わらい橋

ソラ

第1章

 もう夏休みも中盤、8月のちょうどお盆に入るころ、高校3年の渡辺わたなべ修二しゅうじは学校の図書室で勉強をしていた。

 “カリカリ”と勉強している修二の前に、同じく“カリカリ”と勉強している女子がいた。

 まい山田やまだまいという女の子。

 高校一年、秋頃からの付き合いだ。

 初めにれたのが修二だった。

 教室の中、天真爛漫てんしんらんまんに笑う舞の笑顔や、テニス部で相手のボールを追い打ち返す真剣な眼差まなざしの舞の表情やスタイルは、修二にとって、とても新鮮しんせんであったし、素直にかっこいいとも思えて仕方がなかった。

 そして、ただ純粋じゅんすいに好きという気持ちが表れ、舞のことをもっと知りたいという欲求が、付き合いたいに昇華しょうかした。

 断られるのが落ちかなあと思いながらも告白した。

 吹いてくる風も冷えきってくる晩秋ばんしゅうのころだった。

 寒いのか、恥ずかしいのか分からない、舞の赤らめたほおが印象的だった。

 告白すると、目線を合わせず、コクっとうなずいた。とてもうれしかった。

 それが付き合い始めたエピソード。

 告白した場所は、細長い小川を渡る小さな橋の欄干らんかんのところだった。

 橋の名前は

 “わらい橋”

「ずっと笑顔を絶やさず付き合っていくんだ。」

 という気持ちが、とても強かったのを修二は覚えていた。

 そう思い出していると、いつの間にか舞は両手で頬杖ほおづえをつ き、ずっと不思議そうに修二のことを見ていた。

「どうしたん、ボーとして?」

 と真顔で質問する。

「いや、なんでもないよ。ちょっと考えことをしていただけ。」

「そう?」

 舞は言葉をつづけた。

「てっきり私の机から二つ後ろの2年生の女子のことを見て、何か妄想もうそうしていたのかなあって思ってたところよ。」

 真顔で目が半分すわった表情で言われるとちょっと怖かった。 でも数秒後には急に笑顔でクスクス笑いだし、

「まったく・・・・・・。私の冗談よ。修二にそんな甲斐性かいしょうないもんね。でも、すぐ否定してよ。『偶然にも当てちゃった?』って思うじゃん。まったく。」

 まだクスクス笑ってる。でも、この舞との会話やしぐさの距離感が、とても心地いい。

 合わせて、そういう冗談も言えるところも好きだった。

「もう、冗談もほどほどにね。」

 右手で頭の髪の毛をかく。こんな時の修二のお約束の仕草だ。

「舞はどう?勉強はかどってる?」

「ふふん!」

 “ほれほれ”といわんばかりにノートを見せつける舞。

「わかったよ、舞、分かったてば。もうちゃんとお互い勉強に戻ろうよ。」

 舞はちょっとむくれて、

「ちぇ、つまんないの、がり勉君は。」

「でも仕方がない、勉強するか!」

 夏服なので半袖なのに、手首まで袖があるがごとく袖をたくし上げる動作をした。

 舞も問題集やノートに向かい勉強し始めた。この真剣になる瞳も修二は好きだった。

 今度は修二が何気なくそんな舞を左手で頬杖ほおづえをしながら、やさしい眼差まなざしで見つめた。

「さ、俺も頑張ろ。」

 と、修二は小声で言った。

 自分も問題集と格闘戦に入った。

 少しして、何気なく図書室の左側の窓に目をやる。4階にあるその窓の外の景色には濃い青い空とき上げた煙のような入道雲が立ち上っている。

「舞と一緒に、夕立の降る前には帰るか。」

 そう思う修二だった。


                  ※


 夕方前、修二は舞に声をかけ、

「夕立が降りだす前に帰ろう。」

 と声をかけた。

「うん、わかった。」

 と舞は返事をし、机の上を片付け始めた。

 舞と一緒に学校を出ると、いつものように手をつないで帰る。

 学生服のときは普通に握手をするような手つなぎだ。

 私服の時の外出などは五指ごしをからめたりするときもあるけれど、修二は付き合って、もうそろそろ丸2年になるのに、まだそれさえも気恥きはずかしかった。

 ちょっと暑さに汗ばんだ手は、修二の心に

「どうしよう?」

 と迷いと恥ずかしさを呼び込んだ。

 なんか今更いまさら

「ちょっと汗ばんできたから放してくれる?ハンカチで拭くから。」

 なんていう、今の自分にはデリカシーの無いような言葉に思える言葉を、言える勇気はなかった。

 今時にはめずらしい初々しさが修二にはあった。

「ね、修二。」

 修二はいきなりの舞の問いかけにびっくりした。

「なに?」

 そういうと舞はあいている手で小さな橋を指さした。

「わらい橋だよ。」

 あ、そうか。もうここまで歩いたのか。

 このわらい橋は、十字路になっていて、そのまま小川を渡りまっすぐ行く道と、ここを渡る前に小川沿いに左右に分かれる道とがあった。

 帰り道のときはお互い「わらい橋」は渡らず、修二は左、舞は右に帰るので、二人一緒に渡ることはなかった。

「私ね、いつもここ通る度にあの告白した修二の姿を思い出すの。」

「いつも心の中で笑ってるんだよ。」

 舞は修二の方に顔を向け、ニコニコした表情で話した。

「そうなの?」

「あ、でも前にも何回かそういったときあるよね、覚えているよ。」

 そう修二は言うと、

「このやろ!」

 と、今度は修二が舞のほおをつまみ引っ張った。

「ごめん、ごめん、ごめんってば!」

「もう痛いって!」

 舞は思いっきりふくれっ面になった。

 修二は思わずそんな表情をした舞を見て、両手でおなかをおさえて大笑いを始めた。

「あはははははは・・・・・・」

 そうすると、ふくれっ面でむくれていた舞も

「ク・ククク・・・・・・あはははは」

 と笑い始めた。

「舞、いつもこの橋のところでは笑っていられるようにしような!」

「わかってる!もう何度目?それ言うの。」

 舞はあきれながらもまだ笑っていた。修二はやや真面目な顔に戻って

「俺は何度目でも構わないよ。思ったら何度でもいう。」

 と言った。

「もう・・・・・・」

 舞はあきれ顔で、

「まっ そんな子供っぽい修二のことも好きなんだけどね。」

 そう言われると、修二はまんざらでもない表情で

「うん、ありがと」

 とつぶやいた。

「それじゃ、もう雨が降ると困るからもういくね。」

 舞が切り出した。

「そうだね。」

 修二も呼応こおうする。

「また明日も学校くるだろ?」

「うん、細かいことはまたあとでラインして。」

「わかった。そうするよ。」

 舞は、

「ラインのしすぎで成績落すなよー!」

 という。

「その言葉、まんま舞に返すよ。」

 と、右手でどうぞという素振りをするしながら言うと、

「ベー」

 と舞はアッカンベーをした。

 修二は一呼吸して、舞に

「それじゃ、明日な。」

 と右手を肩あたりまで上げ手を振った。

「修二もバイバイ! またね!」

 舞も手を振りながら修二に背中を向けて走り出した。

 修二はじっとその後ろ姿に見入っていた。

 夕焼けの方向に向かっていくその姿は舞を余計まぶしく映したのかもしれない。

 そう思っていると、ぽつぽつと大きな雨粒が落ち始めてきた。

「やべ、俺も走って帰ろ!」

そう修二も小声で言うと鞄(かばん)を頭の上に乗せ、一気に自宅まで走って行った。

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