久しぶり食べるお昼は賑やかで 感謝とともにお米噛み締め (*´人`*)

 翌日の昼休み。私はお弁当や飲み物の入った小さなバッグを持って化学室へと向かう。

 先輩達は一緒にお昼ご飯を食べてくれるとは約束したものの、もしも当人達は冗談のつもりで、実際には化学室に誰もいなかったらどうしよう。そんな不安が頭をかすめる。

 いや、でも、小田桐先輩はいい人そうだし、さすがにそんな事は……しかし私を入部させるために「アホっぽい短歌」を過剰に褒めてた事も判明したしな……実は腹黒い可能性だってある。


 ぐるぐると思いを巡らせていると、いつのまにか化学室の前についていた。

 果たしてこの扉の先に、本当に先輩達はいるだろうか。もしも誰もいなかったら……ずっと待っていても誰も来なかったら……

 そんな恐ろしい考えを打ち消すように、私は頭を振る。

 ネガティブな感情を無理やり追い出すと、おそるおそる化学室のドアを開けてゆく。

 するとそこには既に二人の人影が。

 先輩達だ。よ、よかった……


「森夜、お前、なんでちょっと涙目なんだよ」

「だ、だって、二人ともちゃんと約束守ってくれたから……」

「それって、僕たちが約束を反故にするような薄情な人間に見えてたって事? ひどいなあ」

「す、すみません、そういうわけじゃなくて……!」


 慌てて謝ると、小田桐先輩は「冗談だよ」と笑って許してくれた。

 やっぱりいい人だ。疑ったりして本当にごめんなさい。


 早速みんなでお弁当を広げると、奇妙なことに気づいた。日比木先輩のお弁当がふたつあるのだ。それも女の子が食べるような小さめのお弁当箱が。


「日比木先輩、どうしてお弁当がふたつも……?」

「こんな小さい弁当、ひとつじゃ足りないからな」


 ……よくわからない。それなら最初から大きいお弁当を持ってきたらいいのに。

 私の疑問に答えるように。小田桐先輩が口を開く。


「そのお弁当は、同じクラスの女子が毎日日比木のために作ってくれるんだよ」

「え? それって、もしかして、先輩の彼女さんですか?」


 それなら、こんなところで私と一緒にお昼休みを過ごしている場合ではないのでは?


「ちげーよ。昔俺が毎日昼メシに菓子パン食ってたら、ある日『日比木君、そんなのばっかり食べてたら栄養偏っちゃうよ。そうだ、明日からあたしがお弁当作ってきてあげるね』とか言い出した女子がいて、そしたら何か知らねえけど他の女子も『私も作る』とか言い始めて……それから何故か日替わりで女子が弁当作っては持ってきてくれる流れになったっていうか……結局それでも足りないから今まで通りパンも食ってたら、途中から弁当持ってきてくれる女子が一日二人に増えてさ」


 それって完全に日比木先輩に気があるんじゃ……? 手作りのお弁当を渡すなんて相当だ。もしかして先輩って女子に人気あるのかな。


「先輩は断らずにそのお弁当を受け取ってるんですか?」

「だって、向こうが勝手に持ってくるし……それに俺もちゃんとした昼メシ食いたかったっていうか……」


 言いながら先輩の声が弁明するように小さくなってゆく。一応お弁当を貰うことに対しては引け目を感じているみたいだが、人間の三大欲求の一つには勝てなかったようだ。

 でも、断らずに受け取っていたら、お弁当を作ってくる女の子達だって期待しちゃうんじゃないかなあ……それとも、本当に先輩の栄養状態を心配してるだけ?


 私はこっそり日比木先輩の顔を観察する。

 うーん、確かに顔は整っていてかっこいいかも。ちょっと目つきが鋭くて、やっぱり怖そうだけど。そんな先輩に平気で話しかけられる上にお弁当まで渡せてしまう女子ってすごいな。しかも話からすると相当数存在するみたいだし。

 でも、かっこいいといえば、小田桐先輩も眼鏡が似合っていて知的でかっこいいと思う。精神的にもイケメンだし。ちょっと眼鏡フェチっぽいけど。

 しかし、ぼっちの私がそんな二人と友達になれた上に、一緒にお弁当を食べる日が来るなんて思いもしなかった。これも短歌部のおかげなんだろうか。もしも短歌の神様がいるのなら感謝の意を伝えたい。

 そんな事を考えていたら、日比木先輩が箸を伸ばしてきて、私のお弁当箱から唐揚げをかすめ取っていった。


「あっ、なんて事するんですか! ベストタイミングで食べようと思って大事に残しておいたのに!」

「だって、お前の弁当の唐揚げ美味いし」


 昨日おかずを分けてあげてから、私のお弁当の唐揚げが気に入ってしまったみたいだ。我が家の味を褒められるのは悪い気分じゃないが、だからといって無断で取っていくなんてひどい。私だって楽しみにしてたのに。

 私がむくれていると、


「そんな顔すんなよ。代わりにこっちの弁当分けてやるから。おにぎりとおにぎらずのどっちがいい?」

「どっちもお米系じゃないですか!」

「冗談だって。ほら、これやるよ」


 そう言って先輩が私のお弁当箱に押し込んできたのはアスパラのベーコン巻き。

 でも、これって元々は先輩に自分の料理を食べて欲しい女子が、一生懸命作ったものじゃないのかな。そんなものを私が貰ってしまって良いんだろうか。

 ちらりとそんな事を思ったが、先輩だってお母さんが私のために作ってくれた唐揚げを食べてしまったわけだしお互い様だろう。そう考え直して、結局アスパラのベーコン巻きは美味しくいただいた。




 その日以降、先輩達は朝だけじゃなく、放課後も私の帰宅時間に合わせて部活を早めに切り上げて一緒に下校してくれるようになった。私が「友達と登下校したい」と口走った事がきっかけらしい。

 朝はともかく下校時まで付き合わせるのは申し訳ないとも思ったが、ひとりで登下校する孤独感に耐えられず、先輩達の厚意に甘えさせてもらっている。小田桐先輩が塾に行く日は日比木先輩と二人きりなので、ちょっと緊張するが。


 けれど、そんなふうに日比木先輩と二人きりの時、私の作った


【外国の本に出てくる未知なるお菓子 想像しながら煎餅かじる(*‘ω‘ *)】


 という短歌に対して


「『未知なるお菓子』ってなんの事だ?」

「それはほら、あれですよ。あの『ナルニア国物語』に出てくるあれ」

「あー、あれか。あれは確かにどんな味か気になるよな。あの……なんだっけ、あれの名前」

「そう、あれです。なんでしたっけ、あれの名前」


 と、名前の出てこないお菓子の話で盛り上がった。

 もしかして、日比木先輩も思ってたよりずっと怖くないかも。

 ちなみに後で小田桐先輩に聞いたところによると、そのお菓子は「ターキッシュディライト」とかいう名称らしい。名前を聞いてもぴんとこない。やっぱり未知なるお菓子だ。機会があれば食べてみたい。


 そんな事がありつつも、今日も先輩達と一緒に通学路を行く。誰かとお喋りしながら歩く道路は、なんだか今までとは違って見える。以前はどんよりと見えたアスファルトさえ輝いているようだ。

 ああ、友達っていいなあ。


 そんな楽しい日々が続いていたある時


「森夜さん」


 午後の休み時間に教室で名前を呼ばれた。先輩の声でも教師の声でもない。可愛らしい女の子の声。

 どうでもいい事だが、私はお昼以外の休み時間は大抵読書をして過ごしている。ぼっちの私が時間を潰すにはこの方法が一番なのだ。歴史小説で身につけた知識は、意外と試験で役立ったりもするし。

 まわりの生徒達が仲の良い友達と楽しそうにお喋りする中で、ひとり黙々と本を読むのはやっぱり寂しいが。

 そんな状態から名前を呼ばれ、読んでいた文庫本から顔を上げると、同じクラスの女子が六人ほど私の席を取り囲むように立っていた。この中の誰かが私の名を呼んだようだ。

 そのうちのひとりが机に両手をついて身を乗り出す。


「森夜さんて、最近日比木先輩と小田桐先輩の二人と一緒に登下校してるよね。一体あの人達とどういう関係なの?」


 尋ねてきたのはこのクラスでも、いや、学年でも一、二を争うおしゃれ女子といっても過言ではない。明るい色に染めた髪をいつもかわいらしくアレンジしたり、スカートの短いスレンダーな女の子。私とは対極に位置するリア充女子代表の桜坂さくらざかことみさんだ。今日も制服の上から可愛らしいカーディガンを羽織っている。

 普段の私なら、クラスの女子に話しかけられようものなら、友好度アップイベント的なものを期待して舞い上がってしまうのだが、桜坂さんの突然の問いと、その奇妙な迫力に気圧されて、しどろもどろになりながら答える。


「ええと、あの二人はその、同じ部活の先輩で……」

「部活?」

「うん。短歌部の」

「タンカブ? タンカブって何?」

「その名の通り短歌を作る部だよ。五七五七七のあの短歌」


 私の答えに


「そんな地味な部活あるんだ? 意外」


 などという声も周りから上がる。

 確かに、私も掲示板のあのポスターを見るまでは部の存在すら知らなかった。いまだ知らない人がいても無理はない。

 桜坂さんはしばらく何事か考えていたようだったが


「ふーん……それじゃあ、森夜さんがあの二人の先輩のどっちかと付き合ってるとか、そういうわけじゃないんだ?」


 予想外の言葉に、私は手にしていた文庫本を取り落としてしまった。

 な、なにを言ってるんだこの人は!


「ま、まさか。全然違うよ!」


 付き合ってる!? 一体どこからそんな発想が出てくるというのか! ただ一緒に登下校しているというだけで!

 私の否定の言葉に、周りの女子達は顔を見合わせた。心なしか、それまでかすかに漂っていた緊張感も緩んだような気がする。


「なんだ、よかったあ」

「だから言ったじゃん。そんなのありえないって」


 中にはあからさまにほっとしている子もいる。ありえないってどういう意味だろう。その問いの答えは返ってこないまま、女の子たちの話は盛り上がってゆく。


「あの二人、かなりレベル高いよね。背も高いし」

「わかる。小田桐先輩は眼鏡が似合ってて頭良さそうだし、日比木先輩はワイルド系っていうか? ちょっと俺様系っぽくてさあ。二人とも対極的だけどかっこいいのは確かだよね」


 むむむ。確かに二人とも顔の造作は悪くない。むしろ整っている。もしかして、わたしがぼっちだったから知らなかっただけで、二人とも女子に相当の人気があるのかな?

 でも、小田桐先輩は眼鏡フェチっぽいし、日比木先輩は私の渾身の短歌を遠慮なく貶すようなデリカシーのない一面を見せたりする。それでもいいのかな。


 桜坂さんはぐいっと顔を近づける。


「ねえ森夜さん。よかったら部活見学させてもらえないかなあ? 私達もそのタンカブ? に興味あるんだよね」

「ほ、ほんと? 先輩達もきっと喜ぶよ。いつが良い?」

「早い方がいいっていうか、できれば今日とか無理かな?」

「わかった。それじゃあ今日の放課後に案内するね」


 私が突然部室を訪れた時も、小田桐先輩は嫌な顔せず迎え入れてくれたのだから、今日だってきっと快く接してくれるに違いない。

 でも、一応後でメールを送っておこう。


「森夜さんありがと~! 放課後楽しみにしてるね!」


 計画がまとまると、それ以上話を交わすことも無く、桜坂さん達はささっと私から離れていった。

 

 それにしても桜坂さんたちも短歌に興味があるとは意外だった。これは新たな部員獲得のチャンスかもしれない。そのきっかけを作ったとあれば先輩達に褒めてもらえるかな。

 それに、女の子の部員がいれば、私も何かと話しやすい。もしかすると友達になれるかもしれないし。

 先輩達にメールを送った後で、内心にやにやしながらも平静を装って再び読みかけの小説に目を落とした。放課後のことが気になって、内容があまり頭に入ってこなかったが。


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