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 今まさにとどめをと、槍を構えた、そのときだ。背後から馬具のきしむ音がした。見やると、先ほどの馬車がかなり接近してきていた。戦闘中の場所だぞ、来るな危険だ、と思いがよぎったのは一瞬のことで……。


 馬車の窓からは女がひとり身を乗り出しており、女の手からはすでに白く輝く球体が放たれていた。魔法だ!


 おれが気を向けた一瞬の間に、その光球は分裂し、空中でくるくる絡み合うようにスピンしながら突っ込んできて、片方はかぶと虫を、もう片方は旦那が戦っていた木の魔物に命中して白く包み込んだ。今まさにそいつを斬り捨てようとしていた旦那の手が止まる。


 ……やがてその光は、小さくしぼむように消えた。あとに残ったのは、しわしわのカスだけだった。


 旦那とおれは、あいた口が塞がらなくなった。


 この状況はつまり、おれたち魔物を狩ってその懸賞金で稼いでいる人間にとっては、獲物を横取りされたということだ。完全に勝負のついた戦闘に割り込んでトドメだけ持っていくなんて、最っ低のルール違反、即袋だたきだ。せめて死体だけでも残ってりゃ、と思えど……このカスじゃ、倒した証拠になりゃしない。


 ……立ち尽くすおれたちに、馬車が追いついてきて、進路を塞ぐように回り込んで止まった。四頭立てで、至極上品に装飾された焦茶色のワゴンの胴体には、金文字で「リトゥリー派教会公用」と書かれている。あぁ、今のは水の女神リトゥリー神の奇跡を呼び起こすっていう名目の、神聖魔法だ。魔物やソウルには、絶対的な威力を誇る……なんて感心している場合じゃない!


 相手が教会じゃあ、袋だたきにするわけにはいかない。教会の人間なんてのにこちらのルールは通用しないし、それに……この馬車がここで止まった理由、戦闘に介入してとどめを刺した理由ってのは……「魔物の存在が理由ではない」のだ。


 おれは、ちっ、と舌打ちした。獲物を横取りにしに来たってんなら、その方が数段マシだぜ!


 ワゴンの扉を開けて下りてきたのは、さっき魔法をぶっ放した女だった。馬車の中には、もうひとり年かさと見える男性神官が乗り込んでいる。あと、御者がひとり。この若者はただのお雇いで、神官ではないらしい。


 下りてきた女───女っていうか、おれより明らかに年下で(一四、五というところか)、おれよりはるかに背がちっこくて、栗毛の短髪、丸顔に大きいくりくりした瞳……かわいらしいお嬢さんっていえば聞こえはいいが、つまるところ、単なるガキだ。丸っこい帽子に、やたら裾の長い白のケープを身に着けて、神官の正装はこしらえているが、だぶだぶでどうにか袖から手が出てるってあんばいだ。


 おれも旦那も、年齢平均より図体がでかい。おれは、どうしても魔法鍛冶になりたかったわけじゃなく、店の継ぎようがなかった鍛冶屋の次男坊だ。一六んときに魔法鍛冶を志して、いま三年目だ。ガキの頃に、まずトンカチでぶっ叩くっていう鍛冶屋の体を、鴨居にデコをぶつけるくらいの並はずれた身長のおまけをつけて作っちまったから、総身に知恵が回ってねぇ、と旦那によく言われる。その旦那も、五〇を超えてるのに、おれの顎に届くほどの背丈がある。五〇代で、あの筋骨隆々の頑健な体を維持しているのは奇跡だと思う。髪とひげが白くなかったら、三〇代で通る。腰の曲がりかけた同年代の爺さんだったら、四つ折りにして食っちまいそうな迫力がある。


 そんなふたり組の前に、このちっこい神官が、つかつかと歩み寄ってきて、目尻をつり上げて、指を突きつけてきたわけだ。あぁ、近くで見るとなおちっこい。見上げる首がほとんど直角になってるっていうのに、突きつける指が俺の鼻先まで届いてないじゃないか。しかし悲しいかな権力は膂力(りょりょく)に勝れり。おれには、自分がどういう目に遭うか、おおかたの察しがついた。


 「……あなた、魔法鍛冶ですね。わたくしはリトゥリー派教会三等神官のシェルアディールと申します」


 おれは旦那を見て言った。「聞いてねぇぞ、ここらが『禁止領域』だなんて」


 旦那は悲しそうな目をして肩をすくめた。「すまん、俺の調査不足だったようだ」


 シェルアディールと名乗るその神官が、きっぱりはっきり、おれに向かっておっしゃられることには。


 「プリストリ公領内における操金魔法の行使は、理由のいかんを問わず禁止されています。リトゥリー神の名において、あなたをただちに拘束いたします!」


 小さな手から白い光が飛んだかと思うや、光は輪になり、輪投げみたいにおれの体を取り囲み、強い力で締めつけにかかった。……おれは、逮捕されてしまったのだ。




 ……どういうことかっていうとだね。


 操金魔法は、便利なのだが、その便利さゆえ、すこぶる評判が良くないのだ。


 当然といえば当然の話、端的にいえば、錠前が壊せるからだ。木製だと破られやすいからってんで金属製に進化した扉も、魔法鍛冶の手にかかっては、錠前だろうが蝶番だろうが、なんとでもなってしまう。実際、盗賊の手先として働く魔法鍛冶は少なくない。


 だから、政治家や神官といった「治安秩序を守る立場」のお歴々は、いつも魔法鍛冶を目の敵にし、その多くは、操金魔法自体を法で禁じるという措置で取り締まる。魔法鍛冶というだけで汚名を着せられ、国外追放という憂き目に遭った知り合いもいる。


 町中では社会的な評判が良くなく、かといって、そういうしがらみから抜け出て野に活路を求めると、おれみたいに戦士の後ろにくっついてくぐらいしか、役に立たない。


 おまけに、そんなふうに評判が悪いもんだから、精神修練を建て前に、修得もすこぶる難しい。必要とされながら、世間には広まらない、広められない、操金魔法。それでも鍛冶屋の次男坊の身分にゃあ、これくらいしか身の立てようもない。魔法鍛冶ってのは、いつもジレンマを抱えた、実にめんどうなステータスなのだ。




 そんなわけで、おれは捕まってしまった。魔法鍛冶として、厳重注意や罰金刑を食らったことは何度もあるが、有無をいわさず逮捕というのは、これが初めてだった。


 しかも、自分より年の浅い、こんなお嬢さんに捕まるとはなぁ……。今なお彼女は、膝と膝が突き合う狭いワゴンの中、疑りに満ちた目で、じーっとおれを見ている。いろんな荷物や工具も彼女に取り上げられてしまっており、おれは光の輪に拘束されたまま、所在なく座っているしかなかった。ごとごと揺れる馬車の旅、がこんなにみじめになることも、あるものだ。


 「……プリストリ公領の教会は、主神アーティスを崇めていたはずだが、いつから宗旨替えしたのかね」


 おれの隣に座る旦那が、その向かいに座る、歳を食った方の神官にいろいろ尋ねていた。もちろん旦那は、魔法鍛冶の抱える面倒を重々承知でおれを雇ってくれているから、取り締まりが厳しい土地へ旅するのは避けてくれていた。今回だって、プリストリ公領がアーティス派の領域だという認識で、ここまで来たんだ。


 アーティス派の教会は、魔法鍛冶に比較的寛容だ。対して、最近勢力を伸ばしているリトゥリー派の連中の頭の固さときたら……。


 「二年前に、プリストリ公がリトゥリー神に帰依されたのだ。結果、それまでおられたアーティス派の方々は街を去り、我らが教区長ブラッケン様が教会を譲り受けた」ウトという名の、旦那より年上と見える白髪の神官は、そっけなく答えた。「この一件も、教区長を議長とする神官会議に裁定を委ねることになる」


 「アッジにはどんな処罰が下る?」


 「それは私の知るところではない。だが、教区長はたいへん厳しい方だ。覚悟するにこしたことはない」


 厳しいリトゥリー派の中でも「たいへん厳しい」と目されているとなると、……。おれのため息はとどまることがなさそうだった。やべぇなぁ、懲役刑まで行くかもな……。


 「あんたたちは、取り締まりのために、いつもここらを馬車で移動しているのかね?」


 「取り締まりが目的ではなかった。領内では昨今、魔物が目立って増えているのだ」


 「聞いている。たった今襲われたしな。俺のみたところ、さっきのは序の口だろう。多数の魔物を率いる強力なソウルが、背後にいるのは間違いなさそうだ」


 「我々とてそれがわからぬではない。ゆえにブラッケン様は危機感を募らせ、人員や物品の援助を求めて我々を近隣の教会に使いに出した。我々はその帰途で諸兄らを見かけたというわけだ」


 やれやれ。近づくつもりのなかったリトゥリー派の勢力域に思いがけなく入り込み、操金魔法を使っているところを偶然にもしっかりばっちり見られてしまったわけだ。ついてないとしか……。

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