ep.14 同じ立場で、共に足掻け


「優里乃さんが言っていることは、たぶん、絶対に正しい気がします」

「たぶんと絶対の共存」


 崎田くんが吹き出した。今日、彼はよく笑う。


「これ以上親に世話になってしまうのは悪い気がして。好き放題遊んでた癖に、突然東京行って勉強するなんて豪語して、そんなの、絶対に許されないって。――だから、学費とか下宿の費用とか、なるべく負担しなきゃなあって」

「……そう言われたの?」

「言われないですけど、そう思うのが当然じゃないですか」


 ほんの少しだけ、怒ったような口調になる。


「だから、金銭的負担だけでも最小限に抑えようと思った。――俺、間違ってましたかね」


 何が間違ってるのか、間違っていないのか。そんなの、分かるわけがない。あたしは崎田くんのご両親を知らないし、彼のご家庭の金銭的事情も知らない。


 同時に、彼だって憶測で物事を進めているみたいなんだ。許されるものを許されないとして、ひとりで足掻いている、そんな可能性だって捨てきれないはずなのに。


 あたし、一体どんな言葉をかけてあげればいい? 就活を終えて、第一志望の所に内定して、後輩たちよりずっと大人になった気でいた。だけど、気づいてしまった。――「働く」って何だろう。「今しかできないこと」って何だろう。そういうの全部、分かっていない。


 たぶん、崎田くんなんかよりずっと、分かっていない。


「勉強したいって思って、でも周りに迷惑はかけないようにしようって、そう思いながら必死で頑張るあんたが『間違っている』なんて誰も言えない」

「……」

「ただ、もしも、頼れるものがあるのなら、もう少しだけ力を抜くことを覚えてほしい、そんな気がしてしまう」


 一応「友だち」ですから。無責任に、そう願ってしまう。


「……過去の過ちは?」

「迷惑をかけた人が許してくれるのなら、それに甘えるのもひとつの手ではある」


 だって、現にこうやって崎田くんは東京に来ているじゃない。


「――恩返しをするのなら、その準備が整ってからゆっくりとしたらいいのにって、何も知らないあたしは思うの」

「……」

「結局、人ってその時に出来ることしか出来ない訳じゃん。――そしてたぶん、今、この瞬間のあんたに出来ることは、あたしに奪われないうちにカツカレーを食べきることね」


 折角の料理が冷えちゃうんじゃないかって気になって気になって。わざと崎田くんの皿に手を伸ばすと、彼は慌ててカツにかぶりつくのだった。





 大学構内を、門に向かって歩いた。すっかり真っ暗で、だけど見上げたって星はたったひとつの一等星しか見えない。――ここは、東京。あたしは20年以上住んでいる。


「崎田くんのご出身は?」

「名古屋、です」

「名古屋か!愛知県出身の知り合い、他にも何人か居るよ。――なぜかみんな、おしゃれよね。県民性?」

「さあ」


 鼻で笑われた。だって、あいつもこいつもどいつもおしゃれなんだもん、特に男子。仕方ないじゃん。


「……崎田、春樹だっけ」

「はい」

「……春樹、くん」

「……え?」


 以前、下の名前で呼べば? みたいなチョー上から目線で来られたのを思い出したのだ。そろそろ、ちょっとだけ、距離詰めてやろうか、みたいな。


「あたし、大学では先輩面してるけどさ。実際、そっちと生きてる時間変わんないわけ。確かに就活とか、大学の勉強については、そこそこのアドバイスは出来ると思う。経験者だからね? だけどそれ以外については、かなりビミョー」


 だからって、お前の事情なんか知らねーしって言いたい訳じゃないんだ。


「だけど、一緒に考えることなら、出来るかもしれない」


 教えられたら、導けるのなら、どんなにカッコいいことだろう。――ただ、あたしはそんなに立派な「先輩」にはなれないようだった。


 それなら、同じ立場で、一緒に足掻くしかないじゃん?


 ……って思ったんだけど、どうしよう、めちゃくちゃエラソーだし、恥ずかしい。


「だから、なんていうか、こう……」

「優里乃さん」


 彼が立ち止まるから、あたしも足を止める。


「一緒に、大学生活を送ってください。――俺と」


 なんだか泣きそうな顔をして言うから、一瞬、戸惑ってしまった。いや、だけどダメでしょ、ここは即答だよ即答。


「最初からそのつもりだったのですが? ってかその旨打診しませんでしたっけ、あたしのバイト先のカフェで」

「そうでしたね」


 ふと、真顔になって崎田……春樹くんがあたしの方へ一歩、歩みを進める。


 そして、手を握られたんだ。


 薄くて、でも大きな手だった。結構、ひんやりしてた。そろそろ冬ですし。

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