ep.52 最後に手にいれた青春は

「ファイナルアンサー? っていうの、意外と世代バレるからやめようね」

「小学生の頃に流行りませんでした?」

「それが、世代なんだってば」


 あたしに突っ込みを入れられた春樹くんはなぜか上機嫌だった。


 断られるなんて選択肢はないんだろうな、と思った。春樹くんは、自信満々なのだ。当たり前だよな、彼は格好いい。きっと、今まで女子を口説き落とせなかったことなんて、なかっただろう。そんな彼と、あたしが付き合う? ウケるな。


 「あざとい」を売りにしてきたあたしは、自分を実力以上に見せるのが得意。本当の顔立ちがもっといい人はいっぱいいるけれど、どんなコミュニティでも、ずっとモテる方だった。でも、人から「あざとい」と言われるのは、好きじゃなかった。本当は可愛くないくせに。本当は、実力なんてないくせに。本当は春樹くんなんかと――


「やっぱ俺たち、めっちゃ『アリ』ですよ」

「……急に、どうして」

「単純に、話が合うなーって。優里乃さん、数えてみたことあります? 俺たち、まだ出会ってから4ヶ月経ってるかどうかですよ」


 そのことは、あたし自身も不思議に感じていた。


「それは同意する。あたし、会って一年も経たない人に、そう簡単に心を許さない」


 そもそも、このあたしが春樹くんに心を許してしまったのはなんでだっけ?


「優里乃さんって、めっちゃ不思議なんですよね。あくまで、人とは距離を置いてます、不必要に近づきません、干渉しませんっていうスタンスに見えるのに、困っている人を絶対に放置しない。……そんなところも、俺みたいなのにとってはありがたいことだったりするんです」


 春樹くん――あたしがまだ「崎田くん」と呼んでいた頃の彼は、ちょっと意地っ張りで、あたしが恩着せがましい態度で近づこうものなら、その時点でハイさよならだったに違いない。そう考えてみると、少なくとも最初の時点で「利害関係」として出会ったことは、決して悪いことではなかったのかも。


「だから、絶対に手放したくなかったんです」


 春樹くんが、あたしの左手を握った。


 結局、相性がよかった。それに尽きる。喧嘩もしたけれど、なんやかんやで一緒にいる。あたしが春樹くんに心を開くことができるのも、たぶん、ただそれだけのことなんだ。


「本当は、後ろめたさを感じているんです。優里乃さん、もうすぐ就職するでしょ。そうしたらきっと、すげぇカッコいい奴がいっぱい周りにいる。歳上でしっかりしてて、たぶん、優里乃さんが欲しいものをいっぱい買ってくれる。それに比べて俺は、同い年なのにガキっぽいし、優里乃さんに奢ったりすることも、あんまりできない。本当にカッコ悪い」


 カップルのうち、先に就職した方が恋人を乗り換えるという話はよく聞くけれど。


「でも、まだ優里乃さんに会ってすらいない誰かに遠慮するなんて、ソイツのせいで、こんなに好きな人を手放すなんて、って思ったんです。……自分勝手でごめんなさい」


 春樹くんがショボンとした顔になった。……あらあら、そんな風に思ってたの。


「でも、行くと決めたからには、ガンガン行かせてもらいます。話は戻りますけど、俺たち、絶対に性格的にメチャクチャ合いますって。同い年だからこその強みもありますよ、流行り廃りの想い出話に花を咲かせることもできますし、カラオケでも――」

「うん、つまり、今までの楽しい生活が続くってことっしょ? 悪くないよね」


 そうだよね、だって、一緒にいてこんなに楽しいんだから。こんなに落ち着くんだから。


 手放すなんて、勿体ない。あたしの手にいれた、最後の青春。


「なんていうか……こちらこそ、お願いします。ごめんね? ぐだぐだ返事を先伸ばしにして。告った側からすればまあまあキツいよね」

「ああ、それは全然大丈夫なんですけど……え、いいんですか」

「いいよ。付き合おう」


 春樹くんの目が真ん丸になる。この子も別に、自信満々だった訳でもないのかな。不思議。


「自己肯定感、高めていこうね……お互いに」


 思わずつぶやいた言葉に、春樹くんは首を傾げた。


 そして、最高の笑顔になる。


「嬉しいです、これからもずっと一緒にいられる」


 黒の温かそうなパーカーが、視界を覆う。春樹くんに抱きしめられながら、ここあたしの部屋なんだよなあ、母がうっかり入ってこないといいな、なんて思っていた。


 サイコーに幸せだった。

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