだ。


 もしかして、相原は俺がそれに関わっていることを知っているのか。


 まさかな。

 行きの新幹線の中で、俺の事務所のホームページを見たって言っている女が、そんなことを勘ぐっているとは思えない。


 それに。

 彼女の瞳は相変わらず、炎の中に溶け込んでいく、携帯食料の包装を見ていた。


「三割。三割の異世界犯罪者が、何者かの手によって始末されてる」


「いいことじゃないか。世に悪のはばからないことはすばらしきかな、さ」


「すばらしくないわよ。そいつらには、然るべき日本の法律でもって処分が下されるべきだったのよ。それを、どっかのが、勝手に私刑を下している……私は、それが許せないの」


 藪蛇な方向に話が進みそうだな。


 どうしようか。

 明日も早いから、もう寝てしまいなよ。

 なんて、彼女に優しく声をかけてあげるべきだろうか。


 それとも、そうだねそうだねと、ドリンキングバードのように、無機質に相槌をつづけてやるべきだろうか。


 迷っているうちに、彼女の熱の籠った視線が俺に向かってきた。

 真夜中に向けられるにしては、ちょっとつらい、覚悟の感じられる女の顔だった。


「だからお願い。絶対に、豊野を私は捕まえたいの」


「……その熱意に応えられるよう、最大限の努力はしてみるつもりさ」

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