憎ったらしい刺身

 夫は可愛い猫や子どもを見ると、ついつい唇を噛み、鼻息がふんふんと荒くなります。それは義妹もおマサさんも同じなのです。もっとも、義妹の場合は唇を噛みすぎて出血することもあるので、あまり長時間はもたないそうですが。


 しばらくふうふうと息を荒くしたあと、決まって彼らは「うわぁ、憎ったらしい!」と言うのです。


 よくよく聞いてみると「憎ったらしい」とは「可愛すぎて可愛すぎてもう辛抱たまらん」という意味なのだそう。憎たらしいほど可愛くてどうしようもない。どう表現していいかわからず、結果的にその言葉とともに鼻息が荒くなる。可愛さ余って憎さ百倍とは違うようです。


 ところで、おマサさんは赤ん坊を見ると「憎ったらしい」の他に、さらにもう一つの表現を用いていたのです。


「刺身みてぇ。食っちまいてぇ」


 可愛い赤ん坊や動物の喩えは必ず刺身だったといいます。

 赤ちゃんの肌の瑞々しさ、もっちり具合を表現するのに、大福だとかマシュマロ、羽二重餅ならよく登場します。しかし、何故に刺身なのでしょう。


 夫は言います。


「ばあちゃんにとって、これ以上ないっていう極上の食べ物は刺身だったんだよ」


 自分にとって極上の食べ物とはなんだろうと考えても、好物が多すぎて一つに絞れない私などは、もしおマサさんが生きていれば「なにを煮え切らないこと言ってんだ」と叱られるのかもしれません。

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