ep.50 ニューイヤー・メランコリー
入院していると、まあ、なにもすることがないから、余計な思考ばかりが働く訳なんだけれど、大体こういう暇なときに考えることって、少々ネガティブなことばっかりだったりする。
そういう意味では、春樹くんであろうと、志歩であろうと、もしくはひよりであろうと、訪問してくれるのは嬉しいことだな、と感じた。
あたし、忘れられてなかったんだな、とか。
ちなみに、去年のあたし宛の年賀状はたったの一枚。一枚だよ、スゴくない? ヒドくない? 小学校時代の同級生から。そう、今現在の友人や知り合いからは、一枚たりとも来てない。忘れられてます? 忘れられてるよね?? ……って、弟に言ったらめっちゃ笑われた。鬼畜か。
……というのは、最近はあけおメッセージなるものをSNSで送り合う文化がすっかり発達しているから、というからくりがあったりするし、そっちの方はそこそこ来てたからまあいいか、といったところだけれど、年賀状一枚は虚しいよ。SNSなんて、一時の気の迷いでアカウント消したら、全部繋がり消えちゃうんだからさ。
でも、SNSがなければ消えるような関係なら、別に切っちゃっても問題ないか。――なんてね。たぶん、わざわざ切らなくても、皆が大学を卒業して、それぞれが新たな道へと進めば、自然淘汰される関係もあるだろうしね。考えるだけ無駄ですよ。
今年の大晦日、春樹くんは実家に帰省していたし、ひよりだって家族と一緒に過ごしていた。あたしのところにも両親が見舞いに来たりしたし、病院食にも年越しそばが出されたし、テレビで紅白歌合戦も見たさ。そんなこんなでそれなりに年越しムードを感じてはいたものの、暇だった。
そんなときに、スマホの通知が鳴ったんだ。
『こんばんは! 優里乃さん』
春樹くんから。
『どーも』
『暇ですよね?』
なんやこいつ。
『案外するべきことはあるけど、時間はある』
見栄を張った。するべきことって、紅白を見るくらいか。
『じゃあ、暇なんですね。ガキ使見てます?』
『紅白派』
『マジすか』
『演歌が続くときは、ガキ使見てる。ガキ使の方で、CMに入ると、紅白に戻る』
『なるほど、時間の有効活用……?』
いつしかサークルの先輩が「この歳になると、演歌の良さがわかってくる」みたいなことを言っていたけれど、あたしには分からないし、たぶん、単純に好みの問題だと思う。
『あ、Whoo-meの出番になったら教えてください』
『Whoo-me? ……ああ、この前のバイトの時に演奏してたバンド』
そういえば、あの時春樹くん、珍しくはしゃいでたよな。そっか、あの頃はまだ、彼のことを「崎田くん」と呼んでいた。――まさか、今のような関係になるなんて思ってもみなかったな。
『優里乃さんは好きな歌手とかいるんですか』
『教えない』
『なんでですか』
自分の好きなものを教えるのは、意外と恥ずかしい。
『深い理由はないけど』
『隠し事良くない!』
ひよこがプンスカ怒っている様子のスタンプが送られてきた。なんでこんな可愛い系のスタンプを使っているのか。なんだか、心がむず痒くなってきて、声に出して笑ってしまった。
紅白とガキ使の実況中継LI○Eは、数時間続いた。病院の消灯時刻は過ぎていて、暗闇のなか、あたしはカーテンに区切られた自分用のスペースでテレビとスマホを往復していた。
春樹くんは帰省中だから、ご家族も一緒に居るでしょうに、暇なあたしに付き合ってくれてありがたい限り。あの子、優しかったんだな。数ヶ月前まで知らなかったよ。なんなら、3ヶ月前は彼の存在すら知らなかったからね。すごいね、出会いって。
やめたつもりでいたサークルを通じて、サークルをやめようとしていた春樹くんと出会った。三学年も下の彼と、知り合うはずなんてなかったのに。すれ違ったっておかしくなかったのに。
出会いって、偶然なのだろうか、必然なのだろうか。そんなことを時々、考える。もしも――もしも、どこかで誰かが、人と人との出会いを決めているとしたら面白いよなって。あたしと春樹くんは、出会うべき人間だったから、ちょっとだけ無理のあるシチュエーションで、ちょっとだけ無理のある出会い方をしたんじゃないか、とか。
あたしは春樹くんと出会って良かったんだと思う。人間関係がメリットとかデメリットとか、相手を利用してやろうという思惑とか、そういうのだけでできているんじゃないんだって、安心していい関係だってあるんだって、心から思えるようになった。春樹くんは、あたしを変えてくれた。じゃあ、あたしはどうか。彼にとって、あたしは本当に出会って良かった人間なのだろうか。
春樹くんからのLI○Eは途絶えていた。紅白もガキ使も終わったから。今頃何してるのかな。初詣に行く準備でもしているのかもしれない。スマホの時計機能が、0:00と表示する。
『明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願い致します!』
『明けましておめでとう!』
『あけおめ(o´ω`)ノ』
突然、たくさんの通知が、画面の上部に表示される。ほとんどが、グループチャットに投稿されたもの。
あたしはいつも、通知がある程度落ち着いてから、返信するようにしている。というのも、ある年に0時ちょうどにメッセージを送った友人に、次の年に1分遅れでメッセージを送ったら、「優里乃の中で、私の優先順位は下がったのね」と言って絶交されたから。高校時代の話である。
10分ほど放置して、LI○Eアプリを開く。下から順番に、つまり送ってくれた順に、返信をする。毎年、同じような対応をしている。
『優里乃さん、あけおめです!今年もよろしくお願いしますね』
0:00丁度、誰よりも先にメッセージをくれていたのは春樹くんだった。春樹くんが最初にメッセージをくれたことがどういうわけか嬉しくて、なんで10分も遅れてメッセージを返しているんだろう、と悲しくなりながら、違うんだよ、これでも私は一番最初に春樹くんに返信しているんだ、と心の中で言い訳をしていた。少しだけ、高校時代の友人の気持ちがわかった気がする。
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