クロヌコですが、何か?~とある黒猫の人間観察~

クロニャンコスキー

第1話 保護されましたが、何か?

 突然だが、俺は『人間』が大ッ嫌いだ。

『人間』は勝手だ。

 都合の良い時だけ可愛がり、飽きたら捨てる。

 俺たちはいつもそうやって翻弄されて生きてきた。


 今思えば、俺も生まれた時は『飼い猫』だった。

 だが、飼い主が俺が『黒猫』というだけで、生まれて間もない俺を捨てたのだ。

 俺は生きるのに必死だった。

 捨てられた俺を不憫ふびんに思ったのか、色んな人間が餌を与えてくれては、自分の家に連れて帰った。


 しかし、ことごとく元の場所に追い返された。

『黒猫』という理由だけでだ。


 俺は何で『黒猫』なんかに生まれたんだろう。

 俺は自分自身を呪った。

 人間の家でのうのうと生きている飼い猫を恨んだこともあった。

 だが、いつまでもくよくよしてても仕方が無い。


 俺は『野良猫』として生きる覚悟を決めた。


 そんな時一匹の年上の野良猫と出会った。

 キジトラ柄のたくましく、りりしい面構えの猫だった。

 俺は『彼』から『野良猫』としての処世術しょせいじゅつを学んだ。

 通行人への媚びの売り方、餌場、カラスと対決する時の心得、等等。

 後で野良猫仲間から聞いた話だが、『彼』はこの辺一体の縄張りを仕切る親分的存在だった。


 俺はいつしか『彼』から『クロスケ』と呼ばれるようになり、俺も『彼』を『トラ兄ィ』と呼ぶようになった。

「おい、クロスケ!今日は例のスーパーから、マグロをかっぱらうぞ!」

「マジっすか?!」

「おう、たまにはご馳走を食わなきゃな。いつもいつも『こんびに』とかいう所  の残飯ばっかじゃ飽きてくるだろ?」

「まあ、そりゃそうっスけど…。」

「俺の記憶が確かなら、今日は例のスーパーが魚の特売をやってるはずだ。だから 魚の骨がたんまり出てくるはずだ。」

「あの骨に残ったマグロの身、たまんないっスよね!」


 ※)因みに人間には二匹の猫がにゃーにゃー言っている風にしか聞こえませんw


 俺達二匹はそう言いなが、例のスーパーに向かい、魚の残飯が捨てられる所で、その時を待っていた。

 すると…。

 スーパーの裏口から店員らしき中年の女性が透明のゴミ袋を持って現れた。

「よし!行くぞ!」

 俺達はその女性に近づくと、ありったけの愛嬌あいきょうを振りまいた。

「おや、また来たのかい。」

 店員は苦笑いをしながら、俺達に近づいて来た。

「あんたら、これが目当てなんだろ?ちょっと待っててね。」

 店員はゴミ袋の中から、身が微かに残っている魚の骨を取り出した。

「ほら、おたべ。」

 俺達は差し出された魚の骨にかぶりついた。


 旨い!!!!!!


 やっぱり新鮮な魚は格別だ。

 俺達は夢中で食べた。

 夢中で食べている俺達を見て、店員はニコニコしながら頭を撫でてきた。


 人間なんてチョロイもんだ。


 ちょっと愛嬌あいきょうを振りまけば、このざまだ。

 どうせ俺達を飼う気も無い癖に、こっちが下手に出れば直ぐに餌を与えて、えつに浸る。

 そして、一通り満足したらさよならだ。


 まあ、野良猫を長くやってると、もうこのやり取りにはすっかり慣れてしまった。

 慣れてしまえば、野良猫も案外気楽なものだ。

 こうやって、俺は一生を終えていく…。

 そう思っていたし、そのつもりだった。


 が、事件は突然起きた。


 ある日、保健所の人間共がやってきて、俺達野良猫を一斉に捕獲し始めたのだ。

 トラ兄ィを含め、俺も、仲間も、そして俺達が面倒を見ていた『弟』達も皆散り散りになってしまい、俺達の『群れ』は自動的に解散してしまったのだ。


 そして、俺はまた、一匹になってしまった。


 これからどうしよう…。

 どうやって生きていこう…。

 皆はどうなったんだろう…。


 俺は昼間は極力身を潜め、夜に徘徊はいかいするようになった。

 縄張りだった所を。

 逃げ切った仲間は居ないか、どっかに居るんじゃないか?

 そう信じて探し回ったが、仲間は一匹たりとも見つからなかった。


 もう、抜け殻だ。


 俺はあてもなくトボトボと深夜の街を彷徨さまよっていた。

 その時だった。


 猛烈もうれつなスピードで車が暴走してきた。

 しまった。油断した。

 しかし手遅れだった。


 俺は、車にはねられた。


 全身に痛みが走る。

 これはヤバイ。

 だんだん意識が薄れていく。

 仲間達の顔が走馬灯そうまとうのように浮かんでは消え、浮かんでは消え。

 とうとう、俺は意識を失った。


「おい!大丈夫か?」


 ん?誰かが呼んでる…。

「生きてるか?」

 俺は目を覚ました。

 ここは何処だ?

 見上げると天井がある。どこかの施設のようだが…。

「おい、黒いの。大丈夫か?」

 声の主の方へ恐る恐る顔を向けてみる…。

 そこには、茶色のトラ柄の猫が居た。

「やっと気づいたみたいだな?」

「ここは、何処だ?」

「ここは動物病院だよ。猫専門の。」

「猫…。専門…、病院?」

 俺は体を起こそうとしたが、体が痛くで動かせない。しかも頭がガンガンする。お尻辺りに何かが刺さっている感触もある。そして、首周りにも何か首を固定するような物が付けられている感触がある。なにせ体中が痛くて自分の体がどうなってるのか分からないのだ。

「オイラ、ミルクってんだ。よろしくな。」

「あ、ああ。」

 ミルクと名乗る茶トラ猫は俺の体の匂いを嗅いできた。

「お前、野良だな?」

「どうして、わかる?」

「オイラ、飼いだからさ、野良か飼いかは匂いでわかるさ。」

「そっか…。」

 どうやら、おれは助かったみたいだ。しかし、車にはねられてからの記憶がない。

「なあ、ミルク。俺は何でここに居る?」

「決まってんじゃん。保護されたんだよ。」

「保護?」

「そう、ほ、ご。」

「誰に?」

「人間に決まってんじゃん。」

「は?」

「他の野良が担いで来たとでも思った?」

「…。」

「あのさー。オイラ達猫が寄ってたかってお前を担いで来て訴えても、人間達にはニャーニャーとしか聞こえないだろ?」

「まあ、そりゃそうだが…。」

「それに、お前の手当するのだって、病院の人間がタダでやってくれると思う?野良のお前には分からないかも知れないけど、俺達を飼うのも、病気や怪我の治療をして貰うのも、皆ご主人様がを払ってくれてるの!」

 俺はミルクに訪ねた。

「じゃあ、誰が俺をここへ?」

「可愛い女の人だったよ。たぶん。」

「多分?」


※)えー、何度も言うようですが、人間には二匹の猫がニャーニャー鳴いているようにしか聞こえません。


「んー。オイラも一昨日おとといご主人様にここに連れてこられて来て、よ く分かんないんだよ。お前の事。オイラも昨日目が覚めたばっかりだからさー。気が付いたら、横にお前が居て、お前もずっと寝てたし。ただ…。」

「ただ?」

「お前が寝ている間、その可愛い女の人が何度も様子見に来てたからさ、多分その 人が、お前を保護したんじゃないか?」

 俺は、それ以上尋ねるのをやめた。

「まあ、また来るだろうからさ、それでわかるんじゃね?」 

「そうか…。そうだな。」

「じゃあ、オイラ疲れたから、寝る。」

「ああ。」

「邪魔すんなよ。昼寝はオイラの趣味だからな。」

 ミルクはそういうと、俺に背を向け、体をグテーっと伸ばして眠り始めた。


 とにもかくにも、俺は一命を取り留めた。

 そして、知らない人間に保護された。

 いや、保護されちゃったのである。


【つづく】









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