第11話 隠密行動はじめました

 ほとんどの準備はできたものの、まだ杵が完成というには至ってないため、先に両親の動向を調べる事から始める事にしました。


 と、言っても私まだお母さまにお会いしたことないんですよね。お父さまは以前ちらっとお姿だけ見ることはできたのですが……。

 そんな話をお茶の時に兄に相談したら。


「あの人たちはね、だいたい陽が昇るより少し前に帰ってきて、母はそのまま寝室に向かってるようだし、父も執務室に一時間ほど籠った後に王城に向かってるようだよ」


 そっけない返事が返ってきたのですが、よくよく観察してみると、兄は無関心というより二人が夫婦としても親としてもちゃんとしていないことに不満があるようです。

 というか、なぜそんな早朝の様子を知ってるんだ兄よ。


(そりゃそうか、七歳の少年だもんね。いくら大人ぶってはいても、まだまだ子供で、親の愛情が欲しい歳はずだよね……)


「! いひゃいれすっ、おにいしゃまっ」

「あ、ごめん」

「痛いではありませんかっ! 突然どうされたのですっ」


 ぼうっと思いに馳せていると、唐突に頬をつねられ、兄に抗議したのですが。


「なんだか、アデイラに憐れまれてる気がしてね」

「……。まーさーかー。尊敬こそしても、憐れむなんてしませんわ!」

「……そう?」


 このひと、実は超能力とかあるんじゃなかろうか。

 兄の烟る青い瞳を横目でじっとり見ながら痛む頬をさすりつつ、余計な考えは捨てようと心に決めた。

 下手なことを言ったら、今度は何をされるか分かったものではない。



 さて、閑話休題。かくゆう私も六歳の幼女で、両親の愛というものを欲する年齢なんだけど、そこは置いておいて。


 頬の痛みが治まってきたので色々両親について掘り下げてみると、なんとお母さまは現在二十四歳とのこと。前の私の年齢よりも若いのに、二児の母とか!

 なんてこと……。昔の私が病院のベッドで無機質な生活を送ってた時にはお母さまはアハンウフンな事をして、兄や私を産んでたのか……。

 こちらの結婚制度を低くしていたのが災いした。……うぅ、涙が出てくるぅ。


「アデイラ? どうかしたのかい?」

「……いいえ、お兄さま。ちょっと紅茶が塩辛く感じただけですわ……」


 へたりそうになるのを誤魔化してお茶を飲んでみたのですが、塩辛く感じたのは私の涙のせいではございません。ええ、違いますよ。リア充爆発しろなんて思ってませんから!

 ……嘘です。ものすごく悲しいです。もう泣いちゃってもいいですか?


「そうかな、普通に甘いと思うのだが……」


 私の言葉にリオネル兄さまは首を傾げてた。うん、普通にミルクティーだけど、心の涙がしょっぱくさせてんだよ……。


(あの頃は恋愛とか彼氏とか特に求めてたっていうのはなかったんだよなぁ。たまに病院の庭で話してた女の子や男の子の恋愛話に付き合わされてたりしてたけど。どちらにしても、いつ死んでもおかしくない私が恋愛とかなかったからなぁ)


 しかし、転生した今頃になって、こうにもへこむ案件になるとは思ってなかった。


 同じようにしょっぱいマドレーヌを食みつつ、背中にどんより線を背負った私なのだった。






 さて、いつまでも落ち込んでも仕方がないので、レイとミゼアに頼み込んでいつもより早く起床の報せをするようにしてもらい、こっそりと両親の様子を見ることにしたのである。

 ミゼアが開いてくれたカーテンの向こうは、まだ夜の紺色が静かに空のほとんどを覆っていたものの、よくよく見てみれば地平線がうっすらと白く帯を作っている。多分、そんなに時間を置かず朝がやってくるだろう。

 

 眠気眼ねむけまなこでぼんやりと考えていると、手早く二人が着替えをしてくれる。

 今日は前の昼に頼んでおいた、黒に近い紺色のシンプルなワンピース。元々は我が家のメイドの制服をアレンジしてくれたものなんだけど、そもそも生地がいいものを使ってるからか着心地はとても良く、裾と袖口と襟にあしらわれた生成りのニードルレースの緻密な模様が、動くたびに色んな顔を見せてくれた。

 ぶっちゃけると、ものすごく可愛い! お揃いで太めのリボンも、共布に同じレースでフチ取りされてて、こっちも可愛いんだよね!

 眠気が飛んじゃうくらいテンションが上がる!


ま、生地やデザインの良さも求人には大切な部分なので、そこを疎かにしないのは、ガイナスの手腕によるところだろう。

 ぱっと見メイドっぽく見えるのもポイント。もし、他の人に見つかったとしても、まだ夜も明けてない薄暗さの残る廊下では大まかなシルエットでしか判断できないだろうし。


「じゃあ、行ってきますわね」

「アデイラ様、やはり私たちもご一緒したほうが……」


 意気揚々とドアに向かった私の背に、ミゼアの心配げな声が撫でてくる。


「だいじょうぶ。逆にぞろぞろ揃って行く方が目立っちゃうわ」


 振り返り苦笑して告げた私の言葉に、「それもそうですね」と同じように苦い笑みで返すレイ。


「すぐに戻ってくるから心配しないで。帰ったらお茶にしたいから、用意してくれるとうれしいわ」


 コテンと首を傾げて、上目でおねだりする。すると、私のメイドたちは「お帰りをお待ちしております」と、渋々了承してくれたのか、微笑を浮かべて見送ってくれたのだった。

 ふふふ。『必殺☆美少女が上目遣いでおねだり』作戦成功!


 私の部屋は二階の端にあるせいか、人の声もなくしん、と静まり返っている。

 特にこのドゥーガン家の屋敷は、石造りの四階建てで、西側はメイドや執事や従者、それから下働きの人たちが寝食を過ごす場所で、東側が私たちドゥーガン家の家族が過ごすプライベート空間となっている。あとは前庭と裏庭があって、そのどちらも草花や木々が綺麗に配置されていて、とても目の保養になるのだ。

 ちなみに両親の寝室や執務室は二階にあり、いつ通っても寒々としていたのを、リオネルにいさまに案内されてた時に思ったものである。

 というか、リオネルにいさまも過保護だなって思う。前世の記憶は戻したのは事実なんだけど、一般的な貴族の教養や知識、私がアデイラ・マリカ・ドゥーガンとしての記憶が綺麗さっぱり消えた訳ではない。そういった地の上に、前の私としての記憶が新しい土として撒かれ混ざった感じかな。

 だから、屋敷の構造とかも知ってたんだけど、前世の記憶があると告白してすぐに、兄は私に屋敷を案内してくれたり、貴族として生きるに困らない知識を教えてくれたのである。


「優しいな、おにいさま」


 前の私は一人っ子だったので、アデイラになってできた兄という存在に、どんな距離で接していいのか戸惑ってたけど、同時に兄の優しさに胸が擽ったくもなったりした。


「だからこそ、私が作った未来を覆すために、私が頑張らなくちゃ」


 どこまでできるか分からない。自分の創作した世界とはいえ、私の知らない部分も多々あるこの世界で、バッドエンドを回避しつつ、みんなで幸せになるために少しずつでも頑張るしかないのだ。


 その一環として両親の仲を修復しようキャンペーンなのである。




 暗い廊下をほとんど手探り状態であるいたせいで、いつもの倍以上の時間がかかったけど、ようやく一階のエントランスまで辿り着く事ができた。

 だだっ広い空間に、もてなすように配置した彫像や絵画が出迎えるように置かれているのを、壁に備え付けた燭台の蝋燭の光で揺らめくように影を浮かべる。


(うーん。科学の発達した前の世界がどれだけ有難かったのかを今頃知るとは)


 夜でも昼間のように明るく、不夜城のようだった街。お店は二十四時間開いてて、深夜遅くまで地下鉄や電車が動き、馬車の代わりに鉄の自動車が道に光の川を作る。

 私は助からずにこの世界に転生しちゃったけど、医療水準もこっちに比べると雲泥の差だ。

 貧富の差で生死が分かれると言っても過言ではない。

 そのあたりもいつか改善できればいいな、とは思うけど、女が出しゃばることのできないこっちの世界のルールがあるから、いつかにいさまに進言できればいいかな。


(それに、あれもこれもって欲張ると、いつかどこかで歪みができちゃう可能性もあるし……)


 まずは目先の改善とまっすぐに向き合わなくてはね。


 と、像に隠れるようにして暗いところに立っていた私の耳に、カツンコツンと複数の靴音が聞こえ、はっと身構える。もしかしてお母さまかお父さまのどちらかを迎えるために誰か来たのだろうか。


 そっとうかがっていると案の定、ガイナスを先頭に後ろにメイドを二人従えてこちらにやってくるのがぼんやりと分かった。

 ガイナスはメイドたちに何かを指示したのか、メイドたちが私から見えない所に消えたと思った途端、蝋燭の明かりだけだったエントランスがオレンジ色の光に満ち出す。

 目線で光の元を探し上に向けると、シャンデリアが煌々と明かりをまとって輝いている。


(あのシャンデリアって魔石の力で光ってたんだ。というか、あのシャンデリアの一つ一つが魔石だったりして?)


 うわぁ、魔石万能説ってもっと近くで見てみたかったけど、いかんいかん、隠密中なのだ。

 今度おにいさまと一緒に試してみようと考えていると、扉がギイと軋む音が聞こえ、意識をそちらに移す。

 カツンとヒールを鳴らし姿を現したのは、艶やかで豪奢なレモンイエローの夜用ドレスを纏い、ペリドットとダイヤモンドが首と結い上げた白金の髪を彩り、若々しさの中にも妖艶な雰囲気を醸し出しているのは、私と同じ菫色の双眸。


「あの人は?」

「まだ帰っておりません」


 冷ややかに告げた声にガイナスが恭しく返すと、「そう」と長い睫毛を伏せたその人は、私の創った物語で一年後に心中して亡くなる元皇女で私の母である、エミリア・マリカ・ドゥーガンであった。

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