ep.12 崎田くんとの遭遇@ファミレス



 ライブ会場のバイトから数日後の夕方、あたしは薄型ノートPCを持ってファミレスに来ていた。今度のゼミで、発表があるからその準備。一応、本業の大学生もやらなきゃ、ね。


 ドリンクバーひとつで何時間居座れるか勝負。あまりお客さんは多くないけれど、面の皮の厚いヤツが、勝ち。とは言いつつ、店員さんが渋い顔でこっちを見ないうちに、スライドを作り終えてしまおうとは思っている。


「本日、大変混雑しておりますので、ご利用時間は10分とさせていただいております」

「10分」


 千鳥のノブのような顔で見上げればそこには、ファミレスの制服を着た崎田くん。


「社畜さんちっすちっす」

「ご注文は」

「ドリンクバーひとつ。以上で」


 こう見えて、心の底からの「社畜さんちっす」なんです。


 ライブ会場でのバイトの帰り道、彼は貧血を起こして動けなくなってしまった。駅員室で一時間ほど休んだら、意外と元気になってくれたけれど、どうか無理をしないでほしい。「一応友だち」からの切実な願いである。


 首をかしげながらカタカタとキーボードを鳴らしていると、再び彼が現れる。


「伝票でーす」


 透明な筒の中に突っ込まれるレシート。何となく気がして手に取る。


 ――ですよね!


 案の定の二重構造。レシート及びレシートに擬態したを広げてみるとそこには。


『先日はすみませんでした。ありがとうございます、助かりました 崎田』


 あ、そっちか。どうせ、またおちょくるようなことを書いてくるのだろうと身構えてただけに、ちょっとだけ拍子抜けする。結構字がきれい。角張っている系の、筆圧高め系。


 ちゃんと休めたのだろうか。ふと、思った。だって彼、いつどこで見ても働いているんだもん。


 ある時は、大学生。


 ある時は、書店員。


 ある時は、イベントスタッフ。


 そして今は、ファミレスの店員さん。


 ――どうしてそんなに頑張らなきゃいけないの?


 コーヒーを取りに行こうとして、やっぱりカルピスにしとこ、ってなる。自分のバイト先のコーヒーが本格的過ぎて、生半可なものでは美味しいと感じなくなってしまったのは、幸せな弊害。


 遠くでガシャン、と大きな音がした。皿でも割れた?


「すみませんっ」


 女性が謝る声と、赤ちゃんの泣き声。


「ああ、大丈夫です。僕やっておきますから」


 愛想のよい声の持ち主は、崎田くん。――あの子、本気出せばそういう態度もとれちゃうタイプ。だって、最初に会ったときのイメージは「コミュ強」だもん。コミュニケーション強者。


 化けの皮が剥がれるのも早かったけれど。


 どんなに忙しくても、疲れていても愛想よく笑って、一生懸命働いて、同級生に媚を売って、ノートを借りて。そんな毎日を送っているんだ、きっと。


 そして、思ったのだ。――せめて、彼があたしと居るときだけは、ムスッとした顔をしててもいいやって思える存在でいよう、と。


 いや、もちろんイケメンには笑顔が映えるけどね?




 一通りの発表準備を終えて、荷物をまとめて会計をする。崎田くんではない、女性の店員さんが、にこやかに応対をしてくれた。お疲れさまです、と心の中で声をかける。


 今年もすっかり寒くなっちゃいましたねえ、とあたしはコートのフードを被る。どーせ、誰も見てないでしょ。


「遅いです、一体何分待たせる気ですかっ」


 怒号が飛んできて面食らう。


「……崎田くん⁉」

「凍えるかと思いました」


 語尾に怒りのマークをつけながら、こちらをキッと睨む。――もうマフラー巻いてる。寒がりさんか。


「いや、待って、なんであたし怒られてんの……」

「10分後って言いましたよね」

「そもそも待ち合わせしてたっけ?」

「言ったじゃないですか、『ご利用時間は10分』って」

「あれ、マジだったのね?」

「だって、10分後にシフト終わる予定だったんですもん」


 冗談に、待ち合わせの約束を混ぜるんじゃねえ!伝わんねえ!


「どう?体調は?」

「お陰さまで。――この間は本当にありがとうございます。ご迷惑お掛けしました」


 ご丁寧に頭を下げる。


「いや、うちは何も……最近ちゃんと食べてるの?」

「まあまあそこそこ」

「今日の夕飯は?」

「まだです」

「じゃあ、一緒に行こう。奢る」

「いや……今日は俺が会おうって言ったんで、自分の分は自分で払います」


 そっすか。


 夕食を外で食べてくる旨家に伝えて、大学の学食に向かう。夕食は基本的に家で食べるから、夜入ったことはほとんどない。意外と人がいるのね、なんて思いながらあたしはオムライスを注文する。崎田くんは、カツカレー。


「エビフライあげよっか、って言ったとき断ったじゃない? あの時、体調悪いの気づいてあげられれば良かったね」

「いや、でもなんとか最後まで踏ん張れたんで、結果オーライです」


 給料もちゃんと一日分振り込まれます、とガッツポーズを決める。


「揚げ物、本当は好きなのね?」

「はい」


 崎田くんが、カレーの中のカツを突っつく。


「そっかあ。あたしもね、つい最近までは結構好きだったんだけど、何だか最近胃もたれするようになっちゃって。――年かな?」


 いっけなーい。「シカバネ」にもなると、若い子が困っちゃうような自虐ネタを口走っちゃうことがあるの。気を付けなきゃ。


 だけど。


「あの、優里乃さん。――俺たちたぶん、同い年ですよ」




 ……マ⁉

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