妖魔の花嫁!? ~リア充目指して入学すると、そこは妖魔が人生の伴侶を見つけるための学園でした~

メルゼ

第一章 『ユニコーン』

第1話「友達100人は目指してない」

 校庭の中央、砂煙が上がる中で僕はクリスティナさんと対峙する。

 周りにはそこそこの数のギャラリーが、興奮した面持ちで見守っている。

 ほぼ全員が今日から一緒に通うことになった名前も知らないクラスメート達だ。


「キョウさん、あなたを貰い受けます」


 かつんとを鳴らし手に持った棒を向けながら、クリスティナさんは僕にそう宣言した。

 プロポーズのようなその甘い言葉とは裏腹に、その瞳には闘志の炎が宿っている。

 完全に僕と闘う気だろう。

 それもそのはず、これはクリスティナさんが僕に申し込んだ決闘なのだから。


 僕は改めてクリスティナさんをまじまじと見る。

 銀色の髪を風に揺らしながら、やや鋭いながも整った顔立ち。

 まるで戦の女神の様に凛々しさと美しさを併せ持っている。

 そして何よりも僕の目を惹くのはその異形の姿。

 クリスティナさんには髪の色と同じ、銀色の角が額から生えているのだ。

 その角は長く鋭く、振れば大木でも一溜まりもないと容易に想像できる程のもの。

 次に視線を下の方に向けると、制服のスカートの裾からは馬の尻尾の様なものが視界に移る。

 はやるクリスティナさんの気持ちを表しているかのように、パタパタと揺れている。

 そして最後に蹄のある強靭な足に辿り着いた。


 ――これが『ユニコーン』?


 僕は“妖魔の姿”となったクリスティナさんに思わず見惚れる。

 絵本で見た姿とは色々違うけれど、その絵本の一角獣ユニコーンが擬人化したようなその様は神秘的で美しかった。

 そんな彼女と僕は闘わなければならない。


「えっと、その……お手柔らかに?」

「……一撃で楽にすると約束します」

「全然柔らかじゃない?!」


 大真面目な表情でそう言ってのける彼女に、僕は慌てて後ろに下がる。

 その瞬間、びゅんと風を切る音とともにクリスティナさんが手に持っていた棒が、僕の眼前に突きつけられていた。


「一撃で楽にすると言いましたが、私は出来ることならばキョウさんを傷付けたくありません。痛いのが嫌であれば大人しく降参してください」


 クリスティナさんは僕に棒を向けながらそう言う。

 恐らくこれがクリスティナさんにとっての最後通牒のつもりなのだろう。

 対する僕の手にあるのは殺傷力皆無なゴム製のナイフのみ。

 闘いたくなんてないけれど、そうも言ってられない状況まで追い込まれてしまった。

 どうしてこんなことになったのだろう。

 僕は今日の出来事を振り返るのであった。


 †


 季節は春。

 少し肌寒い気温ながらも陽光により仄かに温かい。

 僕は桜並木の道を歩きながら、目指す場所である校舎を見上げる。

 此処が今日から通う学び舎だ。


 ――曙学園。


 木造建築で所々煤けているところから、かなり年季が入っているのが解る建物だ。

 本にあった怪談話の学校とはこんな感じだったのだろうか。

 僕は見上げながら首をひねる。

 普通の人なら分かるのかもしれないけれど、僕にとって学校とは想像上のものでしか無い。

 何せ今まで学校というものに通った事は疎か、見たことすら無いからだ。

 やっていた事と言えば、物心ついた時から山奥での修行ばかり。

 勿論人里なんて近くにないから、人間の友達なんて居たことがない。

 草木と動物達だけが僕の友達だった。


 ――だけどそれも今日まで。


 今日から僕は念願の学校デビューするのだから。

 友達をいっぱい作り『きよさん』の言う『リア充』となって、今までの友人0人な自分とはおさらばするのだ。

 僕は自分の決意を表すように勢い良く拳を掲げ、気合を入れる。

 直ぐ側に同伴者が居たのを忘れて。


「…………ガッツポーズとってなにしてるの? 入学式に遅れるから早くいくよ」

「いやその………あはは」


 同伴者にゴミを見るかのような無機質な視線を送られながらも、僕は愛想笑いを浮かべる。

 まさか『リア充』になる意気込みをしていた、と言う訳にはいかない。

 言えば更に冷たい見られること間違い無しだろう。

 僕は恥ずかしさとともに握りしめていた拳を解き、同伴者に体を向ける。


 ――腰まである漆のように綺麗な黒髪と、血の様に赤い瞳。


 そこには新品の制服を我が物顔で着こなした、僕の幼馴染である『くう』が無表情のまま此方を見ていた。

 いや実際小さい頃からずっと一緒にいるのだから、幼馴染というよりは家族といったほうが正しいのかもしれない。

 ここ数年はあんまり会話を交わそうとしてくれないけど、今回の入学を切っ掛けにまた仲良くなりたいと僕は思っている。


「…………何? こっちをジロジロ見て、何かあるの?」

「え? いやその……ごめんなさい。直ぐ行きます」


 動き出さずじっと見つめていた僕を不審に思ったのか、くうは不機嫌そうな声音を上げる。

 無表情でどこか咎めるように見つめてくるくうの視線を振り切り、僕は慌ててくうの横まで歩を進めた。

 何はともあれ、全てはここから始まるのだ。

 僕はまだ見ぬ学園生活に期待をふくらませるのであった。


 †


 退屈な入学式を終え、レクリエーションと言う名の歓迎会前。

 わいわいがやがやと楽しそうに歓談するクラスメート達の中、僕は誰とも話すこと無く席に座って担任の先生を待っていた。

 先ほどの意気込みはどこへやら、僕はまだボッチだった。


「………………」


 僕は周りの人にばれない程度に辺りの様子を伺う。

 唯一の知り合いである、くうはクラスは同じだが席は大きく離れている。

 即ち僕は自分の力で何とかこの状況を打破しなければならなかった。

 仮にくうが居たところでこの状況が改善されるとは思えないけど、それでも心細さは改善されているはずだ。

 しかし、無いものを考えていてもしょうが無い。

 僕は何とか友達になってくれそうな人を探そうと辺りを注意深く見渡す。


「……………む~」


 クラスの列は男女で分けられており、僕が男な以上当然両隣の席は女子だ。

 席は一番後ろなので僕の後ろには誰も居ない。

 僕の回りにいる男子は前の席の人ただ一人と言う訳だ。

 だけど残念なことに僕の前の席の人は欠席しているらしく、存在しなかった。


 ――やっぱり陸の孤島だ、これ。


 僕は現状を改めて理解する。

 きよさんが言うにはクラスには2.5枚目の陽気に話しかけてくる男子がいて、その人から女の子の情報をもらうのが彼女を作るための最短ルートらしい。

 でも今の僕には2.5枚目は疎か、話しかけてくる男子すら居ない。


 ――そんな人が本当にいるのだろうか。


 始まったばかりの僕の学園生活に、早くも暗雲が立ち込めてきた気がする。

 そもそもこの学園に通うように勧めてくれたのはきよさんなのに、何もかもうまく行ってないのは僕は既に何か間違えたのだろうか。


「はぁ」


 僕は溜め息を吐きながら、少し現状を振り返った。


 きよさんというのは、僕の後見人をしてくれているくうのお母さんである。

 僕にとってもお母さんのような人だけど、昔から『きよさん』と呼ぶように言われ続けたのでそう呼んでいる。

 実際の僕の両親は僕が物心付く前に事故で亡くなったと、数年前きよさんから聞かされた。

 悲しい気持ちはもちろんあるけど、僕の記憶にはお父さんもお母さんの記憶もないのだ。

 正直他の親を亡くした子たち比べれば、そんなに悲しくはなかった。


 少し湿っぽい話に話がそれてしまった。

 僕は気を取り直して他に友達になってくれそうな人を探すことにする。


 ――右の席の子はどうだろう。


 僕は盗み見るように隣に視線だけ送る。


「――――――」


 まず飛び込んできたのは美しい銀と白。

 それは銀色の髪を後ろで束ねたポニーテイルと、そのうなじから覗く白い肌だった。


 ――うわー、綺麗な人だ。


 そこには何処かの国の騎士でも連れてきたような凛々しい感じの女の子が座って居た。

 先生がまだ来ていないのにもかかわらず背筋を真っすぐ伸ばし、不動のままじっと教卓を見つめている。

 僕は即座に視線を前方へ戻す。


 ――うん、無理。


 オーラというか纏っている気品が僕とは月とすっぽん程違う。

 まだ誰にも話しかけていない僕には難易度が高すぎるよ。

 仮に話しかけても機嫌を損ねる未来しか見えない。

 僕は少し挫けそうになりながらも、今度は左隣の人に視線を送る。


「――へぇ、そうなのか。だったら今度私も其処へ連れて行ってくれないか。お礼にデザートくらいならご馳走しよう。――ん?」


 すると前の席の女の子と親しげに会話していた、貴族の御令嬢のような人と僕はバッチリ目が合った。

 派手なピンク色の髪をしているのに、表情は同世代の子と比べてすごく大人びた表情をしており、お姉さんと言うのが相応しそうな感じだ。


「―――フフ」


 僕と目が合ったと分かるやいなや、左隣のお姉さん(同学年)はいたずらっぽくパチンとウィンクを返してきた。


「あわわ……」


 その瞬間、自分でも解る位顔が熱くなって、変な汗が出てくる。


 ――無理だ。


 ウィンクされるだけで顔真っ赤な僕が、話しかけれるわけがない。

 経験値の差を一瞬で感じ取り、僕は白旗を揚げた。


「…………はぁ」


 赤くなった顔を隠すため、アンド冷やすため、僕は机に突っ伏す。

 左隣のお姉さんは何でもなかったかのように、前の席の女の子と話し続けている。

 当然と言うか、絶対からかわれただけだろう。

 後で笑いのネタにされることを考えるとものすごく憂鬱な気分になった。


 ――あー、早く先生こないかな。


 早くもこの空気に負けてしまった僕は、唯一の味方、くうの存在を腕と腕の間から探す。


「……………」


 くうは一番端の列の一番前で静かに本を読んでいた。

 こんなことなら僕も本を持ってくればよかった、と今更ながら後悔した。


「――やぁやぁ、諸君。おまたせ~」


 僕が突っ伏していると豪快に前の扉が開き、陽気な女性が入ってきた。


「?」


 僕を含め、周りの子達は頭の上に『?』を浮かべる。

 先ほどクラスから体育館へ引率してくれた先生とは別人なのだ。


 ――この人は一体誰だろう


 微妙な空気の中、女性はこほんと咳払いすると壇上に立つ。


「あ~、初めまして。私がこのクラスを担当することになったレーラビアよ。今日から一年間よろしくね」


 先生の自己紹介の後にぱらぱらと拍手が鳴る。

 どうやらこの人が僕達の担任らしい。


 ――では入学式の時に引率してた人は誰だったのだろう。


 僕は疑問を頭の隅に置きながら先生の話に耳を傾ける。


「さて、まずは先生と同じようにみんなにも自己紹介――」


 ――自己紹介?!


 その瞬間僕心臓がドクンドクンと鼓動を早める。


 自己紹介って前に立ってしなければならないのだろうか。

 名前以外何を言えばいいんだろ。

 趣味……はこれといって無いし。

 特技もきよさんやくうと比べて秀でたとこはないし。

 何だろう、僕は何を言えばいいのだろう?


 ぐるぐると思考が渦を巻く。

 えーっと、えーっと、す、好きなもの……とか?


『好きな物はいつもきよさんが取ってくる茸です』

『カラフルな色がしていてとても美味しいのです』


 ………うーん、なにか色々間違っている気がする。

 僕が頭のなかがオーバーヒートしそうなほど回転させていると。


「―――は、今回は無しにして。今回はみんなと、この学校が作られた経緯の歴史についてちょっと学んでもらうよ。楽しい楽しいレクリエーションはその後ね」

「「え~~」」


 他のクラスメートからは不平の声が出る。

 だが僕は―――。


 ――やった、セーフッ!!


 心のなかで両腕を真横に広げる。

 しかし自己紹介の危機が去ったわけではない。

 みんなに笑われないためにも、後できよさんとくうに聞いておかなきゃいけない。


「はいはい、静かに。簡単に説明するから黙って聞いていてね」


 そのほうが早く終わるわよ、と先生が付け足すとみんなは静かになった。


「みんなも知っていると思うけど、この学校は人間たちから妖魔と呼ばれる者と、有る特殊な人間が互いにパートナー……つまり、人生の伴侶を見つけるための学校よ」


 ――え?


 先生の言葉に僕は固まる。

 そう、僕のめちゃくちゃな学校生活はここから始まったのだ。

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