第33話 焼き芋会は波乱の予感
「焼き芋会──ですか?」
「そう。前に宰相閣下から、沢山のサツマイモを戴いただろう? 以前やった餅つき大会みたいに、我が家で催ししようかと思ってね」
「はあ」
「それで、アデイラには焼き芋だけでは色気がないから、何種類かサツマイモを使ったお菓子を考えて欲しいんだ。ちなみに開催は二日後ね」
突発的な発熱で倒れてから数日後。
兄のリオネルに呼び出された私は、唐突にこのような事を告げられ困惑状態です。
いや、別にお菓子を考えるのはいいですよ? そういったのを試行錯誤するのは楽しいですし。
ただ、私が言いたいのは、何を持って焼き芋会なる催しをするかの理由についてであって、意図が全く読めなくて困ってるのですが。
しかも期限が短いのも問題アリですよ! もっと余裕というのを頂けないんですか!
現在、リオネル兄様とテーブルを挟んでお茶なう。真ん中には庭のハーブとクリームチーズを混ぜ込んだディップをカリカリに焼いた薄切りバゲットにたっぷり塗って、蜂蜜をかけたり、スモークサーモンや燻製肉を乗せたもの、果物を飾ったもの、と半軽食的なおやつを食べつつ会話中だったりします。
この世界クラッカーがないんですよね。あれば、もうちょっと楽なんですけど。
ああ、でも、このバゲットなら、型抜きして焼けば、おもてなし用に活用できそうな。
だったら、トッピングも甘いのとしょっぱいのをもうちょっと……。
「おーい、アデイラ? 意識をこっちに戻そうね」
「あ」
おっと、よそ事考えてて現世から離脱しかけてましたね。兄様、私の魂の操作が本当お上手で。
「ごほん。失礼しました兄様。それで、参加される方はもう確定されてるのでしょうか?」
一応質問した訳ですが、兄はもう既に招待者には案内状を送ってる事かと。だってこの人そういったのこっちが言う前に終えてる事が多いですもん。だから確認で訊いた訳だけど。
「そうだね。誰が来るか分かっていれば、アデイラも準備するの迷ったりしなくてもいいよね」
兄様はにっこりと笑みを貼り付け、私にリストの載った紙を渡してきます。
うちの父様と母様は微妙でしょうね。母様は妊娠中で派手に動けないし。父様も外交タイプじゃないから、おもてなしは基本ガイナスにお任せだから。
って事は、ガイナスが矢面に立って大人達の対応してくれるのかな。まあ、そつなくやってくれるから、その点は全く心配してませんけどね。
他はうちの使用人達は、今回参加はできないっぽい。途中こっそりと差し入れしていけば問題ないかな。私も彼らが食べれるようにいっぱい用意しなきゃね。
「あー、やっぱり来るんですね。クリスもカールも」
「毎回毎回うちに来なくてもいいって言ってるんだけどね。ま、クリスは食べ物ばかりが目的じゃないけど」
「そうなんですね」
ちらっと兄を見れば、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべてるのを察し、サラリと言葉を受け流す。
クリスが我が家に来る理由がお菓子ばかりじゃないのは、この間号泣した時の彼からの対応で薄々とだが感じていた。
たださぁ、私まだ十歳のおこちゃまなんですよね。兄たちは十三歳で、多少の色恋に芽生えつつあったとしても、私無邪気な子供。色気よりも食い気大好き世代!
恋愛のあれやこれやは早いと思うのです!(少女の主張)
「あのお二方が揃うって事でしたら、お菓子だけでなく軽食もご用意した方がいいですね。サツマイモをメインにするとしたら、天ぷらかなぁ……」
サツマイモの天ぷら、美味しいよね。表面の衣はカリッと、中は蒸されてホクホク。材料もすぐに用意できるし、時期的に衣を休ませるのも氷室で十分可能だし。
「あら、天ぷらですか。懐かしいですわ」
「リナはテンプラの事を知ってるの?」
そういえば、この家では天ぷらってまだ未披露だったな。
「ええ、私の祖国での家庭料理です。他にも野菜だけでなく、海鮮もお肉も果物の天ぷら等もありましたわ」
兄のメイドのリナが、頬に手を添えてどこか懐かしむように遠くへと視線を馳せている。東の国では家庭料理なんだね。良かった、下手な事を言ってたらボロが出てたかも。
兄様は前世の話をしてるからいいものの、リナに聴かせる訳にはいかない。
とはいえ、興味はある訳で。
「ね、リナ。氷菓を天ぷらにするって書物にあったんだけど、リナの所でもやってた?」
書物とかのたまってるけど嘘です。前世でテレビで観て知識はあるんですよ。一回も口にした事ないけどさ。
考えてもみてよ。ベッドの住人が気軽に天ぷら食べに外出なんて出来なかったし、素人で作るのも不可能だったしね。
「氷菓の天ぷらですか……。そういえば、ミルクで作った氷菓を天ぷらにしている方がいましたわ。空間魔法で溶けないようにして、一気に揚げるそうですよ」
「空間魔法」
いける! いけるじゃないか!
我が家に一人いるじゃない、空間魔法が使えるカイン君!
「兄様、氷菓の天ぷら可能です! 甘いのとしょっぱいの両方できますよ!」
「ああ、うん。興奮するのはいいけど、メインは焼き芋だからね」
呆れたように嗜めてくる兄様ですが、私のテンション爆上がり中。サクホコなサツマイモの天ぷらと、カリトロなアイスの天ぷらとか絶対幸せになりますね!
あとはサツマイモとかぼちゃとレーズンのサラダも入れたいし、大学いもも作りたいなぁ。糖蜜で代用できればいいんだけど。
「分かってますよ、兄様。あ、リナ。天ぷらの時はお手伝いお願いしてもいい? 衣の調整を頼みたいんだけど」
「ええ、構いませんよ。久しぶりに作る事になるので、その前に一度試しに作ってもよろしいですか?」
「勿論! 私の方でも氷菓を作って準備しておくね」
わーい。アイスの天ぷら楽しみだなぁ。
ホクホク顔でリストの続きを眺めていると、最後に綴られた名前に全身が強張る。
ルドルフ・ギリアス公爵子息。
まさかあんな事があって間を置くことなく、この名前を見る事になるなんて。
「兄様、ルドルフ様がいらっしゃるのは本決まりですか?」
多分声は震えてるだろう。自分でも喉がヒクヒク痙攣しているのを自覚している。
私、兄様に言った筈だ。未来は変わったとはいえ、物語の私が辿るかもしれない未来の悪夢の事も。それなのに、何故兄はルドルフ様を招待したのだ。
「勿論。今回のサツマイモはギリアス公爵領の物だしね。彼からは自身の領地の特産物の運用の為に勉強したいとの申し出があったし」
「ですが……、私言いましたよね……」
ああ、泣きそう。さっきの天ぷらの高揚感とか一気に萎んで、手の中のリストを破ってずっと引きこもりたい。
「対処療法だよ」
「たいしょりょうほう」
「そ。ああ、リナ。悪いけど、人払いをお願いしてもいいかな。君も一緒に席を外してくれると助かる」
「……承知いたしました。御用の時はいつものようにお呼びください」
美しい所作でリナがお辞儀をして、本当音もなく退室していった。俯いていた私の耳に扉が閉じる音に続き「さて、アデイラ」と兄の声が私に呼びかける。
「今回の事は僕の一存で決定した。正式に招待状を出して返答が来た以上、こちらの都合で喚んだ客人を断る事はできない。それは分かるよね」
「分かります。私だって何度かお茶会には参加していますから。だけど、どうして前もって言ってくれなかったんですか? それなら、私だって色々考えたのに」
会に参加しないとか、屋敷から離れてドゥーガン領の本宅に行くとか、いっその事王都から離れて逃亡するとか出来たかもしれないのに。
「だからだよ。前もってアデイラに相談したら、君の事だ、絶対逃げ出すに決まってる」
逃げ出すなんて、と反論したかったが、今しがた脳内で浮かべたばかりなのもあり、否定できないまま渋面を作る。
「君がルドルフを恐れてるのは理解してる。もし自分がアデイラだったとしても、ルドルフを恐れるだろうしね。だけど」
「……だけど?」
「君は気づいてないかもしれないけど、直接この世界のルドルフに会ってないよね。君の知ってるルドルフとこの世界のルドルフが同一存在だと思ってるから、こうして怯えてるんじゃないのかな」
私の知ってるルドルフとこの世界で生きているルドルフ。
「気づいている筈だよ。僕だって、君の中の僕と今の僕がもう違ってるって」
そうだ。物語の兄様は父母を失い幼い時にドゥーガン家の主になってて、アデイラとは仲が悪く、心に傷を負った悲しい人だった。
だけど今の兄様は、両親健在で私とも仲良くしてくれ、領主の勉強をしつつもクリスの片腕を務める為の努力もしている強い人。
「正直、強硬手段を取ったとは思ってる。でも、そうでもしないと、アデイラはずっとルドルフから逃げ続けるんじゃないかな。彼は僕の友人だしね、仲睦まじくなれとは言わないけど、将来の臣下と交流してもいいとは思うけどね」
兄様は言いたいことを言い切り、冷めたお茶を喉に流している。
「ねえ、兄様」
「ん?」
「ルドルフ様って、兄様から見てどんな方なんですか?」
私は震える手でスカートを掴み、独り言のように言葉を落とす。
「僕主観でいいなら」
「それでもいいです」
兄様はカップをテーブルに戻し、私を見据えたまま話し始める。表情は緊張した感じでも、意地悪をしようとしてる訳でもなく、淡々としていた。
「ルドルフはね、将来宰相を継ぐ事が約束されているからか、幼い頃からおのれを律し、四角四面な子だったよ。良くも悪くも真面目が服を着ている感じ。まあ、クリスが割と昔はワガママ王子だったからね。あの頃は常に目を吊り上げては説教してたかな。それがまた理路整然としてるものだから、僕は好ましく思ってたけど、クリスは煙たがっていたかな。カールはいつも遠くで眺めては笑ってたけど」
つまりはルドルフはお話と同じタイプの人間で、ワガママ放題のクリスは倦厭してて、カールは遠くでヤブヘビにならないように静観してて、兄様は真面目なルドルフ様に好感を持っていた、と。
話を聞くに、下手に関わると私の未来は闇色にしか思えないんだけど。
「だけどね」
「え?」
「だけど、最近のルドルフは雰囲気が凄く変わったかな。相変わらず真面目一辺倒なんだけど、ちゃんと人の話を聞くようにもなったし、一方の情報だけで判断しなくなったかも。この間、アデイラが作ったプリンをルドルフに自慢したって話したよね」
確かにクリスからそんな話を訊いた気がする。
「その時にルドルフからお礼を言われたよ。長年生のまま献上する以外に道がなかったサツマイモを、他の人も楽しめるようなお菓子にしてくれて、しかもレシピまで無条件で教えてくれた事に感謝したいってね」
にっこりと笑みを深めて話す兄を、私はただただ頭が追いついておらず、ぼんやりと見ているだけだった。
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